三十四話 聞いてしまった
「あ……」
これは聞いたではない。聞いてしまった、だ。
「ご、ごめん、変なこと聞いちゃった! 忘れてもらってだいじょ––––」
「……たら」
「え?」
「戻りたくないって言ったら、みんな怒るかな」
彼の言葉に、望緒は目を見開いた。
もしかしたら戻りたくないと考えているのではないか、そう考えてはいたが、まさか本当に言われてしまうとは思っていなかった。
「……神ってさ、本当は首切られたりしたら死ぬんだよ。人間と同じで」
「え、じゃあ八下は……」
「俺は首と胴体が離れる前に急いで霊力で繋いだんだ。誰にも気づかれないぐらい、微弱なもの」
という事は、まだ死んではいない、そういうことだ。
「その霊力を断ち切ったら、八下は––––」
「死ぬ」
「っ!」
彼が死んでしまえばここはどうなるのだろう。彼が死ねば、彼はどこに行くのだろう。そんな疑問が望緒の中に飛び交う。
「創造神が死んだらそいつが創った世も消える。そこにいたヤツらも当然死ぬ」
やはりそうか、望緒はそう思った。
八下は終始暗い顔をしている。下を向いていて、先程から目が合わない。彼はずっと、何かに追い詰められているのだろうか。それを聞こうかとも思ったが、今聞くべきでは無い。時期尚早だと判断した。
––––もし、ここが崩れ去っても、私もみんなも死んじゃったとしても、そんなに苦しむ顔は、見たくないよ。
自分から創っておいて死にたいなど、なんて自分勝手でわがままなのだろうか。そう考える人もいるだろう。
しかし、そんなこと創った時には考えていなかった。考えられなかった何かがあった。望緒にはそう思えた。
だから、望緒は八下のすぐ側まで寄って、まっすぐ顔を見て口を開く。
「みんな……は、私にはわかんないけど、少なくとも私は怒らない」
まっすぐ、真剣に言葉を紡ぐ。
彼女の言葉で、八下の表情は綻んだ。
「そう、そっか。ま、死なないんだけどな。でも、それ聞けてなんとなく安心した。最悪俺が死ぬって決断しても、それを許してくれる人が一人でもいるんだって」
「……」
望緒は何も言えないでいた。
八下が現世からいなくなってしまう前、彼の身に一体何が起こったのだろうか。それは死んでしまいたくなるほど、苦しいものだったのだろうが、その理由はまだ問えない。
しばし沈黙が流れるが、望緒はあることを言うためにそれを断ち切る。
「ねえ、八下」
「ん?」
「また、私とお話してくれる?」
八下は少し目を見開くが、すぐに微笑みに変わる。
「ああ、もちろん」
望緒はそれを聞き、安堵の表情を浮かべる。そして、次第に眠くなっていき、視界は暗転した。
◇
目を開けると、そこは風宮で借りた家の天井だった。眠りから覚めたのだ。
目は覚めたが、望緒はなかなか起き上がらない。あることを考えていたから。
––––飛希は過去を話してくれて、八下も全部じゃないけど話してくれて……。じゃあ、私は? 私は誰にもなんにも話せてない。話してくれたのに、私は話さないの?
過去を語ってくれた人に、自分の過去を話すべきだろうか。話してくれたのに、自分は何も話さなくていいのか、そんな考えが望緒の頭に流れてくる。
「……」
望緒は虚ろげな表情のまま、いつも通り支度をし始めた。
準備をし終わって居間に行くと、そこには飛希しかいなかった。いつもは真澄や徳彦も同じように座っているはずなのに。
「あれ、二人は……?」
「今日は早く行かないといけないからって、先に行ったよ。ご飯は作ってくれてあるから、一緒に食べよう」
にこやかに言ってくれる飛希に対し、望緒はあまりいい表情は浮かべられていなかった。
自分も座り、用意してくれていた朝ご飯を食べ始める。しかし、いつものように会話が弾まない。朝考えていたことのせいで、上手く話すことができない。
「……何か悩み事?」
望緒の考えが表情に出ていたのだろう。飛希はいつもの何ら変わらぬ優しい表情で聞いてきた。
望緒は気まずそうに箸と茶碗を置き、彼の方をチラッと見る。しかし、上手く目が合わせられず、すぐに下を向いた。服をキュッと掴み、少し声を震わせながらも口を開いた。
「と、飛希は自分の過去を話してくれたのに、私はなんにも話してないなって思って……。なんか、自分だけ話してないことに罪悪感があるっていうか……」
服を掴む手の力がどんどん強くなっていくのが目に見えてわかる。
自分でも何に恐れているのかわからない。責め立てられるのが怖いのだろうか。呆れられるのが怖いのだろうか。
飛希は少し考えたあと、自分も箸と茶碗を置き、望緒の方をしっかり見て答える。
「無理に今話そうとしなくてもいいんだよ」
望緒は彼の言葉を聞き、ほんの少し顔を上げた。
「望緒が話したいって思った時でいいよ。それまで、僕はいつまでも待つから」
優しい声。顔を上げていないのでわからないが、恐らく表情も優しいのだろう。彼はそういう人だから。
“待つ”、その言葉がどれほど嬉しいことだろう。この人はどれだけ優しいのだろうと、そう思う。
それと同時に、望緒はなんでも聞いてしまう自分に腹を立てた。よく考えもしないで他人に勝手に入り込む自分の行動は、なんて愚かしいことだろう、と。
––––これじゃ、あの人たちが嫌っても仕方なかったのかなあ……。
そんなことを考えているうちに、自然と涙が溢れそうになる。望緒はそれを見られまいと、先程より深く顔を下に向けた。




