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95:とある女王の博愛



 ダンジョン【百鬼夜行】へと避難する都民の数は増え続けている。

 絶対防護を求めて近場の避難所ではなく【百鬼夜行】へと来る者も居る。王城へ避難するはずの貴族も例外ではない。

 衛兵やジョロたちはとりあえず人波を捌こうと庭園に造った避難部屋へと誘導するのに忙しい。


 避難部屋へと入った人々は、ダンジョン壁で造られた広々とした空間にまず唖然とする。

 屋敷の壁にある扉をくぐったのに、扉の先は屋敷の中ではなく『石の広間』なのだ。

 そうして立ち止まり、躊躇し、後ろから来る人波に押されるというのを繰り返していた。

 当然のように避難民同士で一悶着が発生する。



「おいっ!早く入れよ!」

「後ろがつかえてるんだ!」

「そんな大荷物持って来て邪魔なんだよ!」

「なんだと!?」

「いいからさっさと奥へ行け!」

「うるさい!黙れ!」



 年に一度の避難訓練に参加した者ならば、この避難部屋も知っているし入口から離れ奥へと移動するのが常識だ。

 しかし訓練に参加しない人の方が圧倒的に多い。訓練自体は任意の為、別に参加しなくても大丈夫だろう安全な王都なんだし、と甘く見ていた者たちだ。

 そしていざ本当の緊急事態に陥った現在、パニックになり急いで大荷物を抱え逃げ込むという人が多いのだ。


 すでに数千人の避難民が詰めかける【百鬼夜行】。これからさらに増えるだろうと思われる。

 マナーを知らない者、自分勝手な者、それに怒る者。

 どれもが王都への大規模スタンピードという前代未聞の事態に怯え、不安に思う気持ちから来るものだ。


 いったい王都はどうなってしまうのか。

 魔物の群れを撃退できるのか。

 現在の状況は?何か情報はないのか。

 騒がしい避難部屋で、皆一様にそんな思いを抱いていた。


 ――そんな中、不安を振り払うべく二人の女性が前に立つ。



「静まりなさい、王都の民よ」



 それはとても透き通ったよく響く声だった。

 言い争っていた人も、不安に嘆いていた人も、ふいに言葉を無くし避難部屋の正面を見る。

 一体いつの間に設置されたのか、部屋の奥には一段高く演説台があり、壇上には女性の姿。


 豪奢なドレスを身にまとい、深い海を思わせる髪と頭にはティアラが輝く。

 美しい顔つきは民を諭す厳しさを持ちながら、包容力の詰まった優しさが見て取れる。

 いかにも高貴なその女性。それは女王か、はたまた皇后か。見る者はその佇まいに息を飲む。

 しかし足元からは八本の足がうじゅるじゅると動いていた。見る者はその異様に息を飲む。


 その右後方に近衛騎士のように立つ女性。

 スケイルアーマーに身を包み、ヘルムから覗くその顔は凛としてクールな印象を与える。

 手にはトライデント。自身の前に立つ女王を守りながらも民を睨みつけるような鋭い眼差しは、相手に恐怖を与えるでもなく、ただ美しい刃のように見とれさせるものだった。

 しかし下半身はピッチピチと魚である。見る者は立つのが大変そうだなぁと息を飲む。


 【百鬼夜行】海の女王、スキュラクイーンのコロモと、その右腕、マーメイドヴァルキリーのイソメ。


 地上部ではまずお目に掛かれない従魔の登場に避難民たちは静まり返る。

 そんな中、コロモはよく通る声で語り掛けた。



「王都の民よ。この危機的状況の中、我が王を慕いここまで逃れた其方等を妾は歓迎する。無下にはせぬ、安心するが良い。我が王が屋代、ダンジョン【百鬼夜行】を頼る民は我が子も同じ。妾は我が子を(すべか)らく守ろう」



 避難民たちは時が止まったかのようにポカンとしていた。

 何やら女王様が登場したと思ったら、″我が子″認定されてしまった。何が何やら分からない。

 後ろで立つイソメは「なんと慈悲深い……」と涙を流している。何が何やら分からない。

 そんな事よりうじゅるじゅると動く蛸足とピッチピチと動く尾びれに目が釘付けだ。



「我が子らの不安も分かる。妾の元へと入った情報によれば魔物の群れはすでに目と鼻の先。それもゴブリン・コボルト・オーク・オーガなど種族は多岐に渡り、その総数は一万五千ほどとなるそうだ」



 それは避難民の誰もが欲していた情報であった。

 しかし一万五千という桁外れの数には絶望するしかない。

 もう終わりだと嘆く者、泣き出す者、よりパニックになる者、避難部屋は一転して大騒ぎとなった。


 ――ガンッ!


 トライデントの石突を演説台に叩きつけ、イソメが「静まれい!」と一喝する。

 すぐに騒ぎは小さくなるが、頭を抱える者、泣き続ける者は絶たない。



「我が子らよ。妾は″安心せよ″と言ったはずだ。王都の南を守る冒険者たちの最前線には我が王の下僕、アレク・クローディア・デュークの三名がすでに揃っている」



 その言葉に避難民たちの顔色が途端に良くなった。

 英雄パーティーの三人、アダマンタイト級の三人が揃っている。英雄譚が出回っている今、もっとも有名で王都民からすればもっとも身近な英雄だ。

 ビーツが居ないものの、デュークも合流したとの知らせに笑顔を見せ始めた。

 メイン盾来た!これで勝つる!と。


 ……しかし下僕扱いされた三人は異議申し立てをしたいだろうが。



「それに陣を布く冒険者たちは我が王が屋代、ダンジョン【百鬼夜行】で戦ってきた者たちだ。我が王が育てたと言っても過言ではあるまい。つまり我が子だ。我が子らよ、我が子らを信じよ。我が子らならば必ず勝つと信じよ、我が子らよ」



 もう″我が子″がゲシュタルト崩壊してきた避難民たちであったが、コロモの演説は女王の威厳も相まって突き刺さるように心を軽くした。

 不安が全て解消されたわけではない。絶望が見えなくなったわけではない。

 しかしコロモの言うように戦う者を信じる事をすべきだろうと。彼らは顔を上げた。


 ちなみに避難部屋をコロモとイソメに任せたのはジョロの手腕である。

 混乱しているであろう避難民を落ち着かせるには求心力が必要であると考えたが、都民にとって一番の求心力であろう【三大妖】は居ない。タマモでも居れば任せただろうが。

 ジョロ自身は全体の指揮に忙しい。マモリやヌラでは求心力という部分では不足。

 という事で普段は表に出ないコロモに任せたのだ。

 「王不在の今、妾が出るしかあるまい」と張り切っていたコロモは上機嫌であった。



「と、とりあえず前に詰めようぜ!」

「お、おう!そうだな!」

「さっきは怒鳴って悪かったな、荷物持つぜ」

「いやこっちこそ悪かった、すまん」

「どんどん避難民が入ってくるぞ!入口開けようぜ!」



 少し前向きになった避難部屋は、怒鳴り声もなくなり、ただただ忙しなく騒がしい空間となった。

 まだ避難していない都民も居る。

 これからもさらに増えるだろう。未だ戦い始めてもいないのだから。





■百鬼夜行従魔辞典

■従魔No.95 イソメ

 種族:マーメイドヴァルキリー

 所属:鬼軍

 名前の元ネタ:磯女いそおんな

 備考:コロモに仕える近衛騎士。

    その忠誠心はビーツに対するシュテンと同じ。

    ビーツに対しても忠誠心はあるが、コロモを女王とし、ビーツをその隣に座るべき王だと見ている。

    ちなみにビーツとコロモは夫婦でもなんでもない。ただの召喚士と従魔の関係であり、コロモが王と呼び女王を自称しているだけである。



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