王太子と王女
今までは一人が当たり前だったはずなのに静かになった部屋が妙に息苦しい…。
フローラは綺麗に片付いた部屋を見渡す。
新たな魔法道具を生み出し、それに埋もれていく日々。
何故魔法道具を作るようになったのか…。
それは恐らく、皆に認めてもらいたいからだろう。
けれど……
フローラは机に置いた作り掛けの魔法道具を手に取る。
それは魔法が使えないアンジェの為にと思い、アンジェには秘密にして作り始めた魔法道具。
「まだ知り合ったばかりなのにアンジェとはまるで昔からの知り合いみたいなのよね…」
作り掛けの魔法道具を人差し指でつつきながら、フローラは微笑む。
友達なんて居なかった。
物語を読む度に、ヒロインを支える登場人物達に自分の周りにもこんな素敵な友達が居たら…なんて事を夢見た記憶がある。
「喜んで…くれるかしら?」
転移魔法を組み込んだネックレスは贈り物と言うには相応しくないだろう。
だからこそ改めてこうして贈り物をしようと準備するのは中々の恥ずかしさがある。
「フローラ様」
「べ、ベルっ!? いつから居たの!?」
「今です。それとフローラ様。お客様です」
ベルの言葉にフローラは首を傾げる。
この部屋に訪れる人間…。
アンジェしか思い当たらないが、アンジェならばベルはお客様では無く「グレジス夫人」と呼ぶだろう。
では一体誰だろうか…?
そうフローラが思った時だった。
「…引きこもりの巣にしては案外片付いているんだな」
まるで氷のように冷たい声。
その声は最後に聞いたあの日から何一つ変わっていない。
二人は向かい合うようにソファーに腰を下ろす。
ベルがお茶を注げば、フローラの兄である王太子、ルツは怪訝そうにそのお茶を見つめる。
「毒でも盛っているのか?」
「そんな物騒なことする訳ないじゃない」
「お前は私を恨んでいるだろう? 毒ぐらい盛って来てもおかしくは無い話だ」
ルツの言葉にフローラは怒りを堪える。
確かにルツの言う通り、フローラがルツへと向ける感情は刃のように鋭く危ない感情だろう。しかし、だからと言って毒を盛ろうなど考えるわけが無い。
そんな事をしたってルツに勝てる訳では無いことくらい分かっているからだ。
「部屋に篭っているせいか? 本当に醜い容姿だな」
「……好きに言えばいいわ。それで要件は何なの? 貴方が私の元にわざわざ現れたくらいなんだもの。余程何か一大事でもあったのかしら?」
こうして直接顔を合わせたのは恐らく五年ぶりぐらいだろうか。
フローラは冷静さを装っているが内心今すぐこの部屋から、ルツの前から逃げたいくらいだ。
それ程ルツから漂う威圧感は、フローラへと大きな恐怖を与えてくる。
そして何より……現実を突きつけられるのだ。
ルツは、凡人の自分には到底及ぶことの出来ない域に達する天才なのだと。
「ここ二日、グレジス夫人がこの部屋に出入りしているとの情報を聞いた。一体何を企んでいる?」
「彼女は……その、お話し相手になって貰ってるのよ」
「人を避け続けたお前が? 有り得ないな。本当は何かあるんだろう。早く吐いた方が身のためだぞ。王女という立場だが、所詮それは名だけなんだから。だが、友人を作るのならばもう少しマシな人間にしろ。グレジス夫人は魔法が使えない真人間らしいじゃないか。興味はあるが、所詮何の役にも立たないゴミクズ同様な存在に変わりはない」
ルツの言葉にフローラは今度こそ我慢が出来なくなった。
自分を貶されたこと。これはどうだって良かった。悔しくないと言えば嘘になるが、それよりも腹ただしい事をルツが口にしたからだ。
「アンジェを馬鹿にしないでよ! 魔法が使えないから何っ!? あの子は自分という名の心を持ってる! それにとっても優しくて良い子なんだから!」
「たった数日過ごしたくらいで何を分かった気でいるんだ? グレジス夫人は、惨めなお前に同情して仲良く……いや、底辺同士で仲良しごっこをしているだけの可能性もあるな。まぁどちらにしても最高だがな」
ルツは笑う。それも酷く悪役じみた笑顔で。
そしてベルが用意したお茶の入ったコップをベルへと浴びせた。
「香りからして下品だ。フローラ。こんな欠陥品人形を作っている様じゃいつまでもお前は俺を越えられそうに無いな」
フローラは慌ててタオルを取ってベルの体に掛かった紅茶を急いで拭き取る。
防水性能は備えてあるものの、もし壊れたら…と思うと不安で仕方なかった。
ルツは愉快そうに微笑むと部屋を後にする。
その表情はフローラの前で見せていたものとは違い、優しさと気品に溢れた表のルツであった。




