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打ち明ける時



父親の訪問から一週間が経った。

アンジェはあの日以来体調を崩し、今日漸く体調が回復した。

しかし、まだベッドから出ることはリディスに禁止され、ベッドの上で安静に過ごしていた。



そんなアンジェの元へ、ルーンとイリスがやって来た。



「アンジェ。体調の方はどうですか?」



「ご心配をお掛けしてすみません。もうすっかり良くなりました」



リディスが調合してくれた薬を飲んだおかげで魔力の流れも元に戻った。

あの後、高熱が続いたが、それももう治ってしまった。

けれど、安静にするにこしたこたは無いと、今日一日はベッドの上で安静にしておくようにとリディスにキツく言われている。


すっかり顔色の良くなったアンジェにルーンとイリスは安堵する。


ルーンが屋敷へと駆け付けた時には、既にアンジェの意識は無く、ベッドの上で静かに横になっていた。その顔色は真っ青でまるで死人のようだった。


そんなアンジェの姿を見た時、ルーンは心の底からアンジェが回復する事を願った。

仕事も休暇を貰い、付きっきりでアンジェの看病に当たっていた。

目の下にクマが出来ているルーンを見て、アンジェは彼の優しさを改めて実感すると、小さく微笑んで尋ねた。



「旦那様は、恐らく私の家庭状況に気づいていたのでは無いですか?」



「……はい。貴方に婚約話を持ち出したのは、それも含めての事でした」



「ほんと、旦那様は良い人過ぎますよ」



アンジェは小さく肩を竦めて笑った。


けれど、あんな辛い環境から抜け出せて、こうして毎日のんびりと楽しく暮らせているのはルーンのおかげである。アンジェ自身、とても感謝しているのだ。



「…父と母は、私達姉妹を商品のようにしか思っていないんです。姉はとても優秀で、とても良い人です。そんな姉を両親は王家に嫁がせるつもりでいます。そして私は……魔法が使えない事から役立たずと言われていました。けど、旦那様が私に婚約話を持ち掛けてくれた事で、私はそんな役立たずから、少しマシな商品へと変わったんです。両親や周りの多くの人達に私は虐げられてきました。けど、お姉ちゃんやリディス。そして先生………それからライアーさん。四人のおかげで私は、今まで頑張ってこれました。そして……」



アンジェはルーンとイリスを見つめる。



「イリス。貴方は私の日々の生活のサポートをしてくれるメイドさん。お友達みたいでもありながら、まるでお姉ちゃんがもう一人出来た様な感覚でした。旦那様とは中々話す時間が無かったけど、旦那様の目指す未来の話を聞いて、私は全力で応援したいと心から思いました」



応援したい。

それは確かに真実だ。


しかし、自分はルーンを支える妻として相応しくない。

魔法が使えなければ、余命も有る。

アンジェ自身が一番、自分はルーンに相応しくない相手だと分かっている。

だからルーンに相応しい…彼の横に堂々と立つことの出来る女性を探しているのだ。


ルーンの目指す未来を叶えて欲しいから。



だからこそ、自分はルーンには相応しくない……と更に強く思った。


アンジェの父親が身柄を拘束された。

娘に対する殺害容疑によって。

きっと牢屋に入れられる事になるだろう。

そして伯爵という地位は剥奪される…。


つまり、アンジェは貴族でも何でも無くなってしまうのだから。



「アンジェ。私は貴方が貴族では無くなったとしても妻として傍に居てもらいたいと思っています」



「え…」



「貴方が傍に居てくれると思うと…私は夢に向かって精進出来るんです」



ルーンにとってアンジェは夢へと向かう事一度諦め掛けた自分の背中を押してくれた存在。

アンジェと言う存在はルーンの中で必要不可欠な存在へと変わっていた。



一方ルーンの言葉にアンジェは顔を真っ赤にしていた。

こうも直接目の前で「君が必要なんだ」(アンジェ解釈)と言われたら照れてしまうのも無理はない。


顔に熱が溜まるのを感じ、アンジェは咄嗟に顔を背ける。

そして…



「す、すみません!! あともう一眠りしてもいいですか!? その、先程薬を飲んだのね睡魔が…」



「はい。今はゆっくり今は休んでください。元気になったらお茶をしましょう、アンジェ」



「は、はい。それと旦那様。ずっと傍に居てくれてありがとうございます」



アンジェは笑顔を向けた。



二人が部屋から居なくなれば、部屋は静寂に満ちた。

アンジェは寝返りをうち、窓の外を見つめる。


手入れの行き届いた庭。

早く庭で本を読みたいな、とアンジェは思う。

ココ最近ずっと部屋の中なのでそろそろ外に出たいものである。



『元気そうじゃん。ん? なんか顔赤い?』



「ま、マモン!?」



外を見つめていたアンジェの前に突然マモンが現れた。

思わず大きな声を上げてしまったアンジェは、慌てて口を塞ぐ。



『その様子じゃ、暫くボクの記憶探しは無理そうだね』



「……ねぇ、どうして私を助けたの? あのまま私を放っておいたら貴方、私の体を奪えたんじゃないの?」



『まだ君の体に完全に乗り移れてる訳じゃないから助けた。まぁ、別に完全に乗り移れなくても良いんだけど…』



マモンはじーっとアンジェを見つめる。

いつも一切の光を宿していない赤い瞳が今日だけはほんの少しだけ……光を宿していた。

それは好奇心と期待の光。



「な、なによ…」



『別に。まぁ、あと六年、せいぜい頑張ってボクの記憶を取り戻させてよね』



マモンはそう言うと微笑んで、姿を消してしまった。




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