三十二話 わからない
授業でやった記憶を必死に絞り出しながら読み続ける。多々読めないところはあれど、なんとなく大まかな話はわかってきた。
八下はどうやら、元々は望緒がいた空間ですごしていた。もちろん、神として。
しかし、人間が生まれだして少し経ったある日。八下は自分も父のように創造したいと思うようになった。
彼の父はそれを承諾し、そして八下は空間を創り、その後、闇戸が、次に人間が生まれたそうな。
本には長々と書かれているが、自力では全て読み切れないので、とりあえず今は概要だけを把握している。
「八下ってお父さんいたんだ……」
––––いや、いてもおかしくはないんだけどね。ほんと
しかし、それ以上に気になることがある。そう、八下は元々望緒と同じ空間に存在していた神だったということだ。
本人からは特にそういった話はされていなかったはずだ。彼女の思い違いでなければ。
「あれ、でも……」
考えている内に、初めて彼の精神世界に訪れた時のことを思い出した。
その時、八下はあることを言っていた。
『お前が元いた空間の神の子孫だったりするってことぐらいかな』
あの発言は、望緒が元いた空間にいなければ出てこない発言のはず。
そうでなければ、望緒がいた空間の神のことなんてわかるはずがない。
今更自分がどの神の子孫なのかということは気にしないが、ただまた別のことは気になる。なぜ、彼はこの空間を創造しようと思ったのだろう。
この空間は、望緒がいた空間に蔓延る負の感情をこちらに流しているとのことだったが、別にそれに特段メリットがある訳でもない。むしろ、こちらの空間の人々の負担が増えるといったデメリットの方が大きい。
聞けば、答えてくれるのだろうか。
八下は自分のことを話すことはあまりない。なんというか、話したくないのでは……という雰囲気がある。
望緒と話している時も、なんとなく、聞かないでくれとでも言いたげな雰囲気を醸し出している時がある。
「まあ、絶対に知りたいとか、知らなきゃいけないとか、そういうのはないけども……」
望緒は、精神世界で夜空を見上げている八下のことを思い出していた。あの物憂げな表情が、やけに気になるから。
あの時浮かべていた表情は、一体なんだったのだろうか。なにを考えていたのだろうか。誰を––––想っていたのだろうか。
「んー、気になる。次に精神世界に呼ばれた時に聞いてみようかな。あーでもな」
もし、彼が望緒の行動を把握できていたとしたら、今の考えや行動を知られていたら、しばらくは呼んでくれないだろう。呼びかけても応えないかもしれない。
「八下は、こっちのこと、どれぐらい知ってるんだろう」
考えれば考えるほど、彼のことがわからなくなっていく。彼は、どうしたいのだろう。もしかしたら彼は––––
「現世に、戻りたいとは考えてないのかなあ……」
望緒は自分で呟いて、なんとなく寂しい気分になる。
「あー、もう。こんなにしんみりしたくないよ! 今日はもう寝よう、そうしよ」
そう言い残し、望緒は蝋燭の火を消し、布団に潜り込んだ。もしかしたら寝られないのではないかとも考えたが、そんなことはなく、ものの数秒で眠りについてしまった。
◇
翌朝、精神世界には呼ばれることはなく、夜が明けてしまった。
––––やっぱり、行動把握してる? でも、さすがにそんな変態じみたことはしないか。
「すみません、御守り一つください」
ぼんやりと考えていると、参拝者が話しかけてきた。望緒は御守りを渡し、お金を払ってもらったのを確認の上、最後にお辞儀をした。
「……あ、あの、巫女のお仕事どうですか? 慣れましたか?」
普段は話しかけてこない藤花が、今日は珍しく話しかけてきた。望緒はそれに少しばかり驚きながらも、笑顔で返事をする。
「はい、まだ足りないところはありますけど、だいぶ慣れました!」
「それは良かった」
しかし、会話は長く続かない。どうも合わない部分がある。気まずい空気が流れる中で、それを断ち切ったのは望緒だった。
「風宮の人たちは風を操れるんですよね。やっぱり藤花さんも操れるんですか?」
「あ、はい、少しですけど……。でも、私はどちらかと言われれば、後衛と言いますか……表立って戦うことはないんです」
「と、言うと?」
「御札を使って、戦っている人たちの力を上げたり、結界を維持したりするんです」
「えっ、すごーい!」
望緒が目を輝かせて言うと、藤花は照れくさそうに手をモジモジとさせて下を向いた。
「でも、御札を使ってって、どうやるんです? 何か専用の文字があるとか?」
「そうです。とは言っても風宮の人たちの力を底上げするものなので、風宮家に伝わる文字なんですけどね」
「へえ、それってどんな––––」
言いかけた時、上からバサバサと慌ただしい音が聞こえた。上を見てみると、鳩が忙しなく旋回している様子が見える。
あれは、“念”が出たという合図。
「見せた方が早そうですね。行きましょう」
「あ、はい!」
そう言って、望緒は駆けて行った藤花を追いかけるべく立ち上がった。




