未来視―未来死
気を引き締めて読まないと涙腺が緩んでしまうかもしれません。作者は泣きました。
【未来視―未来死】
昔、近所に魔法使いのお姉さんがいた。
彼女は「自分は占い師だ」と言い張っていたけど、絶対に魔法使いなのだとぼくは確信していた。
彼女は未来視といって未来を見通す能力を持っていた。未来の出来事がまるで過去の鮮明な記憶のように視えるのである。
初めて会った人の未来でも簡単に視ることができるのである。
ただし、たった一人だけその人の未来だけは見通せないと彼女は言った。
誰なの? と訊くと、彼女はすんなりと答えた。
自分よ……。
彼女は占い師の仕事をしていた。ただし視るのは依頼人の最期だけと決まっていた。つまり彼女は他人の死を予告してくれるのである。
彼女は自分の未来が視えないことに不安を抱いていた。
他人の未来は死の瞬間まではっきりと視ることができるのに、自分の未来だけが全く見えないのである。
……でもね。彼女は言った。
自分の死の瞬間は、もうわかったよ……。
なぜだかわかる?
彼女はつづけた。
ふふ、わかるわけ、ないよね……。
儚げな声だった。
ぼくは考えた。
なぜお姉さんは自分の未来が全く視えないのに、自分の死の瞬間だけわかったのだろうか。
まさか……、自殺!?
いや、そんなはずはない。ぼくにはわかる。
彼女はいつも笑っている。哀しい目をして笑ってるんじゃないんだ。心からの優しい目で笑ってるんだ。ぼくは彼女の光溢れる瞳がまぶしくて、好きだった。
彼女は絶対に、自殺なんかしない……!
じゃあ、どういうことなのだろうか。絶対に視えないはずの未来が、なぜ彼女には視えたのだろう。それも、死の瞬間だけ……。
しばらく、ぼくの頭の中はそのことでいっぱいになった。
彼女が謎の発言をした、その少し前。彼女はぼくの未来を占った。
といっても、もちろん死の瞬間ではなく、近い未来のことを視てもらったのである。
彼女は言った。
もうすぐ、きみには不幸な未来が訪れるわ。でも大丈夫。きみはきっとその辛い体験を乗り越えて、立派に成長できるから……。
ぼくは少しだけ不安になった。でもなぜか彼女が抱きついてきて、頭をなでてくれた。それで不安は消えた。
それからしばらく、ぼくと彼女は一緒に遊んだ。毎日のように。
楽しい時間は、あっという間に過ぎていった。もうすぐ不幸が訪れるという予言のことも、すっかり忘れていた。
彼女の仕事は残酷なまでに完璧だった。
そして、正しく残酷であった。
彼女は言った。
未来なんかね、視えてもしょうがないのよ……。だって、運命は決まっているのだから……。
未来視というのは、未来が視える以外に何もできない能力だった。つまり、死の未来が視えたところでその死には何の干渉もできず、ただ視たとおりに死んでゆくのを、黙って見ているしかないのである。
彼女の仕事は依頼人の最期を視ること。つまり死を視ること。それを告げること。つまり死を宣告するということ。
彼女の仕事は、死神の到着時間と殺害方法を生きた人間に伝えるだけ。絶対的な死の宣告をするだけ。
生きた人間に死の瞬間を教える。それはあまりに残酷なのである。
未来は変えられない。
それが彼女の口癖だった。
子供だったぼくは、そんなこと信じたくなかったし、信じていなかった。
あれは雲ひとつない晴れた日のことだった。
いつも太陽のように笑っている彼女が、その日は暗かった。厚い雲がかかってしまったかのように表情に影が落ちていた。
ぼくは訊いた。
今日はなんか元気ないね、どうしたの?
なんでもないのよ。
彼女はそう言って微笑んだけれど、ぼくはその表情になにか胸騒ぎのようなものを覚えた。
彼女は本当に自殺してしまうのかもしれない……。
なぜか、そう思った。彼女のさみしそうな雰囲気を心が感じたからかもしれない。
よし。なにがあっても、彼女を守ろう。
ぼくはそう心に決めた。
ぼくと彼女は天気がいいので二人で散歩をした。
ながーい一本道を歩いた。周りは田んぼで、少し遠くに山が見えた。見渡すかぎり緑一色だった。もちろん空は青かった。
いい眺めね……!
彼女が言った。もとのあの太陽のようにまぶしい笑顔に戻っていた。
ぼくの好きな笑顔だった。
一本道の端っこは大きくカーブして木が立っているせいで見通しが悪かった。
少し前を歩いていた彼女が、カーブの少し手前でこちらに振り返り、言った。
さぁ、ここからは危ないから道の端っこに寄ろうね。
ぼくは、はーい! と返事をしながら道の端っこに駆けようとした。
その時だった。
ぼくの目に、大きな影が見えた。車だった。
車はカーブを抜け、彼女のいる道に出てくるところだった。
危ない!
ぼくは素早く方向転換をし、彼女の体をつかんで道の端っこに引っ張った。
ぼくたちは転び、道の端っこに倒れた。車は無事、通り過ぎていった。
しかし、車の少し後ろにバイクがいた。バイクはぼくの倒れている場所に突っ込んできそうだった。
危ない!
再びそう思ったとき、ぼくの体が中に浮いた。
一瞬、浮遊感があり、落下した。
ぼくは意識を失った。
ブレーキのけたたましい音が耳に残った。
気がついたとき、ぼくは病院にいた。
ベッドの上で目を覚ますと、母が「よかった……」と言ってぼくを抱きしめた。
お母さん……お姉ちゃんは……?
母は、しばらく黙ってから、こう答えた。
旅に出たわよ。なんでも、外国から大きな仕事の依頼が来たらしくて、今日ここを出発しなきゃいけなかったそうよ。さみしいから、そのことを言い出せなかったんだって。お別れの挨拶も泣きそうで恥ずかしいからって……。あのコ、最後にこう言ってたわ。『私はいなくなっちゃうけど、さみしくないよ。またいつか会えるからね。大丈夫だよね』って……。
ぼくは悲しくなった。大好きな彼女がいなくなってしまったのである。悲しくないわけがない。
でも、大丈夫。きっといつかまた会える。
彼女の言葉を信じて強く生きよう。がんばろう。がんばって、今度こそ彼女を守れるように、強くなろう。
ぼくはそう決意した。
母が事故の状況を教えてくれた。
バイクに轢かれそうになったとき、彼女がぼくを助けてくれたそうである。
しかしそこで疑問が生まれる。
だってあのとき、ぼくも彼女も、道の端っこに無様に転んで、倒れていたのである。そんな状態でどうやってぼくを助けたのだろうか。
……もしかして。
ぼくは思った。彼女は魔法使いだったのだ、と。
あのとき、車をよけた時点で、ぼくと彼女の間には距離があった。その後でバイクが来るのに気づいても、その距離を詰める時間がないのである。
しかし、彼女が魔法使いだったなら、離れた位置からでも子供のぼくを移動させるくらい、簡単に違いない。きっとそうなのだ。彼女は秘密の魔法で、ぼくを助けてくれたのである。
ぼくは感謝した。そしていつか、会って直接お礼を言おう、と思った。
あれからもう四年が過ぎた。ぼくはもう明日から高校生である。
そして机の上には白い封筒が置かれていた。
表には彼女の筆跡で、ぼくの名前が書かれてあった。
ぼくももう高校生である。いつまでも帰ってこない彼女。だいたいの想像はすでについていた。
手紙を読む。
『やぁ、驚いた? 実はきみのお母さんに、きみが高校生になる前日にこれを渡すようにって、頼んでおいたんだ。なかなか気がきいているでしょ。
つまり今これを読んでいるきみは、もう高校生なわけだよね。じゃあ、もう真実を知っても大丈夫だと思う。
ごめんね。嘘をついて……。
私は外国になんか行っていないよ。きみにはそう教えるように、お母さんに頼んでおいただけなんだ。
もうとっくに勘づいているだろうけど、私はもう、この世にはいません。
言ったでしょ?
私、自分の未来だけが視えないんだよ。でもわかったんだ。自分の死の瞬間が。いつどうやって死ぬのかが。
だからこんな遺書を残せたんだしね。
言っとくけど、きみを助けたのは私だよ? それは真実。
でも、もちろん魔法を使ったわけじゃないわよ。私、魔法使いじゃないし。
知ってたんだ、私。ううん、「視ってた」って書いたほうが正しいかもね。
きみの少し先の未来を視たとき、ちょうどあの事故の光景が視えたの。
きみは車から私を守ってくれる。でもすぐ後にバイクがきみに突っ込んでくるんだ。少し離れた位置にいる私は普通なら間に合わない。でも私は魔法を使って……って、違うわね。
もうわかってるでしょ?
そう。普通なら、あの距離じゃバイクを見てからきみを助けようと動き出すまでに時間がかかって、無理なのよ。
でも!
私はそれをあらかじめ知っていた。視っていたのよ。だから、バイクを視認するまでの時間、それに判断して行動に移るまでの時間。それらが全て不必要だった。私は車をよけた後すぐにきみを突き飛ばすために走ることができたの。だから間に合った。
突き飛ばされたきみは、道路から落ちて下の田んぼに着地した。
でも、できたのはそこまで。
代わりに私がバイクと接触。ブレーキで速度はそこそこ落ちてたんだけど、当たりどころが悪くて、即死した。
まるで見てきたことのように語るけど、実際私は視たんだよね。
私は、きみの未来を視ることで、自分の最期を知った。
誰も運命からは逃れられない。未来は変えられない。
たとえ未来を知っていても、無理なのよ。
だから怖かった。もしも自分が最悪な死に方したらどうしようって。他人の死に際は視えるのに、なんで私のはわからないの? って。不安だった。
でも良かった……。
死の宣告なんて酷いことしかできない私は、きっと誰かに恨まれて殺されるのだと思ってたんだよ。
でも違った。
大好きなきみとお別れするのは辛いけれど、きみを守って死ねるんだ。
そうわかったときは、嬉しかったよ。
私は、最後の最期に、いっちばん素敵なことをして死ねるんだ!
これは神様が私に与えてくれた運命なんだ。
私は不幸なんかじゃない。
だって、私は望んできみを助けたんだから。
きみの大切な命を、ちゃんと守れたんだから。
大丈夫。
きみはこれからも、ちゃんと生きていけるよ。
私は視っているんだからね!
それじゃ、またあの世で会おうね。バイバイ。
魔法使いより』
ぼくは、溢れ出る涙を、拭かずに、そのままにした。
【未来視―未来死】 END
こんなにも拙い文章で、なんでこんなにも切なくなるのか……。物語の力を感じてしまいます。お姉さん最高。