幼妻
「奥様。おはようございます。朝ですよ」
「お姉ちゃん、あと五ふん……っ!?」
心地よい夢を見ていた気がする。
そんな夢を遮られそうで、アンジェは抵抗していた訳だが、すぐ様自分が口走ってしまった言葉に気づき、勢いよく体を起こした。
そうすれば、専属侍女のイリスと目が合う。
アンジェはと言うと恥ずかしくて堪らないのだが、イリスの方が心底嬉しそうに笑っている。どうやら、アンジェの新たな一面が見れたことが嬉しいのだろう。
アンジェはイリスによって身支度をして貰う。
その時、ふとある事に違和感を抱いた。
「あの、今日ってパーティーか何かあるんですか?」
「特に予定は有りませんが……」
「あ、いえ! いつもより念入りにイリスが支度をしてくれている気がして……!」
「成程、そう言う事ですか。なら、直ぐに分かりますよ」
イリスはそう言うと、嬉しそうに微笑んだ。
そんな笑顔に、アンジェは余計分からなくなった首を傾げた。
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支度が終われば、アンジェはイリスによって に案内された部屋の中へと入るなり、そこに居た人物に目を見張った。
「おはようございます。アンジェ」
「ル、ルーン公爵…?」
アンジェがそう声を漏らせば、ルーンは少し目を見開いた。
それから少し残念そうに眉を下げて
「一応君の旦那という立場なんですけど、まぁ、仕方ないですよね。結婚したと言うのにずっと君を放置してしまっていた訳ですしね」
「も、申し訳ございません! 旦那様を責めたわけでは無いんです。ただ、あまりにと突然だったので驚いてしまって」
アンジェの返答にルーンは小さく微笑む。
二人は向かい合うようにして座り、朝のティータイムを始めた。
今の時間は、短い針が六を過ぎたばかりの時。
まだ少し眠いが、我慢しなければと強く言い聞かせ、アンジェは紅茶を口に注ぐ。
「アンジェ。改めて、謝罪をさせて下さい。仕事が忙しかったとはいえ、君を長らく放置してしまったこと。深く申し訳ないと思っています」
ルーンはそう言うと、深々と頭をアンジェに下げた。
そんなルーンの行動にアンジェは驚くと共に慌てた。
謝罪されるのでさえ驚いたのに、更にこんなに深々と頭を下げられるとは…。アンジェはどうして良いか分からず、イリスに視線を向けて助けを求めるが、イリスはそんなアンジェを見て微笑ましそうにするばかりである。
アンジェは大きく深呼吸して告げる。
「旦那様、どうか頭をお上げてください! わ、私は大丈夫ですので。旦那様はお仕事の方に集中して下さい。それと……無理して私のことを妻として接しなくても構いませんから」
「……それは君がまだ十二歳だからですか?」
「えっと…は、はい…」
何故かルーンの瞳に見つめられた途端、アンジェは正直に頷く事しか出来なくなっていた。
そしてルーンが何か決心が着いたかのように、小さく息を吸ったあと口を開く。
「アンジェ。私が君を妻として迎え入れたのは、実は私の為でもあるんです」
「……旦那様の為、ですか?」
ルーンはニコリと優しく微笑む。
その笑顔に、アンジェの肩の力がスっと抜けていく。
「私は魔導師団に勤務していて、魔法馬鹿で、頭の殆どが魔法の事でいっぱいです。そんな私に上司や同僚達が結婚しろとうるさいんです。そんな時、貴方を……思…いえ、見つけたんです。私は、まだ魔法を追求したい。けれど、周りがそうさせてくれない。そこで、アンジェ。君と結婚する事を決めました。何でか分かりますか?」
その問いに、アンジェはある一冊の本を思い浮かべた。
「……恐らく旦那様は、私を飾りにしたいのでは無いでしょうか?」
アンジェの返答にルーンは微笑みながら、小さく相槌を打つ。どうやら、アンジェの次の言葉を待っているようだ。
しかし、その瞳は、まるで新しい玩具を与えられた無邪気な子供のように興味津々差が醸し出されていた事に、アンジェは気付いていない。
「その……まだ魔法を追求したい旦那様は結婚がしたくない。けど、周りが放っておいてはくれない。そこで、まだ子供の私を迎え入れる。前から目にかけていた、後数年したら妻としての責務を果たして貰う、等と伝える。そして、その後は……」
捨てて、新しい妻を迎える。
歳の近い、美して可憐な女性を。
そう言葉にしそうになり、慌てて口を閉じた。
そんなアンジェに気付いたのか、ルーンは首を傾げる。どうやら、アンジェが口走りそうになった言葉までは想像がつかなかった様だ。
ルーンは少し考えた後、面白可笑しそうに笑いながら言った。
「アンジェ、君はまだ十二歳ですよね? 何だか、凄く大人びた話をしますね。まさか誰かの入れ知恵ですか?」
「……よ、よくお姉様とロマンス小説を読んでいましたので」
アンジェは少し恥ずかしそうにそっぽを向いて言った。
家庭が家庭だった為、アンジェはロマンス小説の様な愛のある結婚生活などを憧れていたりする。そして行く行くは、幸せな家庭を築く…そう夢を抱いているが、その夢は叶うこと無く終わるだろう。
リアとは特にレベッカと言う作家の書いたロマンス小説を二人は愛読していた。繊細な表現は乙女達の心を擽られるのだ。
アンジェは恥ずかしさを紛らわす為にお茶を口に運んだ。
そんなアンジェを見て、ルーンはクスリと小さく笑うとソファーからゆっくり腰を上げ、アンジェの元へとゆっくり距離を縮めた。