89:ビーツのお土産爆弾・後編
「それと……ミラレースさんご所望の美容系ですけど……」
「来たっ!……コホン、すみません、取り乱しました」
「ミラレース、失礼ですよ?落ち着きなさい」
「…………申し訳ありません、ヴェーネス様」
誰もヴェーネス相手に「お前が落ち着けよ」とは言えない。
女王なのだ。始祖吸血鬼なのだ。ダンジョンマスターなのだ。
「アハハ……えっと、まずは基本の石鹸です。これ自体で身体や髪を洗う事も出来ます」
「地表で売られている石鹸とはだいぶ違いますね。固形ですし色や香りも」
「あれは動物や魔物の油と灰で作っていますけど、これは植物油と灰、それとハーブなども使っています。ダンジョン機能じゃなくても材料さえあれば作れると思います」
「なんと!」
「で、それを色々と発展させたのがシャンプー・リンス・ボディーソープです」
「これです!ヴェーネス様!」
「これが話しに聞いたものですか……」
「さすがに原材料が特殊すぎてダンジョン機能を使わないと造れないと思います。陛下が実際に試してみてイメージから造るのが良いかと。ある程度の材料と理屈はお教え出来ますし」
「おおっ!お願いします、ヴェーネス様っ!何卒″創造″をっ!」
「落ち着きなさいミラレース。貴女がこれほど取り乱すとは……」
「他にも一応、ドライヤーとか綿棒とか歯ブラシ、歯磨き粉も持ってきました。まぁ似たような魔道具とか日用品とかあるので参考程度ですけど」
【百鬼夜行】の管理層案内でミラレースが反応していたのが大浴場と従業員用の私室だったのでそこら辺の備品を持ってきた。
とは言えさすがにベッドのマットレスやウォッシュ付きトイレを持ってくるわけにはいかないので、これは説明するしかないだろう。
美容関係に合わせて、保湿美容液と乳液も渡す。
「これは僕がダンジョン機能で造ったものじゃなくて、うちのコダマが調合したやつなんですけど、単純にお土産です。ホーキやタマモが愛用してます」
「これは良いものでありんす」
「お風呂でシャンプーとか教わる時に一緒に教わって下さい。タマモとシュテンよろしくね」
「了解でありんす」「ハッ」
これは何だと訝しむヴェーネスとミラレースら女性陣を余所に、説明はタマモとシュテンに丸投げする。
おそらく夜にでもお風呂の美容関係をヴェーネスに説明する事になるだろう。ミラレースが説明するのでは不足が出る。
その時一緒に説明すれば良い。但しシュテンは美容液や乳液など使わないので、その説明はタマモが担当となる。
他にも【百鬼夜行】の食堂で使われている調味料。これはビーツの知識をオロシが形にしたものだ。これも渡す。
ジョロ謹製のベッドシーツやタオル、ナプキンなども渡す。
おそらくどれも金貨が飛び交う品々だが、ビーツにとっては従魔が作った日用品である。
さすがに王都の商店に流すわけにはいかないが、ここぞとばかりに渡した。
「ビーツ殿、こんなに色々と頂いて恐縮です。ありがとうございます」
「いえ、本当に日用品ばかりですし、僕らも何日かお世話になっちゃいますので」
「ダンジョンの事でお世話になるのはこちらなのですがね」
若干の苦笑いでヴェーネスはそう返した。
申し訳ないのと、心から嬉しい気持ちが同居していた。
♦
王城が小さいとは言え、最低限の設備として浴場はある。一般国民に家風呂が浸透していなくても王族・貴族であれば当たり前のように風呂はある。
もちろん【百鬼夜行】のスーパー銭湯まがいと違い、広めの内風呂が一つといくつかの洗い場が設けてあるだけだが、それでもかなりの贅沢とされる。
魔力不足のヴァレンティア王国であっても、四百年に渡る地下生活の中で一つの癒し要素とでも言うべきか、大量の湯を張った浴場が活用されていた。
但し節約の為、浴場の使用時間は限られているので幹部を含め、使用人も複数で同時に入る事が多い。
しかし女王であり始祖吸血鬼であるヴェーネスは当然一人で独占となる。
小間使いに身体を洗わせるような事もしない。というか小間使いが存在しない。
とは言え、この日は別である。
男湯には幹部の男性二人とビーツ(+クラビー)が説明要員で入り、女湯にはヴェーネスとミラレース、幹部の女性、そしてシュテンとタマモが説明要員で入る。
当然、ミラレースらはヴェーネスと一緒の入浴に恐縮したが、ヴェーネスの「シュテン殿とタマモ殿の説明を二度手間にするつもりですか?」という言葉に諦めた。
癒しの空間が緊張の空間に早変わりである。
しかしその緊張も脱衣所でかき消される。
(くっ!相変わらずのプロポーション……!)
(これが【三大妖】……っ!圧倒的強者……っ!)
(オ、オロチ殿になら勝てますし……)
そんなオロチ殿はビーツの影で現在男湯である。
ふいに出てこない事を祈ろう。
「こ、この泡立ちはっ!?」
「なんと良い香りでしょう!」
「御覧下さいヴェーネス様!洗い流した肌が!肌が!」
「ツルツルではないですか!なんと!」
「リンスとやらはこれで使い方正しいのでしょうか……」
「大丈夫です!乾かしてからが本番です!」
「濡れている今でも指通りが尋常ではないのですが……」
「乾かしてからが本番です!」
「……これ、私が説明する事ないと思うのだが。ミラレース殿の本気ぶりがすごいな。なぁタマモ」
「わっちに構わんでくんなんし。尻尾洗うのに忙しいんでありんす」
興奮冷めやらぬ吸血鬼三人。
すっかり湯冷め状態のシュテン。
それどころではないタマモ。
その日、女湯は賑やかであった。
ちなみに入浴後、タマモの乳液・美容液講座を実施し、女性陣の興奮は最高潮になったと言う。
「叡智の結晶ですわぁ……!」
バレンタイン特別篇?んなもんねえよ!
……ヴァレンティア王国での話しってことで許して下さい。何でもはしませんから。




