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エリスの偵察支度

「もういやぁぁ〜〜だぁぁぁぁぁあ!」



 キングサイズ、天井付きのベッドの上で四肢をばたつかせているのは四天王の一人であり、妖魔系の魔族を取りまとめるサキュバスエリスだった。



 スラリとした長く白い肌、黒く艶やかな黒髪、そして何より慎ましくも色気を醸し出す胸元は男の視線を惹きつける。



 もちろん、そんな彼女に使えることは男では務まらないので、身の回りの世話は他の女の魔族に任せている。



「ですが魔王様直々のご指名なら断れることもできません」

「んなこたぁわかってるのぉ!!もう、エトラが行ってきたよぉ〜!!」

「私にはまた別の仕事がございますので」



 呼びかけに応えた金髪の女性はベッドの前で答える。エリス同様整った顔立ちをしている、一方でこちらは透き通るような金髪を後ろで結わえている。



 胸元を少し開いたメイド用の服を見事に着こなしたエトラは手を前に揃え、恭しく礼をする。



「そんなの別にいいじゃん!」

「よくありません、大事なことです」



 ブー、と口を膨らますエリスに対しエトラは淡々と応える。



 エトラの仕事とは未だ年端のいかない妖魔にどのようにして魔力を得、蓄え、魔法として消費していくかに加え、魔族としての一般常識、人間と接触した時の対処法などを教えることだ。



 数年前の流行り病によって大人が一人残らず死滅してしまった現在、本来なら親が教えなければいけないことを子供達に教えることが魔族達における急務である。



 しかし、教える側も未だ親と呼べる年齢ではなく、加えて魔族によって異なることも多く存在するのでそうそう上手くいかず、魔王も頭を抱えている。



 その中でも妖魔はまだマシな方だった。というのも基本的に知性はあるので、ある程度教えれば後は()()するのみだからだ。



 もちろん、サキュバスの魔力の補給方法は基本的にそ()()()()()()となるが……



()()そんなに難しいかなあ……」



 エリスのつぶやきにエトラはビクッとし、しどろもどろにとりなす



「え、エリス様が優秀だったんですよ!!本来ならそれなりの日数が必要になるのですから!!」

「えぇ〜、そーかなあ」



 そういうと、エリスは恥ずかしそうに枕に顔を埋める。



「まあ確かに?最初は勇気いるけどさぁ。慣れれば簡単じゃない?」

「そ、そうですかね!わたしもまだその域には達しておりませんので!!」



 それを聴くと再び足をバタバタさせる。エトラが青い顔をしていることには気づいていないようだ。



 エリスはもちろん現在の魔族においては年長者に当たる年齢であり、下の者を引っ張って行く存在である。



 その親は先代の四天王であり、強力な魔法を使うサキュバスであった。もちろんアッチの方も凄かった。



 しかし、エリスを産むとその凄さは鳴りを潜め、いつの間にやら馬鹿親になっていたという。



 彼女に近づく男を軒並み排除し、一切その手の情報に触れさせず、遂にはサキュバスの特徴すらも封じ込めた結果…



()()()くらいそんな難しくないのにぃ」



 超箱入りサキュバスが出来上がっていた。



 もちろん、街中に出る際人間の男に話しかけられることがないわけがないが、死ぬ間際、先代は彼女にかけた呪いによって彼らは一生行為ができない体へと変えられてしまう。



 言わずもがな、その呪いのことをエリスは一切気づいていないが。




 そんな彼らを間近で見ていたエトラは不憫に思わずにいられなかったが、



「やっぱり、みんなまだまだお子ちゃまだなあ〜」



 ンフフと彼女を慕う下級魔族たちを思い出し、愛おしそうな目をしている彼女を前に、思わず笑みをこぼしてしまうのだった。









 外出用の動きやすい服へと着替えたエリスは机の上に地図を広げ、転生者が向かったと思われる場所、すなわち妖精の森への道筋を確認していた。



「それじゃあ、スライム5匹とゴーレム1体を借りていけるのね」

「はい、妖精の森は一応妖精王の自治区となっておりますので、あまり刺激を与えないようにするのが無難かと思われます」

「ようせいおう……」



 その言葉にエリスは顔をしかめる。



 無理もない、エリスの母親と先代の妖精王は犬猿の仲と呼ばれていたのだ。



 現在はその娘が後を引き継ぎ、一人で妖精の森を収めているようだが、果たしてその感情まで引き継がれていたりするのだろうか?



 四天王として偵察に行く以上挨拶は必須だろう。しかし、護衛が護衛だけに少し心もとない気もする…



「私の手下のウルフナイトもつけましょう」

「え?いいの?」



 確か彼もエトラと同じ教育の仕事に就いていたはずだが、先日高学年の授業が終え、より良い授業内容について案はないかとボヤいていたはずだ。好戦的なウルフナイトは高い知性も備えており、満月の日でなければ非常に有能なのだ。



「はい、確か授業がひと段落つき、次のカリキュラムをゆっくり考えているらしいので」

「そう、なら手伝ってもらおうかしら。彼が魔王様の偵察を任されたということにして、私は高みの見物をしていればいいのね?」

「おそらく、お嬢様がお力を行使するまでもないと思いますので…」



 記憶が確かなら、あの狼男は存外扱いやすい存在だったはずだ。そしてもちろんお嬢様のあ()()()()も知っている。



「まあ確かに、わざわざ私が直々に何かする必要もないもんねぇ…うん、わかったわ。出発は明日の朝、日の出にしましょうかしら?」

「はい、それでしたら明日の夕刻には到着しているでしょう」



 



 細々としたことと必要な荷物をまとめると、エトラは主人の睡眠の邪魔をしないようにそそくさと部屋を後にする。



 かつては夜中だろうと屈強な騎士たちが警備していた廊下も、魔王軍に乗っ取られて以来物音ひとつ聞こえなくなってしまった。もっとも、現在城を管理している魔王軍にも数年前の感染症によって夜間の警備まで人員をさけないのだが。



 ふと、窓の外に目を向ける。



 不気味なほど大きく、明るい月が夜空にふんぞり返っている。たしか狼人間や月兎などの月の光によってMPを回復する種族の教育が追い付かず、それによって月の光が保持したエネルギーを消費しきれず土壌に蓄積され、土壌に予期せぬ影響を及ぼしているらしい。



 頭を抱えた魔王様のうなり声が聴こえない日はなく、それぞれが自分の役目を果たすのに精いっぱいなのが現状なのだ。



 もしこの状況に勇者、あるいは人間の国が攻めて来ようものなら魔王様やこの国はもちろん、自分やエリス様も一溜まりもないだろう。




 偵察だから大丈夫だと思うけど…




 エトラはそんな嫌な考えを振り払うかのように月から目を逸らし、廊下を足早に去っていった。

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