最高のネタを見つけたよ!
「やぁ、まさか君がやって来るだなんて! 私は嬉しくて、思わず踊り出してしまいそうだよ!」
書斎にて、ノーニアスの愉快な声が響き渡る。
そしてそんな彼の前には、彼の親友であり、またライバルであるグレジス公爵家当主兼魔導師団副団長であるルーンの姿があった。
その美しく整った容姿が身に包むのは、宮廷魔導師団の制服であるため、恐らく仕事帰りにノーニアスの館に寄ったのだろう。
そんな親友の突然の訪問に、ノーニアスは驚くところかとても幸福に満ちたような顔をしている。
「それで、もしかして奥さんを心配して来たのかな?」
「……取り敢えず、その手帳をしまって頂けますか?」
ルーンはノーニアスが持つ手帳を冷めた瞳で見つめる。
ノーニアスは学生時代から全く変わらない。
ずっと無邪気な笑顔と、子供のような振る舞いをしつつも、身の回りで起きた事をその手帳にメモし、作品の創作活動に利用しようとするのだ。
学生時代、散々付きまとわれ、数々のインスピレーションを彼に与えることとなって来たルーン。
良いネタを与えてしまったら、ロマンス作品にされてしまうのがオチ。今回こそは絶対にボロは出さない、とルーンは心に誓いながら用意されたお茶を口に運ぶ。
相変わらず、ここの畑で育ったハーブを使用したハーブティーはとても美味だった。
「ルーンは私の作品作りに協力してはくれないのかいっ!? 作家としての道を切り開いてくれたのは君だと言うのに……」
まるで大きな犬のようだった。
しょんぼりと肩を竦め、落ち込むノーニアス。
確かに、彼に作家としての道を歩んでみたらどうかと勧めたのはルーンだ。しかし、自分をネタにされて作品を書かれるのは気恥ずかしくて嫌なのだ。
「……まぁ、君が嫌がるなら仕方ない。それで、もしかして今日はパーティに飛び入り参加する為に足を運んでくれたのかな?」
「ただ様子を見に来ただけです。アンジェが君に振り回されて困っていないかどうかをです」
「何とっ!? 私が君の奥さんであり、そして大切な読者を困らせるっ!? そんな粗末に扱う訳が無いだろう!? で、実際は? 敢えて私は君に招待状を送らなかったんだけど…」
「やっぱ何か企んでるだろ? お前……」
「口調が戻っているよ、ルーン?」
ノーニアスからの指摘に、ルーンはゴホンと咳払いをした。相変わらず、ノーニアスのペースに巻き込まれてついつい言葉遣いが乱れてしまう。
目の前で心底楽しそうに微笑むノーニアスに腹立たしさを覚えつつも、そう簡単に憎めない彼にルーンは行き場の無い感情に少し困る。しかし、そんなルーンの表情は楽しげであった。
「そう言えば、ルーン。君は魔物に襲われた集落の調査に行っていたはずだろう? 随分早い帰宅のようだけど、何かあったのかい?」
「……ノーニアス。貴方は何かを感じませんか?」
「いつもより増して君が輝いて見えるかな!」
「はっ倒しますよ」
「おー怖いっ! 確かに魔力の流れが良くなってハーブの育ちが良くなったってのはあるね!」
「それを初めから言ってください」
ここ数日、ハーブの育ちがかなり良くなったようにノーニアスは感じていた。元々、ハーブはそこまで手の込んだお世話が必要無いのだが、まるで何かに生命エネルギーを与えられているのでは無いか、と思うほどすくすくといつも以上に成長し続けている。
「実はこれまであちこちで魔物の大群が集落を襲撃する事件が跡を経たなかったでしょう? それが急に途絶えたんです。もしかしたら貴方が何かまじないでもしたのかと思ったんですけど……どうやら違うみたいですね」
「私は魔法使いだが、そんな大層な事が出来る力は持っていないよ。大先生なら出来そうだけどね! けれど、魔物の大群が消滅した事はいい事じゃないかっ! これで君も少しは仕事から開放されるだろう」
「まぁ、確かに喜ばしいことですね」
ルーンが微笑む。
急に減った魔物の出撃。それは喜ばしいことだが、やはり気になる。上司は「仕事減ったね、ラッキー☆」だそうで、頭が相変わらず空っぽな上司にはかなり腹が立ったが、彼も彼なりに何か考えている……筈なので、部下のルーンは上司の指示が出るまで待機するのみである。
そして久々に三日の休暇を貰った。
久々にゆっくり出来るのだ。
「もしかして、ルーン。君、奥さんに言ったこと、後悔してるのかい?」
ハーブティーを飲んでいるとそう突然、ノーニアスに問われた。その問いはあまりにも突然で、思わずルーンは咳き込む。
しかし、ノーニアスが悪気があって訊ねた訳でも、ましてやいつもの彼とは違い、ルーンを心配するかのような声色と眼差しで訊ねられたので、ルーンは正直に答える事にした。
「はい。その通りです。まだ幼い子にかなりキツイ言葉を掛けてしまった自覚がありまして……」
「うむ。けれど、その後悔の念はもう晴らしても良いと思うよ? 何せ、君は奥さんが敬愛してるこのレベッカと出会う架け橋になったのだからね!」
実は、ルーン。アンジェと少し話したあの日の仕事帰りに、イリスにアンジェの好みや趣味、幼い時の話などを沢山聞いておいたのだ。
仕事が忙しいとは言え、寂しい思いをさせている自覚はある。だからアンジェに少しでも喜んで貰える様な事をしたいと考えた。そんな時、ノーニアスのファンだと言う事を知った。ルーンはすぐ様ノーニアスに連絡を取り、二人の出会いの架け橋となったのだ。
しかし、それでもルーンは気が済まないらしいのだ。
ノーニアスからしたらアンジェがルーンに言われた言葉を気にしている様子は見て取れなかった。だが、親友が困っているのなら助けるのが親友の役目だ。
「 …ならば、私が一肌脱ごうじゃないかっ!!」
突然ノーニアスが立ち上がり、本棚からいくつか本を取り出す。その本の後ろには、怪しげなボタンがあり、それを押せば、本棚がゆっくり動き、その後ろから隠し扉が現れた。
ルーンは嫌な予感を覚え、今すぐこの部屋から逃げなければいけない、と言う本能に駆られた。
「逃がさないよ、ルーン」
口を弧を描いた様に上げてノーニアスは微笑んだ。
ルーンの絶叫は、館中に響き渡り、違う部屋に待機していたアンジェはビクリと肩を揺らし震えていた。