はじまり
さて、いつからだろう。
気づけば俺、山本 雅志はこの世界にいる。
いや、厳密に言えば気づけばなんて格好の良い表現は不適当かもしれない。
苦しみに喘いで、何もかもが嫌になって、投げ出して。
それで俺はここにいる。
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「いらっしゃいませー」
そう。ここは俺が生きていた世界とは別の世界。
ゲームなどの電子機器はファンタジー世界に相応しく、存在しない。
人々はモンスターを狩り、そうでない者は農耕、商業など、近代文明に変わらない分業制で生計を立てている。
こんな世界。日本で様々なファンタジー作品を目にしたことのある諸君なら、きっと冒険に出たいと思うだろう。
授業中にそんな妄想に耽った経験があるやつもいるだろう。
しかし、よく考えてみて欲しい。
なんら経験のない一般人がいきなりモンスターを倒せるだろうか。
いくら運動をしていたからと言って、それは健康維持でしかない。言うなれば実践に不向きである。
加えて、農耕も経験がない。
消去法である。
といっても、無論商業の経験はなかった。
当時齢18の俺には何もかもが新体験であった。
「これくださいな」
「毎度、ありがとございます。」
とうことで、小さな食糧雑貨店を営んでいる。
もう、何年か店を続けているが、なかなかに調子は良い。
商品を仕入れてそれを仕入れ値よりも高く売る。
そんな商売の基本を忠実に行い、居酒屋のバイトで身に付けた接客術でお客様を迎える。
残念ながら、バイトは雇っていないので俺が年中無休で働かなければならないというデメリットはあるが、それなりに楽しい日々を送っている。
月末を除いては。
「おう、店主。景気が良さそうだな」
「これはこれはヂューダ様…」
黒い外套に身を包んだ男が店に入る。
この世界にきた当初の俺は無論一文無しである。
そんな状態から店を始められるわけがない。
無論、この世界に来た当初は冒険をしようとも思った。
しかし、並の筋力の俺ではあまりに割に合わない。
そこにやってきたのがこの男である。
いわゆる闇金。法外な利息で金を貸し付ける。
だが、生きるために手段を選んでられないのは事実であった。
だから金を借りた。
この店の開店資金、日本円にして300万といったところだろうか。
幸いにも居抜きの良い物件があったのでこの程度で済んでいる。
しかし、
「じゃあ、今月分な」
「はい…」
しかし、返済金、マージン、その他もろもろ適当な理由で俺の純利益の半分はこいつらにしょっ引かれる。
そこから税金etcに充てていると、手取り8万が良いところだ。
フルタイム休みなしの労働でこれはなかなかきつい。
「あの、今月は売り上げが上がらなくて、なんとか減額いただけませんか?」
「なぁ、おい。借りた金は返す、何かおかしなことを言ってるか?お前も了承しただろうが。」
俺は300万+利子を返すためにもう5年は働いている。
いくらなんでも暴利なのはわかっていた。
この世界に疎い俺はまんまとはめられたというわけだ。
「まぁ、いいぜ、払えないっていうならお前には死んでもらうがな」
こいつらはここ、辺境の街で幅を効かせるマフィアみたいなものだ。
逆らえば殺される。
こいつらは俺みたいな身寄りのないやつを嵌めて、契約をし、店で馬車馬のように働かせる。
この世界では契約が絶対である。
契約は双方の同意、重大な違反、当事者の死亡等の条件が満たされない限り決して解除されない。
この世界の断りである。それは法律よりもずっと絶対的な。
地球でいう物理法則のような、そんなものである。
「なぁ、借金、並びにその利子を返すまで働き続ける、それが契約だよな?」
「はい、ですが、利子があまりにも…」
「働けねぇなら、代わりを用意するまでだ。」
こんな都合よく商店の居抜き物件なんてあるはずもなく、恐らくここの先代店主もこいつらに始末されたのだろう。
しかし、売り上げがないのは本当である。
「しかし、お金がないのは事実でして…」
「ああ、なら良い、来いよ」
俺は無理やりに手を引かれて、連中の居着く建物に連れられた。
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殴る、蹴るの暴力で俺は憔悴しきっていた。
連中はこんな冴えない男を虐めて何が楽しいのやら。
痛い。しかし、そんなことをいちいち意識していては身が持たない。
そして俺は多分殺されるだろう。
いっそ早く殺してくれれば良いのだが。
ああ、力がない者はこんなにも惨めなのか。
「よぉ、お前の御所望通り殺してやるよ。」
身体中に痣ができ、背中は鞭打ちの傷が痛む。
多分顔面の骨もやられてるだろうな。
まぁ、もう人前に出ることがないから別に良いが。
「まぁ、5年のよしみだ、最期は痛くないように」
「殺してやるよ」
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ああ、死んだのか。
やっぱり弱者は何も為せずに、何も残せずに死ぬ。
幸いなのは守るべきものがなかったことだろうか
「ってあれ?生きてる??」
俺は郊外の山の中に寝ていた。
「って、ええ??」
周りには死体が積み重なっている。
下の方は白骨している。
というか、臭い。
腐乱臭とはこのことだ。
「取り合えず、人がいるところへ…」
その時だった。
俺が再び死の危機に瀕したのは
「魔獣の気配がする」
ぞろぞろと、数十匹もの魔獣が草陰から姿を現す。
こいつらは死肉を食う。
死体置き場は格好の餌場というわけだ。
だがもちろん
「ガルルッ」
「うおっ、。ちょ、ま」
生きた生き物でも弱そうであれば捕食対象である。
「痛っっ」
腕に大型犬ほどの魔獣が噛みつく。
「離せ、離せ、離せよ!!」
無論魔獣に言葉が通じる筈もなく、条件反射的に口から言葉を紡ぐ。
が、そんなものを聞いてくれるほど物分かりが良い生き物ではない。
「やめろ、離せ、やめてくれええええ」
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痛た…痛くもない
「やめろおおおおおおおおお」
眼前は森。どこかは分からない森である。
「というか、やっぱり死んだはずじゃ…」
どうやら生きているようだ。
しかし、なんの傷もないのは不自然である。
「こんな短期間に二回も死ぬとかたちの悪い冗談じゃないんだから」
しかし、ここは森、正直、過去のことを振り返っている余裕はない。
ここはかなり危険な場所であり、俺みたいな一般人がこの森で一夜を明かせるようなことはないだろう。
朝までに屍を晒すことになるだろう。
「なんとしても避けないとな」
だが、ここがどこなのかさっぱり分からない。
だが、仮に、街の近くの森だとしたら、そう遠くはなく街に出られる。
「でもなぁ…」
あの街には俺に暴行を加えた上、殺害した?マフィアが居ついている。
それに、戻っても何も残ってないし…なぁ
しかし、死んだときのことを思い出すと鳥肌が立つ。
そう、俺は死んだ筈だった。
だが、どういうわけか今も生きている。
「本当に、わけがわからんよ」
俺の街から隣町までは大体20キロといったところか。
しかし、靴もない、道もない、身に纏うものはボロ切れだけ。
こんな状態じゃ、魔獣に遭遇したら良い獲物である。
「なんでこんなことに…」
川の水面に自分を写して見てみても、やはり顔は綺麗に傷すらない。
魔獣に噛みつかれた腕も、なんの外傷も残っていない。
それでも、顔には確かな疲労感が見えており、やはり、一度死んだという記憶は間違いではないように思われる。
「はぁ、夜までに抜けないとな」
と、言っても方向が分からないんじゃ、川から離れて行動するのはあまりにリスキーすぎる。
ああ、日本が懐かしい。
あんな風に身の危険なく過ごせていたのは本当に素晴らしいことだ。
この世界の人たちは少々逞しすぎるのだ。
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しばらく川を眺めていたら、ポツポツとものが流れてきた。
初めは皿や服のようなものが流れてきた。
1着拝借した。
誰か親切な人が物を流してくれているのだろうか。
そんな認識は次に流れてきた物で一変する。
「おい、おい!大丈夫か??」
絶命した兵士。声をかけても反応がないその屍は急所を鈍く刺されて大量の血を流して絶命していた。
森が騒がしい。
何かくる。
俺はその兵士の死体に丁重に手を合わせて、その場を急いで去った。
嫌な予感がする。
あの、マフィアのアジトの時のような、魔獣と対峙した時のような。
有り体に言えば死の予感が俺を包んでいる。
俺は急いで逃げた。
しかし、どうやら間に合わなかったようだ。
男が走ってくる。
それを昨日の5倍はある魔獣が追っている。
次の瞬間
『ゴッツ』
その鈍い音が彼の最期の音だった。
しかし、その化け物は俺には目もくれず、その男の死体の横を数人と共に走り抜ける集団に向けられていた。
屈強そうな兵士が三人とそれに取り囲まれた少女。
いや、護衛されたといった方が正しい表現だろうか。
巨大な魔獣から逃げようとしたその集団は、正面から現れたもう一匹の魔獣に進路を塞がれる。
俺は逃げた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
全力で逃げた。
別に知らない奴のために命を賭けることなんてない。
一番大切なのは自分だから。
「あの兵士三人にも守られていたら大丈夫だろ!!!!」
最も、妬ましかったのかもしれない。
この世界に来て、ずっと一人で自分の身を守ってきた俺にとっては疎ましい存在に感じてしまったのかもしれない。
しかし、俺が一人行ったところで、状況が好転しないのは明らかだ。
悪化する可能性すらあるだろう。
俺は関係ない。悪くない。第一、俺も被害者だ。俺はあいつらよりも酷い目にあって、それなのに助けてやる義理はない。俺は見捨てたわけじゃない。犠牲者を増やさないための懸命な判断だ。俺は悪くない。俺は関係ない。
俺は悪くない。
俺は悪くない。
俺は悪くない。
俺は悪くない。
俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。
俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。
俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。
俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。
俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。
あぁ、情けない。
「はぁ、はぁ、とりあえずはここまでくれば…」
「あっ」
俺の目の前には何故か魔獣に追われた少女がいた。
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俺は、何故か逃げ出した最初の場所にいる。
だが、一つ違う状況があるとすれば、
「兵士の人が、死んでる?」
残り三人の護衛とみられる男たちは全員落命していたことだ。
「あなた、逃げて!!ここは危険、あいつらの狙いは私!!」
少女が俺に逃げるように指示を出す。
ここで縋らないあたり、ずいぶん腕に自信があるか、人格者なようだ。
「お前が逃げてくれ、少しでも可能性があるならそっちの方が良い」
俺は心にもないことを言っていた。
単なる格好つけか?
さっき逃げたのに。
いや、そんな問答はなんの意味もない。
ただ、自分に辟易とした。
どこまでも無力な俺に。
最後に、この子を1秒でも生かせればそれで良いと思った。
俺はおもむろに兵士の死体から剣を拝借する。
「重っもい…」
「貴方、やめて、貴方は誰か知らないけど、私にはなんの義理もないはずよ!なんで…」
格好の良いことは言えない。
だって俺の行動理由はどこまでも醜い自己満足だからだ。
命を賭けた自己満足だ。
まるで命に対してのリスペクトがない。
自分の命を少女が生きるかもしれない1秒に賭けるのだ。
「こおおおおおおおい!!」
俺は足元にあったちょっと大きめの石を投げつけ、意識をこちらに向けさせる。
幸い、こいつらは目的に対する優先順位の見極めが下手なようだ。
最初に兵士を追いかけていた時からそうだ。
「もう一匹こいよ!このクソ猫!!」
俺はもう一匹にも投げつける。
そして、背を向けて全力で走り出す。
熊と対峙したときに絶対にやってはいけないことをあえてやるわけだ。
そうすると、こいつらは俺の背中を追い始める。
「やめて!!!!!!!」
「逃げろ!!俺のごみみたいな命だが、無駄にしないでくれ!!!!!!!」
俺は少女にそう言い捨てて、走り出した。
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俺は今とても満たされている。
この命を引き換えに作った時間で少女が死ぬまでの気持ちを整えてくれたらいいなと。あわよくば逃げ切れたらいいなと。
そんな最低な自己肯定感を抱きながら走る。
しかし
「足速いって…」
あいつらの足は思ったよりも速く、すぐに追いつかれてしまった。
「ここは勇者っぽく!!」
憧れの勇者のように、剣を魔獣に…
「おい、ちょっと!!」
弾かれる。
ああ、負けだ。
まぁ、わかっていた。決死の攻撃も通じなければ、俺には戦闘の覚えもない。
目の前に崖がある。
「昨日の夜みたいなのはごめんなんでね」
獣に四肢を喰われた苦い記憶が蘇る。
「じゃぁなーーーーーーーーーー
俺は魔獣に襲い掛かられると同時に崖から飛び降りた。