勘違いしないでよ
マモンの言葉に、アンジェはゴクリと息を飲んだ。
一体何の取り引きをしようと言うのだろうか。
取り引きの内容が全く想像が付かなくて、アンジェはただただ恐怖に駆られる。
『君はさ、ボクを体の外に追い出したいよね? 余命六年だし。まだ死にたくないよね?』
「……私の寿命も気になるけど…集落が襲われてる方が気になる。ねぇ、貴方が私の中に居る限り、魔物は集落を襲い続けるの?」
マモンはアンジェの言葉に驚いた。
まさか自分の命よりも他者の命を優先するとは思っていなかったのだ。
十二歳なんだよね? 凄く冷静な子供だなとも思ったし、何より人間とは自分勝手に生き物だとマモンは認識していた。だから、自分では無く他人を優先するアンジェに、少しだけ興味を抱いた。
『まぁ、ボクが魔物の封印を制御をしてたからね』
「そっか……。ねぇ、いくつか質問させて欲しいの。一つ目は、貴方の目的について。私の体を乗っ取って何がしたいのかね。そして二つ目は、魔物が集落を襲わない様にする方法」
『質問多くない? 答えるの面倒臭っ。けど、まぁ答えてあげるよ。一つ目。ボクの目的は失った記憶を取り戻すこと。封印される前の記憶がボクには一つも無い。だから取り戻したいんだ。何か大事な事を忘れてる様な気がするから。で、君の体を乗っ取りたいのは、まぁ都合が良いから。溢れ出る程の魔力に、ボクが住み着いても尚、丈夫な体。役に経ちそうだしね。で、二つ目。これは君次第になるかな』
「私、次第?」
マモンの言葉にアンジェは首を傾げる。
すると、マモンは可笑しそうに笑った。
しかし、直ぐにその笑みは消えた。急に真顔になるマモンにアンジェは不信感を抱くが、赤い瞳はただただアンジェを物静かに見詰めている。
アンジェの質問に対してマモンは少し違和感を覚えていた。
これまでの会話を通して、マモンがアンジェの体から出ていけば、自身の病が回復する事は分かり切っている筈であり、また、もう一度マモンが封印されれば、魔物を制御する事が出来、集落がそして人間の命が救われる事は明確な筈なのに、アンジェはマモンに対して、自分の体から出ろ、もしくはもう一度魔物の制御に務めろ、とは言わなかった事にだ。
『君さ。なんでボクに出て行けって言わないの?』
「最初に言った」
『それ以降言ってない。何で?』
マモンの問い掛けにアンジェは少し困った様子で答えた。
「……封印されていた間、貴方がどんな風に過ごしてきたのか、私には分からないけど……三千年も辛かっただろうなって。まして記憶も無いなんて……。そんな辛い思いをもう一度させるなんて嫌じゃない」
と言うのは建前で……実はアンジェはもうマモンが自分がどう説得しても出で行く気がないことに気づいていた。力づくで追い出す事なんてまず出来っ子ない。先程アンジェが魔法を使用しようとし、マモンによってそれを止められた時、マモンに自分が及ぶ訳が無い事は分かりきっていたからだ。
ならば、大人しく彼を受け入れて、追い出す為の方法を見つけよう。
アンジェだってまだ生きたい。
この結婚生活を続けたい訳では無いが、願わくば大好きな姉が想い人と幸せになるまで見届けたいのだ。
そうアンジェが思考を巡らせる一方で、マモンの方はアンジェの言葉に大きく目を見開き、驚にを隠せずにいた。そして同時になんて愚かな人間だろうと思った。なにせ、自身の患った病の原因に対して少なからずの同情を向けるているのだから。
「君の寿命…だからあと六年だね。この六年のうちにボクが記憶を取り戻したら出て行ってあげる。けど、もしも六年以内に取り戻せなかったら…君の体を貰う。だから君にはボクが記憶を取り戻せるように手伝って欲しいんだ。これが取引内容だよ」
その取引内容は今正にアンジェが知りたくて仕方なかったマモンを追い出す為の方法だった。
案外あっさりとその方法を知れた事にアンジェは驚くが、マモンの不敵な笑みに表情が強ばった。
どうやらアンジェの思考は彼にはダダ漏れだったらしい。
『にしても、本当に人間って生き物はとことん馬鹿で愚かな生き物だね』
マモンが呆れたように言う。
アンジェの中に少なからずある同情心に対してだ。
そんなマモンの言葉に、アンジェはムッとして答える。
「言っておくけど、私は貴方の無くした記憶を必ず見つけだす前提で、貴方を私の中に置いてあげるつもりなの。本当は、私の体に入って病気にさせたのは恨んでるし、凄く大迷惑だって思ってる。だから、別に馬鹿じゃないし、愚かでもない。勘違いしないで。私は私の為に貴方を利用するの! だからこれは優しさなんて一切ないからっ!」
アンジェはそう強い口調で告げると、ランプに火を灯し、本棚へと駆け寄る。そして、一冊の歴史書を取り出す。
それは、姉のリアが勉強の際に使っていたもので、もう全て覚えたから、とアンジェくれたものだった。
「取り敢えず、まずは歴史を振り返ってみよう。もしかしたら何か分かるかもしれないから」
アンジェはそう言うと、二つの椅子を用意すると、その一つに腰を下ろし、そして…。
『……座れって?』
もう一つの椅子を見て、マモンは言葉をこぼす。
そんなマモンに対して、アンジェは…。
「嫌なら立って見たら?」
『……じゃあ浮かんで見る』
そうマモンは言うと、アンジェの丁度頭の上に胡座をかき、宙に浮かぶ。そんなマモンに、素直に甘えればいいのに、とアンジェは思った。
部屋に灯される小さな明かりを見てマモンは溜め息を着くと、パチンと指を鳴らす。
すると部屋一面が明るくなり、アンジェはポカンと口を開けた。
『目、悪くなるよ』
「あ、ありがとう……えっと、マモンは魔法を使うのがとても上手なんだね」
アンジェはまるで感銘を受けたかのように当たり一面明るくなった部屋を見渡す。
一体どんな魔法をマモンが使ったのかアンジェには検討も付かないが、ただ自分では絶対に使えない様な高度な魔法を使用した事は分かった。