08:ある日、管制室の風景
『オスクァァァァル!』
『アンドォレェェェェ!』
「またこいつらか……」
そうつぶやいたのは女性の形をした魔物。
凛とした表情で、組む腕は四本。背中からは昆虫のような薄羽と甲虫のような羽根が出ており、尻尾は蠍のような形状だ。
羽根の赤と合わせるように、豪奢な服も赤を基調としている。
彼女はキラークイーンビーという種族で、名はアカハチという。
蜂の魔物キラービーを統率する女王蜂であり、虫系モンスターの頂点とも言える存在。
その彼女が目の前のモニターを見ながら、そう呟いた。
ここは地下一〇一階層にある管制室。通称ブリッヂと呼ばれる場所。
ダンジョン【百鬼夜行】は地下一〇〇階層というのが常識だが、実際には一〇一階層に、こうした管理施設や従魔たちの居住スペースがある。
地上部分の屋敷が二階建てなので、厳密には【百鬼夜行】は一〇三階層のダンジョンという事になる。
ブリッヂは、ビーツが映画やアニメの宇宙戦艦などを参考にそれっぽいものを作った場所である。
超巨大モニターにはダンジョンの様子がずらりと並び、各モニターを操作し観察するのは、これまたずらりと並んだオペレーター係のキラービーたち。
その後方、艦橋のように一段高い場所から、アカハチが統率している。
眷属を召喚し、その情報を統括するタイプの魔物というのは数は少ないながらも居て、ビーツの従魔にも何体か存在する。
例えば【三大妖】の炎鬼神・シュテンなどはオーガやゴブリンなどを召喚・統率する事が可能だが情報を共有し統括する事は出来ない。
だがアカハチは配下の眷属の視覚・聴覚などを共有・統括する事が出来る為、こうした管制には打ってつけの能力だと言える。
今はモニター担当がアカハチというだけで、二四時間アカハチが監視しているという事はない。他にも情報統括が得意な従魔も居るのだ。
「あー、こいつらあたしの罠に嵌ってくれるのは嬉しいんだけど、全部に嵌るからやりがいがないんだよね~」
後ろからそんな声がしたので、アカハチが振り返る。
「モクレンか」
「おつかれ~」
手を振りながら軽い様子で、アカハチに並ぶのはモクレンと呼ばれた魔物。
羊の獣人のような巻角を有し、しかし尻尾はなく、代わりに腰から生えているのは蝙蝠のような羽根だ。
丸い眼鏡と、ぶかぶかの白衣が特徴的な彼女は、サキュバスである。
サキュバスというと寝ている男性の夢に入り込み、精力を奪うというイメージだが、全てのサキュバスがそうというわけではない。
そもそもサキュバスは『欲』に敏感であり忠実な種族であり、『性欲』というのはその一部分。
モクレンの場合、本職は鍛冶師であり『創作意欲』を行動の本幹としている。
ダンジョン内には彼女の作ったトラップが満載であり、それを冒険者がいかに嵌るか、いかに気付き、いかに対処するか。
その観察とそれを元にした新たな罠の創作が生きがいであった。
そのモクレンからすれば、全ての罠に嵌る【宮殿の薔薇】はやりがいを感じない相手なのだ。
「まあ、あいつらはさておき、全体的に罠に嵌る冒険者が減ったな」
「さすがに五年も経てば慣れるもんだよ。今じゃ斥候役が複数いるパーティーだって珍しくないしね~」
「それが定石になりつつあるな」
オーソドックスに斥候役が一人というパーティーも多い。
しかし深部へと進んでいる上位陣は複数の斥候役を伴うパーティーも多いのだ。
モニターに映るそれらのパーティーを見て、斥候役を増やすパーティーも多い為、今、王都では慢性的な斥候不足となっており、それを危惧した冒険者ギルドは講習会などを開き新たな斥候役を見出すべく動いている。
ちなみに斥候役が全くいない【宮殿の薔薇】などのパーティーは極めて異例である。
「ま、四九階層まではあたしのトラップも『初心者向け』だし。やっと五○階層に行く冒険者が出るかと思うとワクワクするね」
「難易度が違いすぎてテコ入れが必要になりかねんぞ」
「ま~それは我らがご主人の判断でしょ」
それは現在探索している冒険者たちが聞いたら驚愕するような話だった。
やっとの思いで進んで来た四九階層までの道のりが、彼らにしてみれば『初心者向け』だと言う。
しかしそれは事実で、ビーツはなるべく多くの人が楽しめるようにこのダンジョンを作ったつもりだった。
徐々に難易度は高くなるものの、四九階層まではみんなが楽しめるように、色々な環境・魔物・トラップを配置し、ごった煮のようなダンジョンを仕上げた。
そして五〇階層以上は『やり込みプレイヤー専用』とも言うべき難易度になっている。
ロールプレイングゲームで言えば、四九階層までが通常エンディング。五〇階層以降はクリア後の裏ダンジョンといった風だ。
「で、結局お前は何しに来たんだ?」
「あ~そうそう。今度の幹部会議であたしのトラップの件も報告してもらうから、現状の実地確認だね。そっちもモニター関係で報告上げるんでしょ?」
「ああ、すでにジョロには報告済みだ」
「ジョロは大変だね~。【蛇軍】の長は仕事しないから、副長ばっか働いてるじゃないか」
「我が主の護衛なのだからある意味一番働いてはいるんだがな」
アカハチは苦笑いを浮かべ、そう返した。
蛇軍長【三大妖】のオロチは、常にビーツの影に入り護衛となっているのだ。
もっともオロチからすれば、ビーツの影の中が居心地が良いので、離れたくないというだけなのだが。
「その点、お前たち【狐軍】は長も副長もしっかりしているな」
「だけど、タマモとマモリは相性悪いからね~。うまく回ってるのがすごいと思うよ。ご主人が偉大だね~」
狐軍長【三大妖】のタマモは炎を司るナインテイルという魔物。
対して副長のマモリは水を司る大精霊ウンディーネ。
実力は他と隔絶していながらも、やはり炎と水は相性が悪かった。
ビーツは事あるごとにお互いを宥めたり仲裁したりしている。
「我が主も気苦労絶えないことだ」
「そんなご主人だからみんな付いてくるんだけどね~」
「うむ、私もお前もな」
そう笑いあった二人はモニターを見続けるのだった。
■百鬼夜行従魔辞典
■従魔No.9 アカハチ
種族:キラークイーンビー
所属:蛇軍
名前の元ネタ:赤蜂
備考:キラービーを統率する女王蜂。
眷属の視覚・聴覚などの情報を収集・統合・精査する能力を持つ頭脳派。
客受けが良いカメラワークを模索など気遣いの出来る女王様。
ダンジョンのモニター管制担当の一体。
■従魔No.51 モクレン
種族:サキュバス
所属:狐軍
名前の元ネタ:一目連
備考:″創作意欲″を力とするサキュバス。趣味は鍛治。
ダンジョンのトラップデザイナーとは彼女の事。
ぐーたらな性格で研究に没頭する職人気質。だが緩い。
元々はサキュバスの集落のお嬢様だが変人扱いされていた。