森の番人
いつもに比べて森は騒がしい。
未だ成熟しきっていていない魔物達は身を寄せ合い、森に侵入してきた山下を遠巻きに見守る。
顔はシワシワで、髪の毛は白く、心もとない。時折止まったかと思うと膝をさする動作は、彼らが見てきた人間のものとは全然違う。
「あれはなにしてるの?」
「弱ってるんじゃないかしら」
「馬鹿油断させてるんだよ」
「あれで魔力を貯めてるんじゃない?」
「頭あれで守れないでしょ」
「光合成してるのかも」
様々な憶測が飛び交うが、山下には届かない。
「病院にいかんとなぁ」
とトボトボ歩く。
その先には森の中心があった。
山下の足が止まる。
同時に魔物達のこしょこしょ話もピタッと止まった。
見ると山下の前に妖精の森で最も力が強く、戦闘ができる数少ない存在、ルイが立ちふさがっていた。
そしてもちろん、皆彼が老人に対して非常に甘いことも知っていた。
「ご、御老人。どこからいらっしゃったのか」
「お、お、おぉ…」
山下は自分より一回りも二回りも大きいルイに驚き、思わず後ろに二、三歩引いてしまう。
しかし、
「「「ルイ!危ない!!」」」
「ッ!!スキル!?」
山下を淡い緑色の光が包む。
咄嗟に回避しようとしたルイだったが気づくのが遅く、光に掠ってしまった。
距離を取り、自分の身体の異常を確認する。が特になにも変化はなかった。
これは、自らにバフをかけたのか。
山下を見る、すると
「キミキミ、ここはどこかな」
先ほどとは打って変わって、親しみやすい笑顔をルイに向けてくる。
「こ、ここは妖精の森という場所でございます」
「ほぉ、聞いたことないのぉ」
そういうと楽しそうに周囲を見回す。
まるで行楽地にでも訪れたかのように先ほどの恐怖や緊張がなくなっている、いや、忘れていると言ったほうが正しいだろうか。
どうしたものかと困惑していると、山下は再びルイに向き直る。
「この近くで電話ボックスはないかな?」
「で、でんわぼっくす…?」
聞き慣れない言葉に思わず首を傾げてしまう。
もちろん、この世界にはないものだ。
「としこさんに連絡したいんじゃ、迎えにきてもらわんと」
「は、はぁ。外と連絡取るんだったら、おそらく森の中心部に行けばなんとかなるかと…」
「おぉ、そうかそうか。して、その中心部というのはどこなんじゃ?」
「ああ、足元危ないんでご案内しますよ」
「おお、ご親切にありがとう」
そういうと山下は暖かい笑顔をルイに見せる。
その笑顔は幼い時にリッツの祖父 リーが向けたものによく似ており、思わず昔の記憶が蘇ってくる。
リーが教えてくれたこと。
それは年長者を敬い、大切に扱うこと。それと男は女を必ず守ること。
ヨボヨボの手が幼いルイの頭を撫でる。
年の割には強く、そう簡単にルイに勝たせなかったリーはルイが一つできることが増えるだけで自分のことのように喜んでくれた。
しかし、その手が離れたかと思うと、リッツの親、村長、そして村の大人たちと共にドンドン離れていく。
「待って!!」
声は響けど、虚しく。
一人、また一人と見えなくなっていく。
もう誰も見えなくなると、リッツの声が聞こえた。
「絶対!絶対………」
そうだ、もう敬うべき相手がいないなら、せめて、せめてもう一つだけは守らないと…
「ーい」
「ーーい」
「おーーーい!」
ハッとすると目の前には山下の顔が迫っていた。
ほんの数秒の間、ぼーっとしてしまったようだ。
「病院、いくか?」
「え?あ、いえ大丈夫です」
行きましょうと声をかけると、ルイの後を山下は付いてく。
道中、山下とルイは自己紹介をした。
山下は自分の名前を思い出すのに随分時間をかけたが、あれこれ話しているうちに思い出せたようだ。
あの木でよく体術の練習をしたっけ…
いろいろなことを思い出したことで、見慣れた景色も色鮮やかに感じ、その話を山下にも話す。
リッツと今度思い出話でもしようかなあ
と、休みの予定を考えているルイは数時間前にしたリッツとの会話をすっかり忘れてしまったようだった。
「で?これは一体どういうわけ?」
「す、すいません」
リッツの前で正座したルイは、いつもの半分くらいの大きさに見える。
森の中心部まで侵入者を連れてきたルイはリッツにしこたま怒られていた。
妖精王なのに後ろには炎が見える。
「あれどうすんのよ?」
「あ、あれって言い方はちょっと…はい、すいません」
リッツの眼力に気圧されたルイは逆らうのをやめた。
執務室にはルイ、リッツ、山下がいた。
物珍しげに辺りを見渡す老人は、たしかに明らかに無害そうであり、実際ここまでは何もしてこなかったらしい。
はぁ、とリッツはため息をつく。
「とりあえず、もうすぐ日が沈むから一晩だけ村にいてもらうわ」
「!!あ、ありがとうございます!」
そりゃそうだ、そこまで私も鬼畜じゃない
たとえ平和な妖精の森といえど、夜になったら安全の保証はできない。
こちらで管理しきれない、知能の低い魔物は夜になると活性化しだす。
たとえ成体が減り、幾分かマシになったところで危険には変わりない。
もちろん、そんなところで装備も持たない人間が一晩も耐えられるわけがない。
すると、一つの疑問が浮かび上がる。
「ねえねえ」
「あ、はい」
「たしかに言ってたの?」
「な、何がでしょう」
「年齢よ、年齢。80歳を超える人間なんて見たことないし…」
言葉は尻すぼみになる。
6年前の伝染病によって亡くなった生き物は例外なく当時25歳を超えてたものだ。
もちろん、それは人間も例外ではないと聞いている。
「はい、たしかに83歳と…」
「…まあ物事に例外は付き物だしね」
すると、リッツは山下へと近づき、口を開こうとする。
が
「おお、としこさん。よくここまで来れたの」
口元がヒクヒクと引きつり、作り物の笑顔が壊れかける。
「山下さん?私はリッツと申します」
「ほぉ、これはこれはすまんかった。よく似ていたものですからなぁ」
「いえいえ、間違いは誰にもあるものですからね。流石に12回間違えるのは驚きですが」
「最近物忘れがひどくてのぉ」
「ええ、気をつけてくださいね?」
「そうだな、ところでリツコさん」
「リッツです。その間違え方は24回目ですよ?」
「そうか、そうか………」
「木彫りの像に私の名前を呼びかけることはできませんよ、ありませんので」
「………」
すると山下の周囲に淡い緑色の光が再び現れ、消える。
ボーッとした山下はリッツを見てハッとする。
「としこさん!!」
「リッツだっつってんだろ!!!」
飛びかかろうとするリッツをルイが懸命に押さえつけるが、その力は凄まじく、妖精王の執務室がいつにも増して大きく揺れていた。