痛み
痛い。
…我慢、我慢。
痛い、痛いよ。
…我慢、我慢しなきゃ。
痛い、痛いの、痛すぎる。
…我慢、我慢できなきゃダメなんだよ。
痛い、痛い。
…我慢できて当然でしょう?
痛い。
我慢もできない、出来損ない。
痛い?
痛いのかなあ。
私は、痛いのかなあ。
痛みの分からなくなった、出来損ない。
私は、痛いという感覚が、わからないなあ。
ずいぶん痛いと思い込んでいたけれど。
張り裂け切ってしまえば、痛みを感じなくなるもんだなあ。
傷ついたときは確かに痛かったよ?
傷から心が流れ出した時は、確かに痛かったよ?
傷から心がどんどんあふれて、痛みが追い付かなかったよ?
傷はふさがることなく、すべての心を流出させたの。
すっからかんになった、私には、心がなくなってしまったの。
なにが起きても、痛みを感じないよ。
何があっても、痛みを感じないよ。
ねえ、私は笑っているよ?
ねえ、私は笑っているよ?
痛みを感じなくなったら、悲しみもわからなくなったよ?
痛みを感じなくなったら、怒りもわかなくなったよ?
痛みを感じなくなったら、笑う事しかできなくなったよ?
この世界は、おもしろいことばかりだよ?
つまらないことを言う人がいるよ?
理解できないことを言う人がいるよ?
私の意見を必要としない人がいるよ?
私を必要とする人がいないよ?
笑う事しかできない私がいるよ?
おかしくて、おかしくて、私は笑う事しかできないよ?
傷ついたところで、何一つ痛みを感じない私は、ただ笑う事しかできなくなった。
傷は、ついているのかな?
私に、傷のつく場所なんて、残っていたのかな?
私に、傷なんて、つくのかな?
傷すらつかない、出来損ない。
ただ生きてるだけの、出来損ない。
笑う私を誰かが笑う。
笑う私を誰かが叱る。
笑う私を誰かが。
笑う私を、誰かが。
笑う私を。
笑う私を笑う人がいなくなった。
笑う私を叱る人がいなくなった。
笑う私は誰からも必要とされていないことを知った。
笑わなくなった私。
笑えなくなった私。
私は生きているらしい。
私は生きているらしい。
私が生きている証拠が目の前に広がる。
にじむのは、私の生きている証。
にじむのは、私が生きている、赤い、証。
にじんだ赤を見つめる私。
にじんだ赤が、ぼんやりにじんだ。
にじんだ赤が、ゆらりと揺れた。
ぽたりと垂れた透明な雫が、にじんだ赤のあふれる場所に落ちた時。
じわりと痛みが広がった。
じわり、じわり。
痛みが、私に広がってゆく。
じわり、じわり。
痛みが、私の中に、取り戻されてゆく。
じわり、じわり。
ぽたり、ぽたり。
痛い?
じわり、じわり。
ぽたり、ぽたり。
痛い。
じわり、じわり。
ぽたり、ぽたり。
痛い、痛い。
…我慢、我慢?
痛い、痛いよ。
…我慢、我慢しなくて、いい?
痛い、痛いの、痛すぎる。
―――我慢しなくても、いいんだよ。
痛い、痛い。
―――すごく、痛いよね。
痛くて、たまらない。
―――大丈夫、傷は、治るよ?
傷は、私に、つくのかな?
―――君は、ずいぶん、傷ついているよ?
私は、傷を、取り戻したのかな。
私は、傷つくことが、できたのかな。
私は、傷ついているのかな。
私の、胸が、痛いのは?
―――君の、心が、傷ついているから。
私は、心を、取り戻せたのかな。
私の心は、戻ってきたのかな。
私の心が、私の中に。
痛い、痛いよ。
心が、痛いよ。
痛い、痛いよ。
心が、痛いけれど。
この痛みは、傷が小さくなるたびに小さくなってゆく。
痛い、痛いよ。
心が、痛いけれど。
この痛みは、我慢する必要がないもの。
この痛みは、痛いと言って、いい、痛み。
痛い、痛いよ。
心が、痛いけれど。
この痛みは、痛みに慣れる必要がないもの。
この痛みは、慣れなくていい、痛み。
痛い、痛いよ。
心が、痛いけれど。
私の傷は、治ってゆく。
痛い、痛いよ。
心が、痛いけれど。
心の傷は、治ってゆく。
心の痛みがしみわたる。
心の痛みが消えた時、私は傷つきやすい心を手に入れた。
私は傷つきやすい心を手に入れた。
傷がつく心を手に入れた。
傷がついたら痛くなる心を手に入れた。
傷がついたら、痛いと言える心を手に入れた。
傷がついたら、傷を癒していい心を手に入れた。
傷がついたら、傷が癒える心を手に入れた。
私は、傷つくことを恐れずに。
前を向ける強い心を、手に入れた。