音の正体
「アンジェ……?」
茂みの向こうから聞こえてきた物音に、一番最初に反応したのはリアだった。
そんなリアの言葉に反応するかのように茂みから姿を現したのはアンジェ。
禍々しい文様を体に纏ってはいるものの、優しい笑顔を浮かべるその姿は、正真正銘のアンジェであった。
その次の瞬間、アンジェが膝から崩れ落ちた。
リアが慌ててそんなアンジェに駆け寄り、何とかギリギリで地面との接触を免れた。
「ありがとう、お姉ちゃん」
「それよりもどうしてここに…!? それに大丈夫なのっ!?」
リアの瞳が激しく揺れている。
「その…気付いたら此処に居たの」
アンジェの答えにリアは戸惑った。
一体今、アンジェの身に何が起ころうとしているのか……。考えるだけで不安で仕方ない。
だからこそ、今は前へ進もうと思った。
「アンジェの護衛は私に任せて下さい」
そう言ってリアはアンジェへと手を差し伸べた。
アンジェはその手をとり、頷いた。
予想もしていなかったアンジェの合流に誰もが戸惑っていた。けれど、アンジェの意識が無い中で森まで移動してきたとなると、その行動をとったのはマモン、と言う事になる。
リアの手を借りながら、アンジェは歩を進めていく。
その度に走る全身への激痛にアンジェが表情を歪めた。
「歩ける?」
心配そうに尋ねるリアに、アンジェは素直に首を横に振った次の瞬間。
「っ……!?」
リアが突如アンジェから距離をとった。
その行動の理由を、誰もが悟る。
緊張感が走る中、いつも通りの平常心で居たのは、経験豊富なエミルだった。
「マモン。アンジェの体の主導権は今はお前にある様なものだ。一緒に森の奥まで来てくれるか?」
「………ボクの記憶が戻るかもしれないんでしょ? なら行くよ」
そう言ってマモンはフローラの元へと近寄った。
咄嗟にカインがフローラの前に立つが…。
フローラが首を振った。
守らなくていい、と。
「本当はまだ確かでは無い調査結果だった。だから、確信を得れたら貴方に告げるつもりだったの」
「……そ。けど、多分はその調査結果。当たりだと思うよ」
マモンはそう告げると、一人で森の更に奥へと進み始める。
そんなマモンの手をルーンが咄嗟に握った。
マモンが足を止め、振り返りルーンを睨み付ける。
しかし、アンジェの姿であるという事もあり、迫力などは一切無い。
けれど、アンジェに睨まれる……と言うのはやはりルーンには辛いものであって…。
「旦那サマじゃん。何突然」
「アンジェの体でノコノコ歩き回るな! 何かあったらどうするんだっ!?」
いつも冷静沈着なルーンが声を荒らげた事にリアやフローラ、そしてリディスは驚いた。
一方のエミルやカインは懐かしさを抱いていた。
マモンは肩を竦める。
「心配無用だよ。ボク、強いし。何ならボクの魔力の残骸を少し蓄えてる君よりもね」
そう言ってマモンが指さしたのはエミルだった。
「安心してよ。アンジェの体を傷つけたりなんて絶対にしないから」
マモンの瞳が真っ直ぐルーンを見つめる。
その瞳には一切偽りなど無くて……ルーンは白い細い腕からゆっくり手を離した。
「アンジェの体で好き勝手されるのは困る。だから今から俺がお前の護衛を務める。何かあってもお前は一切手出しするな」
「……はいはい」
マモンは気の抜けた返事をし、ルーンの後ろへと回った。
(………懐かしいな)
『お前の事は俺が守ってやる! だから行こう』
ふと脳裏に過ぎたいつかの記憶に、マモンはゆっくりと瞳を閉じた。
思い出せそうで、思い出せない……。
マモンは小さく息を吐き、ルーンに続いて歩き始めた。




