ハーブの魔法使い
レベッカと言えば、ロマンス小説の代表と言っても過言では無い。
繊細な表現は乙女の心を擽り、そして甘い世界へと誘う。乙女心の代弁者とも言われているレベッカだが、まさか男性だったとは…。
唖然とするアンジェに、ノーニアスは言う。
「君が私の大ファンだと聞いてね。こうして招待したのさ。担当君は私の性別が男だと
読者にバレたくないらしい。イメージダウンに繋がるから、と。だから直接本の感想を聞くことが出来ないのだ。そんな時に、君を知った。我が大親友にして最大のライバルでおるルーンの妻だ。君にならバレてもなんの問題も無いし、何より直接感想を聞けると思ったんだ」
成程、とアンジェは頷いた。
騒がし…陽気な人だと勝手に決めつけていたが、どうやら彼も彼なりに抱えているものがあるらしい。
確かにレベッカの正体が男性で、しかもノーニアスだと言うことは驚いた。しかし、それでイメージダウンに繋がるかどうかと言われたら、そうでは無い気がする。
何せアンジェからすれば、乙女心の分かる男性はかっこいいと思うのだ。
「私で良ければフェルセフ卿…いいえ、レベッカ先生の小説の感想を述べさせて下さい」
アンジェがそう告げればノーニアスは太陽のように輝かしい笑みを浮かべた。
「では夕食まで是非感想を聞かせてくれないかい? 因みにリディス君は私の作品を読んだことはあるかい?」
「全て読ませて頂いてます。どの作品もとても面白く、楽しませて頂きました。アンジェが新刊が出る度に貸してくれたんですよ」
貸した…と言うよりも押し付けていたと言った方が正しいが、致し方ない事だと思う。
もっと色々な人にレベッカの作品を知って欲しいと思ったのだ。だから手始めに一番の友人であるリディスに勧め、彼もまた気に入ってくれた様だったので、頼まれていないが、それ以来新刊が出る度に貸していたのだ。
ノーニアスはリディスの言葉に頷いた後、二人を中央のテーブルへと案内した。
木製の大きな丸いテーブル。
椅子に勧められ、アンジェは腰を下ろし、ノーニアスことレベッカのロマンス小説の感想を語った。
◇▢◇▢▢◇▢◇◇◇◇◇
夜は、ハーブを使った特製料理が振る舞われた。
口に運ぶ度に、ほんのりと香るハーブの香り。しかし、食材本来の味をかき消すのではなく、際立たせている様に思えた。
つまり、超絶品料理であった。
グレジス公爵邸で過ごす様になってから、一人での食事が多かった為、久しぶりの賑やかな食事は、アンジェの心を癒した。
食事後は、イリスにお風呂を手伝って貰った。そしてお風呂を済ませれば、アンジェは大きなベッドの上に寝転がり、明日のパーティについて考えた。
明日の主な参加者は、ルーンとノーニアスの魔法学校時代の同級で、しかも皆、ルーンの妻と会うことを大変楽しみにしているらしい。何でも、【あの】ルーンが結婚した、と言う事で。
しかし、このパーティにルーンは参加しない。
本来なら夫が妻をエスコートするが、今回のパーティにはルーンが参加しない為、ノーニアスが代理でアンジェをエスコートする事となっている。
(グレジス公爵は相変わらずお忙しそう…。宮廷魔導師はブラック過ぎない?)
ルーンは今頃、魔物の出撃を受けた集落で住人達の手当や、魔物の討伐。そして調査を行っている頃だろう。
早朝からの出勤。そして日をまたぐ頃の帰宅をするルーン。今回の仕事が終わったら、休暇を貰えていると良いのだが…。
「ねぇ、マモン。魔物の侵入を防ぐ為に結界を張ったじゃない? あれって本当に効果出てるんでしょうね」
アンジェが疑いの目を向ける。
すると、ベッドの上に寝そべっていたマモンが答える。
『このボクが、手を抜く訳ないでしょ? 疑うとか君いい度胸だね…』
明らかに機嫌が悪そうなマモン。
どうやらアンジェに疑いをかけられ怒りを覚えたらしい。しかし、最初あれだけやる気の無かったマモンだ。手を抜いた可能性を疑うのも無理は無い。
マモンはベッドに寝そべって魔法書を読んでいるようだった。
その魔法書を手に持ち、ベッドから降り、アンジェの元へと寄ってくる。思わず身構えるアンジェ。しかし、それはたったの一瞬で、直ぐに身構えるのを辞め、今度は何故か申し訳なさそうに俯いた。
そんなアンジェに、マモンは笑う。
『何? ボクが怖いの?』
酷く冷めきったマモンの声。
そんなマモンの問に、アンジェ静かに首を振る。
「……違う。貴方のこと、信じてあげれなくて悪いなって思っただけ。だから…本当にごめんなさい!」
いきなり立ち上がり、頭を下げるアンジェに、マモンはギョッと目を見開いて驚く。
何故アンジェが謝ってるのか、マモンにはさっぱり意味が分からない。アンジェに病気を患わせた要因は、マモンである。そんなマモンを信用出来ないのは当たり前である筈なのに。
─────お前なんか、信用できるかっ! この化け物っ!!
突如マモンの脳内に響いた声。
一切知らない記憶の欠片に、マモンは驚いた。今の声は誰? 自分は一体何者なんだ? 何もかも分からない。ぐちゃぐちゃになっていく頭。
「マモンっ!?」
心配そうに、そして切羽詰まった様子でアンジェがマモンへと手を伸ばす。
その手をマモンは払い除け、アンジェの中へと姿を消した。