三十五話 密会
出水、龗ノ龍が祀られる祠にて。
「はあ〜」
爽玖は龗ノ龍に供物を捧げ終わると、立ち上がって割と大きめのため息をついた。
『なんだ朝っぱらから』
滝の方から闇戸の呆れた声が聞こえてくる。爽玖はしゃがんで頬杖をつきながら、もう一度ため気をついた。
「いや、飛希たちおらんくなったら途端に静かになっちゃって。なんかくそ暇やなあって」
『暇なのは平和な証だろう、感謝しろ』
「いやなんでお前が偉そうなん。腹立つわ」
他愛のないやり取りをしていると、後ろから爽玖の妹である千夏がやってきた。
「なあ、お兄ちゃん」
「嫌や」
「まだ何も言っとらん」
即答で拒絶された千夏は、ムスッとした表情を浮かべた。
「どうせまたろくでもないこと考えとんのやろ。嫌やで、怒られるん俺やもん」
「望緒たちんとこ行きたい」
「はあ? 今あいつら風宮やんか。あそこの爺さんクソだるいから嫌や」
爽玖があからさまに嫌そうな発言と顔をするので、千夏の頬はいっそう膨らんでいく。
––––あ、これこのままほっといた方がだるいやつや。
自分の妹のことはよくわかる。このままでは、ここでただをこね始める。爽玖はその方が圧倒的に面倒くさいが、勝手に風宮に行って怒られるのもまた面倒くさい。
『良いではないか。お前も会いたいと言っておっただろう』
「会いたいとは言っとらん」
しかし、爽玖は千夏の目を見て、少し考えてからゆっくりと立ち上がる。
「わかったわかった。父さんたちには内緒な」
「やったー」
「ほら」
爽玖は千夏に向けて自身の右手を差し出す。これは、手を繋げという合図。
瞬間移動する際は、とりあえず身体のどこかが繋がっていればいい。
千夏はその手を取り、繋いだ。爽玖は手が繋がれたことを確認し、出水から風宮へと移動した。
◇
移動した場所は、建物の陰。爽玖は見つからないようこっそりと様子を伺う。
「人はあんまおらんな。まあこの朝の時間やし、おる方が珍しいんやけど……」
辺りを見渡すが、飛希と望緒は見つからない。社務所にいるかと思ったが、今は誰もいないようだ。
「……何してんの?」
「うわぁ!?」
「わあ!?」
いきなり声をかけられ、二人は声を上げて驚いた。恐る恐る振り返ってみると、そこに居たのは飛希と望緒。
爽玖は風宮に見つかったのではないことに安堵した。
「望緒!」
「千夏! どうしたの?」
望緒は抱きついてきた千夏を受け止め、戸惑いの表情を見せる。千夏は年下らしく、上目遣いで可愛げに言い訳を零す。
「望緒に会いたかったの。私がお兄ちゃんにお願いして、ここに連れてきてもらったの」
「勝手に来ちゃったの? ダメだよ」
「ごめんなさぁい」
普段は見せない妹の姿を見て、兄である爽玖はちょっと……いや、だいぶ引いている。
「じゃあもう帰るんでええな。目的は達成したやろ」
「えー、もうちょい話したい」
「これ以上俺らがおらんくなったら、母さんたちも心配するし」
「怒られたくないもんね?」
飛希に言い当てられた爽玖は、慌てて訂正するが、飛希は変わらずニヤニヤと笑みを浮かべている。
「と、とにかく、もう帰––––」
『待ってくれ』
「うお、ビビった」
風宮に来てから一言も発することが無かった闇戸が声をかけてきた。その声は周りにも聞こえているため、爽玖以外の者も少々驚いた様子であった。
『望緒、お前は八下と話せるんだな?』
「え、ああ……うん」
『それはお前だけと話せるのか? それとも、我々も話すことができるのか?』
「あ、どうなんだろ」
今までは望緒が一人でいる時に、こっそり話しかけていたため、他の人にも声が聞こえるのかはわからない。
だが、夜、精神世界で聞いた時は、八下は望緒の声しか聞こえないと言っていた。それが、周りの音は聞こえないが他の人の声は聞けるのか、そこまではわからないが。
––––みんなの前で呼ぶの、聞こえなかった時が恥ずかしすぎるなあ。まあ、そんなこと言ってられないんだけど。
少々抵抗感はあったが、とりあえず話しかけてみることにした。
「八下」
『ん?』
「なんか闇戸が自分たちにも八下の声は聞こえるのかってさ」
『え、どうだろ。聞こえる?』
望緒は黙って周りの反応を伺うが、誰一人として聞こえてはいなさそうだった。
「聞こえてなさそう……だね」
「やっぱあかんのか」
『そうか……』
普段は整然としている闇戸だが、今回ばかりは落ち込んでいるらしい。声がいつもより小さい。
「ねえ、望緒」
それまで黙っていた飛希が、何か疑問を持ったような声色で望緒に声をかける。
「え、なに?」
「八下様と話せる力、風宮の人たちに知られちゃダメだよ」
「え……?」
「おい、そこに誰かいるのか!?」
四人が話している声が聞こえてしまったのだろう。藤花と日向の父親が大きな声を出してこちらへ近づいてくる。
彼が声のした建物の陰を覗いてみるが、そこには誰もいない。
「……気のせいか?」
そう呟いて去っていく。望緒たちはそれを確認しながら、息を止めるのをやめた。ぷはーっと息を吐き出しながら、胸を撫で下ろす。
どうやら、すぐ側にあった茂みに四人で隠れていたようだ。低姿勢で隠れていたからか、少しばかり身体が痛い。四人は立ち上がり、再度藤花たちの父親が向こうへ戻ったことを確認する。
「行ったな。じゃあ、もう本当に帰るわ。これ以上おったら父さんたちにもバレてまう」
「うん、わかった。またね」
望緒が手を振ると、二人ともにこやかに返してくれた。千夏はもう少し彼女たちといたいようであったが、さすがにこれ以上は無理だとわかっていたため、素直に爽玖に従った。
二人が手を繋ぐと、すぐさまその姿が消えた。
「……僕たちもはやく戻ろっか」
「うん。……ねえ、さっきのどういうこと?」
自分のことを見上げる望緒のことを、黙ったまま見つめる。少し考えているようにも見えた。
何かを言い渋っている、そんな様子であった。
「えっとね––––」
「二人とも、何してるの? はやく行かないと」
飛希が何かを言おうとした時、徳彦が声をかけてきた。仕事場に顔を出していなかったので、呼びに来てくれたのだろう。
「うん、今行く。……ごめん、また後で言うね」
「うん……」
そうして、二人は自分の仕事をしに戻った。




