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仮面の君 ②



一通りの挨拶が済んだ後、アンジェはバルコニーで疲れた体を夜風で癒していた。


パーティーでは、沢山の人間がアンジェへ挨拶にやって来た。その度に褒めちぎられ、そして大量のプレゼントを渡された。

中にはルーンの部下と言う人や学生時代の先輩後輩と言う方も居て、失礼がないようにと無意識に力がこもっていたらしく、気付けば全身が痛い…。


そして一通りの挨拶が終わった後、その力が一気に抜けて現在に至る。


夜風を浴びたいと外に出れば、何か飲み物を取ってくると、ライアーは駆け出して行ってしまった。



にしても……今回のパーティはかなりの豊作であった。

見渡す限り美女、美女、美女…!

家柄も良ければ、魔法の才能もある。

そこでアンジェは鋭い観察眼でその場にいたご令嬢たちをアンジェの独断と偏見により評価を付けた。

点数は百点満点で、容姿、技能、性格、人脈の四項目でそれぞれ二十五点ずつ。

勿論この場では分からない所もあるので、後日資料を集める予定である。



(にしても……優良物件な旦那様だからかあまり釣り合う相手が居ない…)



ルーンは見た目は勿論、性格も魔法の腕前も仕事も人脈も……何もかもが完璧。

そんなルーンを支える妻となれば、そんなルーンに引けを取らないぐらいの相手が好ましいのだが…そんな相手が簡単に見つかる訳も無かった。


アンジェは小さくため息を吐く。

時間がまだまだ掛かりそうだが、これも現妻の役目だと言い聞かせる。


そんな時だった。



「あらグレジス夫人じゃない。付き人の方と一緒ではなかったの?」



真っ赤なマーメイドドレスに身を包んだ、鮮やかな金色の髪を持った女性がアンジェに声をかけてきたのだ。

そして、その女性の周りには取り巻きと思われる令嬢が四人居る。


アンジェよりも遥かに豊かな胸とスラリとした背丈。少し…いや、かなり羨ましく思いながら、まだ自分は成長期だ、とアンジェは内心強く言い聞かせながら、彼女に向き直る。


派手な真っ赤なドレスに引けを取らないほど美しく女性。彼女の名前はエリーゼ・トゥイライア。侯爵家の令嬢である。


因みに今の所彼女は容姿二十二。技能?。性格?。人脈二十五。と断トツトップである。


しかし……



「それ以前に旦那様はどうしたんです? あ、もしかして貴方、やはりルーンに言い寄って婚約を無理矢理結ばせたのかしら? あの人、凄く優しいから子供の貴方が泣き喚けば承諾してくれそうだもの」



「……子供扱いは辞めて頂けますか」



「あら。十二歳はまだ子供じゃなくて?」



エリーゼは悪趣味な羽毛の着いた派手な扇でパタパタと扇ぎ、笑う。


こう絡まれることは覚悟はしていたが、こうもネチネチと絡まれるとは…。

パーティの最初に、とあるご令嬢達がアンジェに忠告してくれたことを思い出す。


『トゥイライア侯爵家のエリーゼ様って方が居らっしゃるんですけど…彼女、グレジス公爵に学生時代からかなりアピールしていらっしゃったんです。だけど、見向きもされなくて…。だからもしかしたら奥様の事を良く思っていないかもしれないんですよね。…だから気をつけてくださいね』



彼女達の言葉の意味はこれだったのか…。


アンジェは現在目の前で繰り広げられる状況に肩を竦めた。

性格 -百

そう心に刻んで。


しかも、エリーゼは八つ上の女性だ。

こんな年下相手にネチネチと攻撃して楽しいのだろうか?



「で、実際はどうやって彼を落としたの?」



「落とした?」



「えぇ。彼はね、この私でも落とせなかったのよ。どんな色仕掛けを使っても駄目だった。ねぇ、どうやって彼を落としたのよ。ほら、教えなさいよっ!」



突然怒鳴られ、アンジェは驚いた。

エリーゼの瞳には怒りが浮かび上がっており、まるで狂犬のように今にもアンジェに噛み付いてきそうな勢いだ。


しかし、アンジェは引き下がること無く、エリーゼと向き合う。アンジェの瞳にもまた、怒りの色が浮き上がっていた。



「旦那様は、様々な理由から私と結婚する事を決められました。貴方は、愛していた人が結婚相手を色仕掛けされた等の無粋な真似で決めたとお思いなんですか? ならばそれは旦那様を侮辱する行為に値しますよ」



エリーゼは恐らく、ルーンを本気で愛していたのだろう。何せあの性格とルックス。そして魔法の才能を持ち合わせているのだ。きっと彼女も彼に魅せられ、強く引かれたに違いない。


だから、自分よりもチンチクリンで、爵位も低い。そして何より…



「魔法が使えない雑魚の分際で、私に言い返すなんていい身分ねっ! この泥棒猫っ!!!」



エリーゼは取り巻きの令嬢が持っていたコップを奪い取り、そしてその中の液体をアンジェ目掛けて放った。


普通ならばここで、人は皆咄嗟に防御魔法を放つだろう。しかし、アンジェは魔法が使えない。ただ自分へと向かってくる液体をただ見ていることしか出来なかった。






▢◇◇◇▢▢▢▢▢◇◇





『あの、以前国王様主催のパーティでお会いしましたよね?』



国王主催のパーティーでの話を#初めて__・・・__#アンジェから聞いた時は、まさかアンジェが自分の存在を覚えていた事に驚いた。



ライアー・ハーフル。

その正体は、ルーンである。


現在の容姿、それから声などは全てルーンの若かりし頃の姿そのままで、これはノーニアスのまじないによって変えられたものである。

本来、ルーンとしてこのパーティーに出席し、アンジェをエスコートする筈だったのだが、仕事でパーティーを欠席せざるを得なくなり、ノーニアスにアンジェのエスコートを頼んだ。しかし、予定より早く仕事が終わった事で、当初の予定通りルーンがアンジェをエスコートする事に変わった。


けれど、ルーンはアンジェに対してかなりキツい言葉を掛けてしまった自覚があった。

その為、アンジェに不快な気持ちを与えてしまったのではないかと不安に思い、アンジェと顔を合わせるのが気まずくなっていた。

そこでそんなルーンを見兼ねてノーニアスはまじないを彼に掛けたのである。ルーンの背中を押すために。



(容姿は昔の俺だが、この仮面が無かったら確実ルーンだとバレてただろうな。にしてもアンジェはよく昔会ったのが俺だって気付いたな…。出会ったのは五年前だぞ…? )



つまりルーンが十五でアンジェが七つの時。

その当時のルーンは、まだ魔法学院に入学する前で今の礼儀正しい好青年とは一変した性格をしていた。


当時、ルーンは酷く荒れていた。

原因は、魔法を極めていく中で大きな壁に当たった事である。


中々上達しない魔法。

酷い時は魔法を使えなくなった。


叶えたい未来があるからこそ、自分の無力さを呪うと共に不安になっていった。自分なんかが本当に、魔物のいない世界を生み出す事が出来るのかと。


そんな不安に押し潰されそうになっていた時、アンジェと出会ったのだ。


小さく蹲って泣いているアンジェの姿を見て、今は亡き妹の姿を思い出した途端、気付けば声を掛けていた。

そしてアンジェの幼くも自分の運命から逃げ惑う姿が自分と強く重なった。


泣きじゃくるアンジェへ差し出したハンカチは、昔妹が使っていたものだった。



『ハンカチありがとう。お兄さんは良い人だね。きっと…うんうん。絶対にお兄さんは立派な魔導師になれるよ。私、応援してるからね』



魔物の居ない世界にしたい。

そんな夢を叶えるのは、お前には無理だと馬鹿にされた。

所詮、子供の戯言だ。


沢山…沢山そう言われた。


恐らくその言葉が、ルーンが壁にぶつかった本当の理由だったのだろう。


……誰かに認められたい。


そう強く願っていたルーンはアンジェと出会い、アンジェの言葉には救われたのだ。



つまり、今の爽やか好青年のルーンが居るのはアンジェのおかげなのである。



(あの子はただ単に放った言葉だったかもしれない。けど、確かに俺はあの言葉に救われた……)



ルーンは賑わうパーティーでアンジェ用のオレンジジュースを貰って、早速アンジェの待つバルコニーにへと向かう。


アンジェが例えあの時の言葉を覚えていなかったとしても……ちゃんと御礼を伝えたい。

今の自分が居るのはアンジェのおかげなのだから。

そう、ルーンが思っているときだった。



「魔法が使えない雑魚の分際で、私に言い返すなんていい身分ねっ! この泥棒猫っ!!!」



エリーゼの怒鳴り声が響いたのは。


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