三十話 外の者
「クシュッ!」
風宮と石火矢が話し合いをしている中、一人の男がくしゃみをした。視線が一斉にその者に向けられる。
「……すみません」
「風邪なんてひくなよ。少しでも鍛錬ができないと技の精度が落ちる」
「……わかってます」
風宮の当主は淡々とした口調でそう告げた。
くしゃみをしたのは、風宮日向。次次代当主であり、藤花の双子の弟である。
「で、出水で強力な“念”が出たと?」
「ああ、その“念”は狼のような出で立ちをしていたそうだ。徳彦と飛希も見ている」
風宮の当主はふんと鼻を鳴らすだけで、労いの言葉をかけたりはしなかった。
「……今後も、出水だけでなく石火矢や、ここ––––風宮でもそういった強力な“念”が出る可能性は十分にある」
「まあ、そうだな。それで、今後どうするかだが」
「“念”が集約しないよう、目撃情報が出たら迅速に対応する。それぐらいしか、今のところは思い浮かばないな」
雄太郎の返答に、風宮の当主は黙ったまま頷いた。そして、ひとつため息をついて口を開く。
「ところで、だ。あの巫女は? この間まではそちらに本家の巫女などいなかったはずだが」
その言葉に、辺りに張り詰めた空気が流れる。飛希はやっぱりかと言いたげな顔で彼の方を見つめた。
雄太郎はおもむろに口を開く。
「––––外から来た子だ。預かり受けた」
それを聞いた風宮の当主の表情がみるみる変わっていく。
「外の者を神聖な地に入れるなど……! それも巫女だ、お前たちはどんな思考をしている!」
「言葉を返すようで悪いが、外の者を巫女にしたからといって、なにか起きるわけでもないだろう」
「八下様のお身体を護る場だ。不浄な者を入れるなどありえん!」
「その不浄というのは、外から来た者のことか? 我々と何が違うと言うんだ」
「我々の方が清い存在だ」
「根拠がない。同じ人間だ」
言い返され、何も言えない風宮の当主はバツが悪そうに舌打ちをした。その様子を日向は冷めた目で見ている。
「とりあえず、今日はここら辺で終わろう。うちの巫女はそのままということで」
風宮の当主は雄太郎のことを睨むだけだった。
◇
「つかれたー……」
「ですね」
飛希の呟きに、日向が返答したが、気まずい空気が流れる。
「あ、飛希!」
飛希がどうしたものかと考えている時、前から手を振って歩いてくる望緒の姿が見えた。
「望緒」
「おつかれさまー」
「ありがとう」
望緒は返答に対し笑顔で返す。そして、隣に立っている、若芽色の髪をした、飛希より少し背の低い青年が目に入った。
「あ、この人は––––」
「風宮日向です。藤花の双子の弟です」
「よろしくお願いします。あ、私は神和住望緒です。この空間には最近来ました……」
自己紹介をした望緒は軽く会釈をする。
「日向、どうだったの? 話し合い」
「ああ……」
「?」
日向はチラリと望緒の方を見た。先程の話を本人の目の前でしていいものかと、考えているようだった。
飛希はその様子を察知し、代わりに説明をする。
「出水で起きたことを話しましたよ。“念”が集約しないよう、目撃情報があれば迅速に、って」
「そうなんですね。……何も被害がないといいけどなあ」
藤花はボソッとそんなことを呟いた。その顔は不安そうで、目線は下を向いている。
「まあ、その話は一旦置いといて。望緒さん、あなたには神社の手伝いをしてもらいます」
––––出水の時と同じだ。
「はい」
「具体的な仕事は明日から。詳しい内容は藤花が教えます」
「あ、はい」
言われると、望緒はちらっと藤花の方を見る。目が合ってしまったので、お互い気まずそうに軽い会釈を交わした。
◇
その日の夜––––望緒は部屋で蝋燭をつけ、字の練習をしていた。書き終わると筆を置き、ふうっと一息ついた。
「だいぶ上手くなったんじゃない?」
誰に問いかけるでもなく一人つぶやくと、紙を持ち上げ自分の顔の真正面に持ってきた。
半紙に書かれたのは、石火矢の神社の御朱印。初めて書いた時は丸々とした字だったが、今はかなり達筆になった。
「疲れた……寝よ」
字を書くことに集中力を使い果たし、眠気が襲う。望緒は蝋燭を消し、布団に入って寝た。
◇
「今日からよろしくお願いします……」
翌日、藤花が望緒に挨拶をしたのだが、その態度は相変わらずオドオドとしていて、どこか関わりづらい。
「はい……」
「えと、ここでもやることは出水や石火矢と変わりません。望緒さんには、お守りの方をお任せします」
「わかりました」
––––そういえば、階段すごい長かったけど、参拝する人来る気がしないなあ。
しかし、望緒の考えとは裏腹に、石火矢と出水の神社と何ら変わらない、もしくはそれより少し多いぐらいの人が参拝しに来ている。
「あんなに階段長いのに……」
「私も考えたことあるんですけど、それだけ皆さんがここを望んでいるんだと考えると、ちょっと嬉しいんです」
藤花は控えめで嬉しそうな表情を浮かべる。望緒はその顔を見て、自分も嬉しくなった。
その日は何事もなく終わり、望緒は風宮から借りた屋敷の自室で、御朱印の練習をしながら八下に話しかける。
「ねえ、八下!」
『ん〜?』
「昨日から風宮にいるんだけど、すごいね。みんな長い階段をもろともせずに参拝しに来るんだよ!」
『そっかそっか、それは良かったよ。ただ、気をつけろよ、いつまた“念”が現れるかわかんねえんだから』
「うん、わかってる」
そして望緒は半紙と墨を片付けると、布団を敷いて眠りについた。
ただ、彼女はこの時まだ考えてもいなかった。自分が、風宮の当主からどう見られているかなんて。




