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大切な人


「伯爵達が口止めしてるのか?」



「それもあるけど…。私自身、病気のことも結婚の事も秘密にしておきたいの。お姉様は今、隣国で頑張ってる。私の分も頑張るからって」



その時、脳裏に浮かんだのはリアの姿と、ある言葉だった。

【私がアンジェの分も頑張るから! だからもうアンジェをそれ以上傷つけ無いでっ!】


アンジェはそっと瞼を閉じる。


弱虫で泣き虫な自分をいつでも守ってくれたリア。

彼女は今、自分の分まで勉強に精を尽くしてくれている。


リアはとても優しい人だ。

アンジェが病に掛かったと知れば直ぐに帰省するに違いない。


だからアンジェは絶対にリアにだけは病気のことを知られたくなかった。

自分の為に頑張る姉の足をこれ以上引っ張りたくなかったのだ。



「お前はさ、本当にこれでいいのか?」



「…どういう意味?」



「本当にお前の選択は正しかったのかってこと」



リディスの言葉に再度アンジェは俯いてしまった。


アンジェは貴族で、一般の子供達よりも沢山の教育を受けている。だから賢い子だ。しかし、所詮まだ十二歳の子供。考えが甘い所も勿論ある。


だからこそ、今リディスに言われている言葉が頭に勢いよく巡った。



「リアさんは、別にお前の為に勉強するのは苦じゃない筈だ。だってあの人、アンジェの事が愛しくて愛しくて堪らないだろうからな。だから、せめて結婚した事くらい知らせないか? 病気に関してはリアさんの精神にかなり来るだろうから留学が終わるまで待っていいと思う。けど結婚についてはリアさんに知らせよう。きっと喜んでくれるから」



リディスの問にアンジェは思わず顔を上げた。

そうすれば赤い瞳と目が合い、アンジェは逸らせなくなった。


脳裏に浮かぶのはいつも自分のことを第一に考え、優しく接してくれた姉の姿。

そんな大好きな姉を両親の指示とは言え、まるで除け者の様に扱っている自分に幻滅した。


アンジェは視界が歪むのを感じた。

気付けば涙が溢れ出ていたのだ。

泣くつもりなんて微塵もなかった。けど、気付けば勝手に涙が出てしまっていたのだ。


リディスはアンジェが泣いていることに気づくと、慌てて宥め始めた。


昔、よく虐められて泣かされた事もあった。

しかし、その度にこうして慌てふためきながら、リディスはアンジェを宥めてくれた。



「アンジェ。俺、実は結構怒ってる」



「私がお姉ちゃんのこと除け者したから?」



「違う」



リディスはそう言うと、アンジェの側へ行き、長く美しい亜麻色の髪を優しく手に取る。



「お前の両親だよ。子供のことを商品としか見ていないクソ野郎のこと。ほんと、あいつらはクソ親の典型的な例だよな。正直、お前に同情するよ」



赤い瞳が鋭さを増す。

その瞳には憤怒が浮かび上がっており、アンジェはその瞳からなぜか目が逸らせなくなった。


リディスは元孤児だ。

今はアンジェの専属医師に引き取られ後見人が居るのだが、彼は親という存在を知らない。けれど、アンジェの両親の姿を見て以来、親なんて居なくて良かったのかも、とリディスは思う様になった。


横暴で、強欲。

そして親としての心が欠けている。


そうリディスの瞳には彼等が映ったのだ。



「アンジェ。明日の予定は?」



「え!? あ、と、特にないよ」



「じゃあ明日もまた来るから」



リディスはそれだけ言うと、帰ってしまった。


先程までは賑やかな声の響き、楽しさに満ちていた応接室が嘘だったかのように一瞬に簸て静けさに満ち溢れた。それによって、アンジェはに一気に寂しさが増し、アンジェはソファーに横になった。


しかし、また明日来るとリディスは言った。

グレジス公爵家に嫁いで、毎日が長く感じた。楽しみな事も無くて、気に入られるようにただただ良い子を演じる日々。しかし、明日の楽しみが出来たことで、アンジェは喜びに満ちていた。



「早く明日にならないかな……」



ポツリと呟いたアンジェの言葉は他人でも分かるほど喜びに満ち溢れていた。だから、リディスが帰るなり、扉からこっそりと様子を伺い始めた使用人達は顔を真っ青にした。




○□○□○□○□




短い針が十の数字を少し過ぎた頃、グレジス公爵家の当主、ルーン・グレジスが疲れきった顔で屋敷へと帰ってきた。

何時もなら、使用人達がルーンの疲労を刺激しない様、皆静かに彼を迎え入れるが、今日だけは違った。



「旦那様! た、大変でございますっ!」



「そんなに慌ててどうしたんですか? 直ぐに休みたいので要件は手短にお願いします」



ルーンはそう言うと、ソファーに腰を下ろす。

今日も朝から晩まで書類整理。時には外へ出て上司達のご機嫌取り。毎日が同じことの繰り返しで、大変退屈であり、大変憂鬱であった。


しかし、そんな日々が大きく変わった。

それは、小さな妻を迎えたことだった。


いつもルーンは早くてこの時間に帰宅する。

アンジェはそんなルーンの帰りを待って出迎えたいのだが、何せまだ子供。十時を過ぎるとどうしても睡魔には勝てず、ルーンが帰宅する時間には眠りに着いてしまっているのだ。



「今日も私の奥さんは寝ちゃいましたか……まぁ、まだ幼い方ですからね」



「そうなんですっ! 実は奥様の事でお話がありまして…!」



メイドの切羽詰まった態度にルーンは疑問を抱き、詳しい話を聞いた。

そして、話を聴き終わった後、困った様に顔を顰めた。



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