理由を知りたい
サンドイッチを食べ終わった後、アンジェはずっと疑問に思っていたことを尋ねた。
公爵がアンジェと婚姻を申し込んでくれていたこととは別にあった大きな疑問である。
「…イリス。どうして貴方は私に対してそこまで優しく接してくれるんですか?」
下を向き、小さな声で尋ねるアンジェ。
元々小さい体を更に小さくさせるアンジェに、イリスはアンジェの伝えたい事を直ぐに察したのか、膝を地に着け、アンジェと目線が合うようにした。
「だって私、魔法が使えないんですよ? みんな使えるのに、私だけが使えない。今まで散々馬鹿にされてきました…。此処でもそうだって思ってたのに……どうしてですか?」
震えるアンジェの声。
本来、この世界の人間は魔法が使えるのが当たり前なのだが、アンジェは大変珍しい使えない人間だ。
この事が原因で、これまで沢山の人間から虐げられてきた。
心から信頼出来るのはリア。そして専属の医師と唯一の友人のみ。
彼等だけはアンジェを虐げないし、何より大切にてくれた。
政略結婚は別に貴族社会では珍しいことでは無い。
けれど、新しい環境でまた自分の事に関してまた何か言われるのでは無いかと言う不安しか無かった。
なにせこれまでは大切な人達がアンジェを守って来てくれた。
しかし、今は誰も居ない。
そんな中でどんな日々が待っているのか、アンジェは酷く不安だったのだ。
そんな震えるアンジェの手を、イリスが優しく包み込むようにして握った。
思わず顔を上げれば、穏やかなイリスの瞳と目が合った。
「奥様。そう悲しそうなお顔をしないで下さい。私は奥様に笑っていて欲しいです。それと…奥様が不安に思っていること、十分に理解致しました。その質問に対して答えるとするならば、私は今初めて奥様が魔法を使えないというお話を聞きました」
「そう、なんですか?」
「はい。メイド長からも何も聞いていませんよ」
まさかルーンは使用人にはアンジェが魔法を使えない、と言う事を伝えていないのだろうか…。
あまりにも予想外過ぎる事にアンジェが驚いていると、イリスが言った。
「魔法が使えないからって、私は奥様に酷く当たったりしませんよ。だから安心して下さい」
「……変だって思わないの?」
「思いません。だって、大きくて広いこの世界では、様々の種類の生き物達が共存しながら生きています。そしてその中はまだまだ多くの未知で溢れかえっています。私は、知らなかった事、分からなかった事が理解出来た時の様な気持ちです」
「えっと、つまり……?」
「奥様の事が知れて、大変嬉しいという事です」
イリスはそう言うと、心底嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔は、アンジェの大切な人達と全く同じもので、思わず抱き着いてしまいそうになるのを必死で堪えた。
もしかしたらルーンは、敢えて使用人達にアンジェが魔法を使えない身であると教えなかったのかもしれない、とアンジェは思った。
そしてそれは、アンジェを守るために宮廷魔導師である彼が一番、魔法を使えないというアンジェの身を疑問に思い、そして哀れに思っただろう。
そんな視線を、意識をアンジェに集中させないようにした。
(けど、仮にそうだったら……やっぱり気になるなぁ。公爵が私を妻として迎え入れてくれた理由…)
この疑問の答えはいつになったら分かるのだろうさ?
まだ一度も会ったことの無い旦那様の姿を思い浮かべつつ、いつか会う機会があれば、その時は訊ねたい。そうアンジェは思った。