視線
アンジェが宮廷専属図書館司書として宮廷で働き始めて早三週間。
今日も図書館で本の整理を行っていると、ふとある視線を感じた。
アンジェはその視線を感じた方を見つめる。
しかし、そこには本棚しか無い。
今の視線は一体何だったのだろう?
アンジェは不思議に思いながらも、まだ仕事は大量に残っている。手を止めている暇は無い為、アンジェは再び仕事を再開した。
そしてお昼休憩になり、アンジェはリディスと共に食堂へとやって来た。
食堂には昼休憩中の宮廷勤めの人間達で溢れかえっていた。
何とか空席を見つけ、二人はそこに腰掛ける。
そして昼食を食べようとした時だった。
「あ、リッちゃん見っけ~」
「げっ!!」
淡い金色の髪と、空の様な水色の瞳を持ち、宮廷専属魔導師の制服に身を包んだ男がリディスの元へと駆け寄ってきた。
リディスは心底嫌そうな顔を浮かべている。
一方アンジェは、リッちゃんと言うあだ名でリディスが呼ばれていることに驚きを隠せない。
アンジェが仕事中の間、リディスは魔導師団の所にいる事が多い。
だから親しくなったのだろうが…
(親しい…?)
男はリディスの姿を見つけるなりウザ絡みを始めた。
随分親しげだがリディスの方はそうでも無さそうだ。突っ返したいが、強く拒む事が出来なさそうな…そんな風にアンジェには見えた。
「あれ? もしかして君……アンジェ!?」
「え、はい。そうですけ、ど…」
そうアンジェがたどたどしく返事を返すと、気付けば男がアンジェの隣に座っていた。
一瞬のことにアンジェは思わず身を震わせる。
先程まで目の前にいた筈の男が気付けば隣に居たのだ。驚かない方が無理な話だ。
男は絶世の美男子と言っても可笑しくない様な綺麗な整った顔立ちをしている。
この男は一体誰なのだろう?
そうアンジェが首を傾げた時だった。
「エミル団長! 勝手に動かれては困ります!」
「あ、ルーン! お前が何で奥さん紹介したがらないか漸くん分かったよ~」
聞き慣れた優しい声。
その声の主は、エミルの隣に座るアンジェへと釘付けになっている。
エミルはそんな反応を示すルーンを見て、ニヤニヤと意味深な笑みを浮かべた。
しかし、アンジェがそれに気付くことは無い。
何故ならルーンの言った「エミル団長」という言葉に意識が完全に持っていかれていたからだ。
ルーンと同じ宮廷専属魔導師の制服に身を包み、ましてやルーンが団長と呼ぶ。
彼こそが宮廷専属魔導師団を率いる団長なのだとアンジェは知り、夫人モードへと突入する。
「初めまして。ご挨拶が遅れて申し訳御座いません。私はアンジェ・グレジスと申します。旦那様がいつもお世話になっております」
笑顔を浮かべて挨拶をするアンジェ。
まるで先程とは別人かのようなアンジェに、リディスは驚くが夫人モードなので仕方ないかと肩を竦める。
けれど、やはりいつも無邪気なアンジェの方が見慣れているリディスにとっては夫人モードのアンジェはまだ何だか落ち着かない。
「挨拶が遅れたのはオレもだから気にしないでよ、アンジェ。まぁ、その原因はルーンだと思うけどね~」
またも意味深な笑みと視線をルーンへと向けるエミル。
そんなエミルにルーンはピクリと片眉を上げ、若干不満そうな顔をする。
余計な事を言うな…とでも言いたそうなその表情は、アンジェの知る穏やかで心優しいルーンからは想像が付かない一面だったので思わず驚く。
(……私、旦那様と仲良くなれたって思ってたけど、本当はそんな事無い…?)
傍にいて欲しい
そうルーンが言ってくれた時、嬉しかった。
しかし、アンジェはそのルーンの願いにまだ答えるつもりは無い。
(………にしても)
アンジェはチラリと横目でエミルを見つめる。
そうすれば、ニコリと微笑まれ、アンジェは戸惑いつつも尋ねた。
「私の顔に何か着いてますか?」
先程からずっとエミルがアンジェを見つめているのだ。
そう顔をまじまじと見つめられるのは恥ずかしい。だから思い切って尋ねてみた。
エミルはアンジェの問いに少し黙り込む。
そしてゆっくりアンジェへと距離を縮めると耳元で小さく囁いた。
「君の中に居る奴………何?」
時間が…止まったかと思った。




