妖精の森
「王女様〜!!大変です!!」
前方から聞こえる呼び声にリッツはため息をつく。
顔を上げるとこちらに息を切らしながらオークが走って来ていた。
完全に前が見えてないわね…
またも大きなため息をつくと、予想できる衝撃に備える。
「森に侵入者が!!!」
言い終わると同時にオークは見えない壁に阻まれ、ズルズルと崩れ落ちる。
部屋を揺らす衝撃がその強さを物語っていた。
リッツは書類の山が崩れないように鋳物を乗せ、ペンを置くと、未だ着慣れない服を整え、長い裾を踏まないようにオークへと近づく。
「あなたたちの仕事はその侵入者を止めることじゃないの?ルイ」
「は、はあ。おっしゃる通りなんですが…」
ルイと呼ばれたオークは鼻の頭を抑えながら立ち上がる。
身体中が黒い毛で覆われ、優れた肉体を持つオークの中でもルイは殊更優れており、この森のものではまず敵わないだろう。
「なに?なにか問題でもあるの?」
「そ、それが…人間の年寄りでして…」
言葉に詰まってしまう。
ルイは基本的にお爺ちゃん子だったのだ。
幼い頃に両親が病で倒れ、リッツとともに育てられたが、彼の心に寄り添えたのはリッツの祖父だけだった。
祖父の教えは古くからある考え方に基づく、年長者を敬い、男は女を守るというものだった。
見事にそれに染まった彼にとって老人に攻撃することは自己否定に等しいものなのだろう。
「…ほかの者は?」
「戦闘経験が少なく、近づきたくないとのことで…」
「なら魔法部隊を突撃させなさい!」
「そ!そんな殺生な!!」
「ならどうすんのよ…」
図体の割に小心者の幼馴染が今度は言葉を詰まらせる。
「い、一応話を聞いてからというのは…」
「…そんなこと、森の規則には書かれてないわ」
「で、ですがそれが制定されたのはもう何年も前ですよ?」
「わかってるけど…」
確かに森の規則はもう随分も前に作られたものであるので当時では考えられなかったことが多くあるのは事実だ。
本来それらは時代に合わせて森の代表達で話し合い、変更させていくはずなのだが…
「しょうがない、取り敢えずあなたが話を聞いて来てちょうだい。中心地区に入らなければ規則の範囲外って事で押し通せるでしょう」
「!!ありがとうございます!!妖精王様」
そういうと、ルイは元来た道を走り去っていく。
それを見届けると、リッツはまたため息をついて自分の席へと戻る。
机の上には森中から集まる書類の山と簡易的なペン、そして写真立てが一つ。
そこには幼いリッツとルイ、その背後にリッツによく似た女性が写っていた。
「妖精王なんて言われて…嬉しいと思うのかしら…」
写真の表面を指で撫でながら、リッツは呟く。
「外で守っているよりもそばで見守っていてくれる方がよっぽど心強いんだからね…バーカ」
胸のあたりのこそばゆい痛みを感じながら、リッツは再び仕事に取りかった。
* * *
山下が転送された直後、ゴーカは一人で大きくため息をつく。
「こうしてはいれん!すぐに山下さんと連絡を…」
異世界転生では不測の事態に備え、すぐにでも転生者と連絡が取れるように各世界に監視カメラのようなものが配備されている。
が
「あれ?ない…!なんで!」
目の前のスクリーンにはなにも映し出されず、その機械が作動してないことを告げるだけだった。
「確か転送されのはミルファスだったっけ…」
別の画面を操作して、ミルファスの情報を探す。
しかし、手元に残された資料はどれも数百年以上も前のものであり、現在の情報が記載されたものは一つもない。
本来転生先の安全をある程度確保するために異世界の情報は些細漏らさず記録、保管しておくのが決まりだ。
それを元に転送先を決定していくのが本来の手順であるが、いくら探しても最新と呼べる情報出てこない。
データベースをほじくり返し、得られた情報はずっと昔に一人転送されたということのみだった。もちろんそれではなんの役には立たない。
「どうしよう…いやでもステータスは最高まで上げたから、簡単には死なないはず…でもなんでこんなに少ないんだ…?」
混乱していく頭を抱え、ゴーカはヘニャヘニャとその場で倒れてしまう。
しばらくの沈黙の後、ゴーカは決意を固める。
「よし、有給取ろう。きっと疲れてるんだ。」
すると踵を返しドアへと向かっていく。その表情は先ほどまでと打って変わって晴れやかなものだった。
いや、そもそもそうだよな!俺何連勤かってくらい働いてるし!ぜんっぜん家に帰れてないからそろそろ休んだって許されるよな!!
頭のなかで有給を取る論理を構築すると、ゴーカはどのくらい休めるか、予算はいくらあるか、家族の休みはいつかを瞬時に計算する。
こういう時の頭の回転の速さは天使の中でも群を抜いており、休暇はゴーカと呼ばれる所以だった。
家族でどこか行こうかなぁ、最近あいつに感謝してないからなあ、あ、そうだメイに将棋を教えてあげよう。きっとハマるだろうなあ
アハハ、ウフフと頭のなかで休日の予定を半分ほど決まると、
ドアに手をかける前に開いた。
目の前には肌色の壁、いや、筋肉があった。
見上げると筋骨隆々の男が恐ろしい顔でこちらを見下ろしている。
「ちょうどよかったゴーカよ、先ほどの転送について話があるのだが、時間はあるな?」
これは休みは無理そうだなぁ
先ほど積み上げた無理矢理な理論はものの数秒も持たずに崩壊し、
「…はい」
引きつった笑みを浮かべながら上司 パースの言葉にそう答えるしかなかった。