当日
「売り子…というものは中々大変なものですね。ですが、やり甲斐を感じます」
隣で椅子に腰掛け、先程まで接客にあたっていたベルがふとそう言った。
その表情はいつも通りの真顔なのだが、何処か楽しそうな様子にも見受けられる。
どうやらフローラの専属侍女という立場上、ベルもまた王城…いや、フローラの部屋で過ごす日々。その生活の中で人と接する機会はフローラ、アンジェ、リアのみ。
だからだろうか。こうして他者と触れ合える売り子、という立場に楽しさを感じているらしい。
「お姉ちゃん。この卵はなーに?」
店の陳列棚に並べられた『卵』を一人の幼い少女が見詰めながらアンジェへと尋ねる。
アンジェはその少女へと笑顔を向けて
「これは思い出を記録する道具なんですよ」
そう言ってアンジェは卵の形をしたオブジェを軽くつつく。
そうすると、卵のオブジェの上部がゆっくりと上がり、中から真珠のように丸い水色の石……魔法石が姿を表す。
するとその石から一本の光の筋が伸びる。
そしてその光は宙へとモニターを映し出し、数々の記憶を映し出して行く。
「わぁー! 凄く綺麗っ!」
少女の無邪気な声が会場に響き渡る。
そんな少女の声に、行き交う人々が足を止めた。
そして皆、宙へと浮かび上がるその記憶の写真に感激の言葉を上げ始めた。
「お姉さん。これは一体何が映っているんだい?」
一人の男性が驚いた様子でアンジェへと尋ねる。
その映し出された写真に微笑みを向けながらアンジェは答える。
「こちらは記憶のアルバムと言う商品で御座います。その人にとっての思い出をこの卵の形の入れ物の中にある魔法石へと移行して映し出しているんです」
「なんて発想だ…。一つくれないか!?」
「私も欲しいな」
「俺は三ついいか!?」
気づけば店の前には沢山の人で溢れ返っていた。
人々はフローラの作った魔法道具…『記憶のアルバム』に興味を抱いた。
そして次々に『記憶のアルバム』 は売れて行った。在庫も無くなりそうになり、あまりの多忙さに猫の手も借りたくなった頃、愉快そうな声がアンジェへと掛けられた。
「やぁ! 中々大盛況みたいだね、アンジェ」
「ノーニアス卿!?」
その声の主はノーニアスだった。
突然の登場に驚きを隠せないアンジェに対して、ノーニアスは愉快そうな笑みを浮かべたまま陳列棚に並べられた『記憶のアルバム』を見て瞳を輝かせた。
それはまるで玩具を与えられた子供のような無邪気さと興奮が入り交じった様な様子だった。
「これは凄い発明品だね! 是非とも私にも一ついいかな?」
「勿論です! にしても…どうしてここに?」
「カードが私をここに導いてくれたのさ」
そうノーニアスは言うと、胸元から一枚のカードを取り出した。
カードにはあまりにも芸術的なイラストが描かれており、アンジェにはそれが何なのか理解出来なかったが、何かしらの強い力を感じた……気がした。
アンジェは商品の代金を受け取とると、商品を袋に入れてノーニアスへと差し出す。
彼は満足気に微笑む。
しかし、その笑顔は一瞬にして消え去った。
「……なんて、言うのは冗談でね。実は君に良くない占い結果が出ていてね。休み時間になったら少しいいかい?」
「え…はい」
突然の真剣な眼差しにアンジェは驚いてしまって頷く事しか出来なかった。
人混みの中へ手を振りながら消えていくノーニアスの背中を見送った後、アンジェは体の中に疼く禍々しい気配に身震いをした。




