91:ビーツ、緊急連絡を受ける
「――それとどのエリアにも言えますけど亜人系の″沸き立つ穴″の位置が近すぎます。亜人系は同種族同士で群れを作るのはご存じでしょうけど、近すぎると縄張り争いが発生します。確かにダンジョンモンスターは食欲がないわけですから魔物同士で襲って食べるって事はないですけど、縄張り争いで襲う事はあります。まぁ陛下の場合お一人で監視していたわけですから自然と探索者ばかり見るでしょうし魔物の事なんて見ないと思いますけど」
「はい……」
「例えば七階層の森ですけどゴブリンの″穴″とコボルトの″穴″、ウルフの″穴″がかなり近くにありました。これだと絶対に魔物同士で数を減らしているはずです。それって無駄な魔力消費ですよね?そういう場合、距離を離して間に虫系の″穴″か野生動物の″穴″を挟むべきです。一六階のハイコボルトとリザードマンとかも同じです」
「はい……」
「それと平原フロアでラビット系やウルフ系が出て来ましたけど、魔物が隠れる所が無さ過ぎます。短い草ばかりの平原に″穴″を作っても出て来た魔物が戸惑います。近くの林や森に逃げ込むでしょう。そこでまた縄張り争いとして別の魔物に狩られてしまいます。もう少し背の高い草むらを用意するか、岩場とかを用意するか。僕のおすすめは麦やレッドコーンなどの畑を作ることです。魔物が隠れて住処にしやすいですし、皆さんの食材としても流用できます」
「はい……グスン」
「それと――」
「ビ、ビーツ殿!お待ちくださいっ!その辺でどうかっ!」
切っ掛けは「そういえば魔物の配置がどうとか仰っていましたが」とヴェーネスがビーツに聞いた事だった。
メジャーな魔物を適当に配置しただけの【奈落の祭壇】に自他共に認める魔物マニアのビーツとしては思うところがあったのだ。
……それを話し始めたら止まらなくなった。魔物談義が延々続くのは師匠であるシュタインズも同じである。
ここにユーヴェやクローディアが居れば早い段階で「はいはい」とビーツを止めただろうが、ここには主の魔物談義をニコニコと聞くシュテンとタマモしか居ないのだ。「さすが主殿、魔物の事をよく存じている!」といった感じだ。
それを遮ったミラレースはもっと褒められて然るべきである。
「ミラレース……私はダンジョンマスター失格です……グスン」
「「「ヴェーネス様―っ!」」」
四百年も女王として君臨し続ける始祖吸血鬼。幹部の吸血鬼から忠言はあったとしても怒られる事などあるわけがない。
ヴェーネスは異常に打たれ弱かった。
いや、別にビーツは怒ったわけではない。
しかし矢継ぎ早に忠告めいた物を言われれば、それは説教と同じである。
「しまった!喋りすぎた!えっ!?陛下泣いてる!?」と正気に戻ったビーツと、幹部たちによる全力の慰めの結果、ヴェーネスは何とか元通りになったと言う。地味にダンジョン存続の危機であった。
♦
機嫌を良くさせる為の策として、お土産の最後の一つとして持ち込んだパソコンを設置した。
ヴェーネスが夢に見た『数字』でのダンジョン管理である。
「えっと、それでどのデータを取ります?僕としては入場者数か宝箱の入手確率がおすすめですけど」
「……入場者はまだ少ないですし数えるのは容易です。それに魔物も入る事を考えれば誤差が出るかもしれません。やはり宝箱でしょうか。それが落ち着いたらトラップの稼働確率も知りたいです」
「宝箱よりトラップの方が数がありますからね。魔力線もその分必要ですし。じゃあまずは低層の宝箱からやってみましょうか」
「はい、お願いします」
それからビーツはヴェーネスに指示し、階層内部に魔力線を這わせ、各宝箱に接続する。階層毎に束ねた魔力線を今度は管理層へ、そしてパソコンへと接続する。
とりあえず低層のみとは言え、魔力線をダンジョン全体に這わせるのは時間も掛かるし魔力も消費する。じりじりと身を焦がすような作業だ。ただ今なら【三大妖】が常駐しているおかげで魔力は大幅な黒字であり、ヴェーネスの精神的負担はそれほどでもない。
そしてパソコンの操作を習う。
と言ってもパソコンでする事は集まったデータの閲覧と自分の好みにまとめる作業なので覚える事はそれほどでもない。
今後様々なデータを管理する事になれば話しは変わるであろうが。
ともかくこれにより、宝箱が開けられるペースやランダムアイテムの場合は、どのアイテムがどの程度の確率で出るかといったデータが集約される事になった。
「なるほど、これは分かりやすいですね」
「長いスパンでチェックしないといけないですけど、多分二階の五番の宝箱とかは開ける確率が相当低いと思います。正規ルートから完全に外れますし。であれば中身を豪華にするか、撤去するか、別の場所に置くか、それとも罠を仕掛けようかと考える余地があるわけです」
「素晴らしいですね」
こうしてヴェーネスと共に【奈落の祭壇】を改造する日を過ごす。
到底一日で終わるような物ではなく、話し合いながら試しながらの共同作業である。
「森の環境を自動で維持するならワーム系の″穴″を一つ造るといいですよ。一匹のワームを森に住まわせるだけで大分違います」
「なるほど、土壌からという事ですか。盲点でした」
「ワームでなくても普通のミミズの″穴″もおすすめです。百匹で1Pとかですし。というか【奈落の祭壇】は魔物以外の″穴″がかなり少ないですよね」
「そうですね。どうしても探索者撃退の為の魔物……という考えになってしまいます。魔物や環境を維持するための野生動物や虫の″沸き立つ穴″というのは正直考えにありませんでした」
ビーツの魔物知識は同じくモンスターマニアであるシュタインズの教えと自身の趣味もあって世界最高峰とも言える。自分でモンスター図鑑など販売しているのだから当然だ。
その知識はヴェーネスの四百年でも知らないものであった。
当然、魔物を配置する際に『どの魔物を選択するか』といった一覧が出るので、一般人よりは相当詳しい。しかし種類が多すぎる。
どうしても使う魔力によって探す魔物は偏ってくるし、そこで名前を知ったところでどういう生態かが分からなければ、おいそれと配置できない。平原に配置してみたら海の魔物でしたという事もあるのだから。必然、自分がよく知る魔物に限られる。
ヴェーネスとしては自分が知らない魔物知識を埋めるチャンスでもあった。
とは言え、二人によるダンジョン改造談義はビーツが一方的に教えるという事はない。
「ここの罠ってスイッチから遠くありませんか?所々にこんなのありましたけど」
「この距離だとパーティー全体を巻き込みやすいのです。例えば矢が出るタイプの罠ですと前衛ばかりが被害にあうパターンが多いですが、この距離ですと後衛にも被弾しやすいのです。もちろんそればかりだと探索者も罠の距離に慣れてしまうので、ここぞという場合にこういった配置にします」
「へぇ、罠の基本配置からわざとズラすんですね……」
トラップ配置の微妙な調整。どう配置するかでダメージ効率が変わる。
これはモクレンと相談した方が良さそうだとビーツは思った。
「九階の正規ルートって右端の壁沿いをずっとって感じですよね?せっかく広い階層なのに端を使うって何か意味があるんですか?」
「いろいろとありますが、まず初探索の人は端が正解だとは思いません。大抵真っすぐ進んで左右どちらかの斜めに入るといった動きをします」
「ですよね。僕でもそうします。端と真っすぐは考えづらいから、斜め右か斜め左だろうなーと」
「それとリピーターにしてもルートは森と岩壁に挟まれた細い道です。壁沿いを進んで左手の森から出る魔物と戦うわけですが、常に壁を背にした戦いになり逃げ場が限られます。それで必要以上に森に注意を払った結果、壁側の落石トラップに掛かります」
「うわぁ……」
ヴェーネスは四百年もの間、探索者を見続けて来た。
侵略者を排除する為。探索者から魔力を奪う為。国を発展させる為に。
彼らが何を考え、どう動くか。探索者心理を研究し尽くしているといっても過言ではない。
それは経験則によるデータとも言える。パソコンに表示される数字ではないヴェーネスの感覚としてのデータ。
当然ビーツにはないものだ。探索者を見る事自体を管制担当に任せているのだから。
ヴェーネスの持っているダンジョンマスターとしての知識。
それはビーツにとってどのお土産よりも有り難い物であった。
♦
そうして話し合いながらダンジョン改造する事五日。
いつものようにモニターを見ながら話していると、突然ビーツが独り言を話し始めた。
「……えっ、そうなの?……うん、うん、それで問題ないよ。うん、了解、また何かあったら教えてね」
従魔との念話か、と察したヴェーネスが問いかける。
「従魔の方からですか?」
「ええジョロからで、王都で魔物一万越えのスタンピードだそうです」
…………はぁっ!?




