97:王都騒乱の真相
ヴァレンティア王国、王城の一室。
王都に迫るスタンピードの念話を何気ない言葉で対応したビーツ。
そしてその様子に困惑したヴェーネス。
それから再開したダンジョン改造談義でもヴェーネスは引きずったままだった。
一万を越える魔物の群れ。本当に王都は大丈夫なのだろうか。
別に自分が痛むわけではないのだが、こうしてビーツを迎えた今、彼の故郷の危機に憂鬱にもなる。だからと言って何か出来るわけでもないのだが……。
そして一時間ほど経って再度入った念話により、今度はビーツが慌てる事になる。
「えっ!?本当!?あちゃぁ……参ったなぁ。……うん、了解。僕も念話してみる。うん、じゃあまた後でね」
そうビーツは溜息をつき、すぐに別の念話を繋げた。
「……ああ僕だけど、今どこ?……えっ、もうやっちゃった!?あー……うん、じゃあすぐに戻って。ジョロが待ってるから。……うん、お疲れさま、はい」
「ど、どうしたのですかビーツ殿。やはり戦況が思わしく……」
「あーいえ、そうじゃなくてですね……オオタケマルが外に出ちゃったみたいで……」
「ええっ!?」
ダンジョンボスであるオオタケマルを秘匿しているというのはヴェーネスも聞いている。だからこそ『七不思議』として噂されているし、ボスの詳細をバラすというのはダンジョンマスターにあるまじき暴挙だと理解できるからだ。
それが地上に出ただけでなく、ダンジョンの外に出たとなれば……。
頭を抱えるビーツの苦悩にヴェーネスは同情した。
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ことの始まりはジョロたちが避難民を誘導していた頃にさかのぼる。
管理層の通路を大きな爬虫類の尻尾を左右に振り、ペタペタと裸足で歩くオオタケマルの姿があった。
「ふぁ~~~」と欠伸をしつつ目をこする。
「あっ、オオタケマルさん!おはようございます!」
「おっ、えっと、あの時の……」
「マールですっ!あの時はありがとうございました!あれから管理層で働かせてもらってますっ!」
「おーそうなのかー。おはよーなのだ」
マールがビーツに保護された時、オオタケマルとは顔を合わせていた。
そしてマールがここで働く意思を見せた時にはすでにオオタケマルはお休みモード。以来、初の起床であり、ちゃんとした挨拶も初めてである。
「ビーツはー?」
「えっと、ご主人様は獣王国の【奈落の祭壇】ってダンジョンに出張中なんです」
「おー珍しいのだ。じゃあホーキは?」
「それが、今王都に魔物の群れが襲って来てるらしいんです。ホーキさんもジョロさんも避難場所を造ってそこに避難民を誘導するって、地上の庭園に居るんです。ご主人様が居ない時に何でこんな事に……」
「お?魔物の群れ……そっかー、じゃあ行ってみるのだ」
「あ、オオタケマルさんもお手伝いされるんですか!頑張って下さいっ!」
「おー」
手を軽くあげて、ペタペタと転移魔法陣の方へと歩くオオタケマルをマールは見送った。
これが一つ目の問題点。
マールはオオタケマルが秘匿された存在だと知らなかった。
てっきりジョロの避難誘導を手伝うと思い応援してしまった。
滅多に会わないオオタケマルの事を詳しく説明しなかったビーツとホーキのミスである。
二つ目の問題点はビーツである。
オオタケマルには地上への転移魔法陣の使用も禁止していたがそれはあくまで口頭であり、緊急時も見越して魔法陣の禁止設定にはしていなかった。
そして今まさに緊急事態だと判断したオオタケマルは勝手に転移魔法陣を使用してしまった。
また、三つ目の問題点として、ジョロがホーキをも避難誘導に駆り出した事が上げられる。
ホーキが従来通り管理層の業務に就いていればオオタケマルの存在に気付けた。そしてそこで止められたはずだ。
何はともあれ地上部へと転移したオオタケマル。
屋敷の二階からホールを見渡せば冒険者もギルド職員も大騒ぎで走り回っている。
「おー」と眠そうな半目のままその混乱っぷりを把握したオオタケマルは、二階の通路からふわっと身体を浮かせ、そのまま冒険者たちの頭上を越え、屋敷の扉を抜けた。
ドラゴンの飛行能力は翼を羽ばたかせて飛んでいるわけではなく、魔力で飛んでいるのだ。竜人化したオオタケマルも翼がなくとも飛行は出来る。
ここで四つ目の問題点。
この時、大階段の踊り場で警備の任に就いていたのはフェンリルのカジガカである。
彼は転移魔法陣からオオタケマルが現れた時点でその鼻で存在に気付いた。
「うそぉ!」と思った。
そして実際にオオタケマルの姿を見て「うそぉ!」と思い、そのまま飛び立つ姿を見て「うそぉ!」と思った。
要は呆気にとられ、何も思考が働かず見送ってしまったのだ。
慌ててジョロに念話を繋ぎ「おおおオオタケマルさんが!オオタケマルさんが!」と伝えたものの「落ち着きなさい、何を言ってるか分からないわ」と一蹴される始末である。
呆気にとられたのはカジガカだけではない。
ギルド職員や冒険者たちも同様である。皆、時が止まったかのように唖然とする。
角とゴツゴツとした尻尾の生えた少女がヒューと飛んでいるのだ。ゴーストか何かかと己の目を疑う。
そんな人々を意に返さずオオタケマルは屋敷の外へ出て空から辺りを伺う。
庭園の方ではジョロ、ホーキ、モクレンが避難誘導をしていた。
この時、カジガカから念話の入ったジョロがオオタケマルの存在に気付く。
「え……」
ジョロはカジガカと同じように思考が止まってしまった。
【百鬼夜行】の敏腕秘書として常に冷静で頭の回転の早いジョロ。神算鬼謀とも言える頭脳には幾通りもの未来図が常に描かれており、何事も迅速に対応できる能力を持つ。
しかしあまりに予想外の事態には取り乱すタイプであった。
計算高いが故に計算外の事に弱い。これが五つ目の問題点。
オオタケマルはジョロたちに声を掛けようかと思っていたが「みんな忙しそうだなー」と、邪魔をするのも躊躇われたので″魔物を殲滅するお手伝い″に出掛けようと、浮いたまま柵門をくぐる。
まずいまずいとパニック状態になったジョロは慌てた。
ホーキとモクレンも何やらジョロの様子がおかしいと気付き、問い質した結果、オオタケマルが外に出た事を知る。
何とかジョロを諫め、ビーツへと念話報告をさせる。ホーキたち自身が伝えてもいいのだが、現在のダンジョン全権はジョロにある。報告はジョロがすべきだと判断した。
そしてどうにかビーツへと伝えた所で、ジョロはぐったりと膝を付いた。
ふわふわと大通りへと出たオオタケマルは上空へ昇ると、その身を本来の姿に戻した。
翼を広げ尾も含めた全長は百メートルを越える。
ユーヴェのウィンドドラゴンなど話しによく聞くドラゴンの姿よりかなり大きい。
そんな巨体が突如王都の中心部、その上空に現れたのだ。
大通りを急ぐ避難民も、誘導する騎士団も皆空を見上げ、開いた口が塞がらない。
そして南へと飛び立つそれを見送った後に大騒ぎとなった。
「ドドドドラゴンだあああ!!!」
「うわあああ!!!」
「逃げろおおお!!!」
必然、【百鬼夜行】へと逃げ込む都民が倍増する。
その整理でまた衛兵とジョロたちが忙殺される事となる。
オオタケマルの変身から飛び立つまでを見続けたのは隠密モードで王都上空に待機していたフェリクスとデイドだった。
デイドの鼻で逸早く気付いたものの、何も出来なかった。
「うわぁ……オオタケマルか……ありゃ無理だな」
「がう」
フェリクスはビーツと従魔との交友もかなりある方だが、それでもオオタケマルと会った事はない。
秘匿されているのは知っていても、近づいて「外に出ちゃまずいよ」と声を掛けるわけにもいかない。なんせ向こうはこちらを知らないのだから。
何かがまかり間違って攻撃でもされようものならば即殺される自信がある。
危うきには近寄らず。フェリクスは素直に見送った。これを【怠惰】とは言わない。
即座に魔物の群れを見つけたオオタケマルは「おーあれかー」とその群れの異様さやアレクたちの存在も意に掛けず、深呼吸でもするようにブレスを放つ。
―――ゴオオオオオ!!!
光り輝く極光線が魔物の群れを塗りつぶしていく。
それでも広範囲に列をなす群れを全て消し去る事など出来ない。
……だからとりあえず三回撃ってみた。
群れの大部分を消し去った事にうんうんと若干の満足を覚える。
そこでビーツからの念話が入った。
「ん?ビーツ?」
『ああ僕だけど、今どこ?』
「んー、今魔物の群れを焼いたとこ」
『えっ、もうやっちゃった!?あー……うん、じゃあすぐに戻って。ジョロが待ってるから』
「おー、分かったのだ。んじゃ戻るのだ」
『……うん、お疲れさま』
ビーツ不在にあって王都に迫った魔物の群れ。
それを退治した事で褒められるだろう。
いつもは眠そうな目をしたオオタケマルもこの時ばかりは「ふふん」とドヤ顔であった。
そのまま素早く【百鬼夜行】上空へと戻ったオオタケマルは竜人化しふわふわと下りて来る。
……待ち構えていたジョロに即座に糸でぐるぐる巻きにされ、それを抱えたジョロは屋敷へ、そして管理層へとダッシュした。
【混沌の饗宴】戦以上の移動速度であったという。
その後、あまり理解していないオオタケマルに対して懇々と説教したのは言うまでもない。
「……なんで怒ってるのだ?」
とりあえず満足したオオタケマルは食堂でオロシのご飯を食べて、久々の運動に心地よく寝た。
つまり王都騒乱とはスタンピードではなくドラゴン騒動だったんだよ!
な、なんだってー!




