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神は巫女の頭に宿る  作者: 榊 雅樂
第二章 風
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三十三話 御札

 藤花と望緒は、鳩が降りた場所へ向かった。


「お爺様……!」


 藤花が戸を開けると、すでに集まっていた面々が、一斉に二人の方へ視線を向けた。

 藤花はそのまま入っていったが、望緒は彼女の祖父––––風宮の当主が自分を睨んでいるように見え、少しビクッとする。


 入るのを躊躇っていると、飛希たちと共にいた真澄が、ちょいちょいと入るのを促してくれた。


「この付近に“念”が出た。近くにいた村民は避難させた。日向、藤花、行ってくれ」


「「はい」」


 返事をすると、藤花は目線で望緒に合図を出した。見るのなら来てほしいという目線だろう。


 望緒は飛希たちと共にその様子を見に行った。風宮の当主は、誰も気づいていなかった藤花の目線に、唯一気づいてはいたが、そんなこと望緒は気づかなかった。



「あれか……」


 階段を半分まで降りたところで、“念”の姿がはっきりと見えてきた。日向は気だるげそうにつぶやきながらも、“念”のところまで歩いていく。


 その姿は出水で出た“念”と全く同じであった。いや、正確に言えば大きさは違う。今見ている“念”の方が一回りか二回りほど大きい。

 どうやら弱い“念”は総じて人魂のような形をしているらしい。


「藤花、結界から出ないで」


「うん」


 こくりと頷いた藤花は、あと一段階段を降りれば神社の外といったギリギリの場所で立ち止まった。恐らく、あそこが神社にはられている結界の端なのだろう。


 日向は虚空を球体を撫でるかのように手を動かし、小さくポツリと呟く。


「巻き起これ」


 呟いた瞬間、“念”を取り囲むようにして小さな竜巻が巻き起こった。辺り一帯が風で揺らされ、葉が風と共に舞い上がっている。

 日向が巻き起こした風は、結界を貫通して、望緒たちにも降りかかる。が、それは些細なものであった。


 やがて風が止んでいくが、うっすらと見える“念”は消滅してはいなさそうだった。やはり、出水で見たものよりも強いのだろう。一筋縄ではいかない。


「藤花」


「うん!」


 日向に名前を呼ばれ、藤花は懐からとある『紙』を取り出した。それを人差し指と中指で挟み、自身の目の前に持ってくる。


「御神よ、我らが風にお力添えを」


 藤花が詠唱を唱えると、御札の文字が光り、辺りを緑色で照らす。

 御札から出た霊力は、日向に集約されていく。そして、彼はもう一度一つ呟いてみせる。


「巻き起これ……!」


 先程よりも威力の強い竜巻が“念”を襲う。すると、今度こそ灰色の人魂は風に散らされ、霧散した。


「……終わりました」


日向は後ろから見ていた自分の祖父に、“念”がいなくなったことを告げる。


「うむ」


 彼はそう一言言っただけ。労いの言葉をかけることも無く、階段を上り神社の方へ戻って行った。


「す、すご〜! あれ何? めっちゃ凄かったんですけど!」


 一連の流れを見ていた望緒は、今まで見たことの無い光景に目を輝かせた。


「あれが先程言ったものです。専用の字を書いた御札に霊力を込めれば、その対象の霊力を底上げできるというものです」


「誰でもできるんですか?」


「はい、向き不向きはあれど、霊力があれば誰でもできますよ。ただ、少し難しいんですがね」


「へえ」


 望緒は、もしかしたら自分もできたりするのかと少し期待をしていたが、難しいと聞いて落胆した。



「ん〜……」


 瞼が重い。隙間から白い光が瞳に入り込んでくる。

 もう朝だろうかと思うが、体がそれを否定している。ならばここは––––


「八下〜?」


「おはよ」


 やはり、ここは八下の精神世界だった。望緒が起きると、少し離れた場所に彼は座っていた。


「おはようじゃないでしょ、まだ全然夜だし……多分」


「はは、そうだな」


 ケラケラと笑う八下だが、望緒は一つ気になることがある。そう、昨日考えていたことだ。全部気になるのだが、まず初めに聞きたいことがある。


「ねえ、八下」


「ん?」


「八下は私が精神世界にいない時、私が何をしてるのか把握できるの?」


「いや、わかんねえよ。お前が話しかけてきたとしても、お前の声しか聞こえないしな。現世の様子が見えたりとかはないよ」


 それを聞いて、望緒は少しほっとした。もし今、この空間の成り立ちやらを勝手に読んでいると知られたら、もう二度と話せなくなるかもしれない。


 それは、この空間の人々の為にも避けたいことだ。神がいないあの空間は、どこか不安定に感じる。


 ––––八下がいた時の事は私にはわかんないけど、なんとなくそんな感じがする。


 それでなくても、ここ最近“念”の出現率は増しているのだ。その為には、八下を起こさなければいけない……きがしている。


「あと何個か聞いてもいい?」


「いいよ、俺に答えられるものなら」


「八下は––––」


 「お父さんがいるの?」そう聞こうと思ってやめた。本を読んでいなければ知らない、知るはずのない情報は無闇やたらに出すべきではない。

 それならば、わざわざ本を読んでいることを隠している意味がなくなってしまう。


 ならば、もう少し抽象的な質問をしなければ。


「どこから来たの?」


「ああ……望緒が元いた空間だよ。俺は元々そこの創造神の息子だ」


「ええ!?」


 望緒が元いた空間の神だったという事は、本を読んでいたから知っていたのだが、創造神の息子なんて情報は初知りだ。


「ど、どういうこと? 八下の親は私がいた空間を創った神様なの!?」


「って言っても、日本の神が住む場所を創ったってだけだよ。世界創造はしてない」


「いやいや、スケールでか……」


 しかし、そこまで凄い神の子でなければ、別の空間を創ることなど難しい、いや、難しすぎる。むしろ無理なのではないだろうか。

 そう考えたら、これは妥当だろう。


「じゃあ、もうおと––––親とは会えないの?」


「俺が現世にちゃんといた頃は定期的に会ってたんだけど……今は行けないから、会えてないな」


 そう言う彼の顔は暗かった。空間を創りたかったとはいえ、父親が嫌いだったわけではない。むしろ、この感じだと大好きだったんだろう。


 望緒には実親に会いたいという感覚はよくわからない。しかし、この空間に来て、飛希たちには会いたいと思うようになった。だから、彼の気持ちに共感できる。


 それは、つらいものだと。


 あの時物憂げな瞳をしていたのは、恐らく父親を想っていたからだろう。


「……なんで、この空間を創りたいと思うようになったの? 正直、この空間にあんまりメリットない気がするんだけど……」


「いや、正直この空間を創った時にはさ、あんまりこの空間に住む人間の事とか考えきれてなくて、こんな仕組みにしちゃったんだよな」


 てへ、とでも言いたげに頭をポリポリとかく八下を見て、望緒は呆れ気味にため息をついた。


「……向こうの空間に人間が生まれてしばらくしてからさ、俺ちょっと思ったんだ。苦しんでる人たちをどうにかして助けらんないかな、って」


「……」


「そんで思いついたのが、俺が空間を新しく創って、そこで暮らしてもらったらまだ楽なんじゃないかなって」


「でも、どうやって呼ぶの? 苦しんでるっていう条件だけじゃアバウトじゃない?」


「望緒はさ、この空間に行く前にどこにいた?」


「え、えーっと」


 望緒はここに来る数ヶ月前の事を思い出してみる。確か、あの時は家にいたくなくて、大した荷物も持たずに外に出たのだ。

 そして、なぜかある廃神社が目に入ったのだ。


「あぁ……」


 そう、廃神社にいたのだ。


「廃神社……」


「そ、本気で死にたいと思うようになった人が神社の近くを通るとそこに入りたくなるようにした。別になんでもいい、祈るとかお金を入れるとか、きっかけがあればここに来れる。どこの村に行けるかはランダムなんだけど……」


「なるほどね、私はお金を入れたからここに来れたわけか……。あの神社何?」


「俺が祀られてた神社」


 サラッと言う八下に対し、望緒は目を見開いた。


「え」


「元々祀られてたんだけど、こっちに来たからさ、もうあの神社を見る神はいないわけ。だから、あそこをこの空間の入口にしたんだ」


「そう……なんだ」


 なんとなく壮大な話になるのではと考えていたが、想像以上だった。あと、重い。


 あと、もう一つ聞きたいことがある。ただ、これには答えてくれるかわからない。しかし、どうしても気になってしまうから、聞いた。


「最後に聞いてもいい?」


「なに?」


「八下はさ……現世に戻りたいの?」


 その質問を聞くなり、八下の顔は変わった。驚いたような、そんな表情。


 まるで、聞かれたくなかったとでも言うように––––

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