88:ビーツのお土産爆弾・前編
「ようこそビーツ殿。お待ちしておりました」
「お邪魔します、ヴェーネス陛下。あ、実際にお会いするのは初めましてですね!【百鬼夜行】のビーツ・ボーエンです。よろしくお願いします」
「うふふ、【奈落の祭壇】のヴェーネス・ヴァレンティアです。歓迎いたします」
城下街から少し離れた小さな王城。
わざわざ玄関口まで出迎えてくれたのはヴェーネスと幹部の三人であった。
改めて挨拶を交わすビーツ。二つ名のつもりで【百鬼夜行】と名乗ったのだがダンジョン紹介のようになってしまった。
ビーツたちは城内に案内され、二階にある宿泊用の私室へと向かう。
数日間お邪魔する事はすでに伝えており、その間は自室として使わせてもらうのだ。オロチとクラビーの部屋は要らないので、三人分の私室となる。
もっともこの王城に″来客″というのを想定していなかったらしく、将来的に使用人が増えた時のためにあった部屋を借りる形だ。貴族ではあっても冒険者であるビーツに否はない。部屋を貸してもらうだけで十分である。
荷物を整理し、とりあえず食堂にて昼食となった。
パンとサラダ、ステーキなど一般的な食事ではあるが少ないであろう調味料を上手く使い、そこらの街食堂より断然美味しい。さすがに四百年もの間この生活を続けているだけの事はある。
「肉はダンジョン産ですか?パンの小麦はどうしてるんです?」
「肉は地表の魔物を狩る事が多いです。小麦は近隣の街からの買い付けか、それこそダンジョンの魔力で″創造″する事もあります」
「あ、サイモンさんたちが地表に出て行商に扮しているって聞きました。なるほど食料の買い付けですか」
「それだけではないですがね。ダンジョンの鉱石などを売って、食料や生活必需品を主に買い付けています」
食事をしながら会話するのはマナー違反かもしれないが、ヴェーネスは気にする事なくビーツの疑問に答える。
そうして昼食は終わり、とりあえずとばかりにお土産を渡す。シュテンたちが背負ってきた荷物だ。なかなか量が多い。
「えっと、まずは陛下御所望の文房具です。一つずつ説明すればイメージもしっかり出来て″創造″もし易いと思いますので、数を少なく種類を多めにしてきました」
「まぁ!ありがとうございます!楽しみにしておりました!」
テンションのあがるヴェーネス。
これには居合わせた幹部勢も苦笑いである。
「でも説明が長くなっちゃいそうですし、そうなると陛下が″神覚″でダンジョン監視できなくなると思うんです」
「そ、そうですね……」
「ですので先にモニターを設置しませんか?陛下に説明している間は幹部のどなたかに監視して頂く、というのは……」
「ビーツ殿、それは……!」
ビーツに反論したのはミラレースであった。
神の如きダンジョンマスターの能力。それは始祖吸血鬼たるヴェーネスにこそ相応しい能力であり、眷属である自分たちが下賜されて良いものではない。
もちろんヴェーネスの負担を軽減させたいという思いはある。だからといって能力の″貸与″はどうなのか。
【百鬼夜行】の管制室を見て衝撃を受けたのは確か。でも四百年そうしてヴェーネスを支えて来たのだ。これまでを否定する事は出来ない。
肯定と否定が幹部たちの中で渦巻いていた。
「いえ、よいのですミラレース。ビーツ殿、仰る通りです。モニターを設置いたしましょう」
「「「ヴェーネス様!?」」」
「ビーツ殿がいらしてくれた今が好機なのです。我々の未来に向けて踏み出す、これがその一歩となるでしょう」
意を決した表情で幹部たちを見つめるヴェーネスの目は、どこにも負の感情がなく、いつもに増して輝く真紅の瞳に見えた。
それを見る幹部たちに言う事はない。
元よりカースト上位のヴェーネスの命令であれば従う以外にないのだが、カーストどうこうではなく、ヴェーネスの決意を受け入れようと自分たちも決意したのだ。
そして、ヴェーネスたちの許可を得たビーツは、お土産で持ってきたモニターと操作水晶のサンプルを出した。
これは管制室でオペレーターたちが使用している卓上モニターと同じものである。
「えっと、この操作水晶に″神覚″の『制御』だけをシェア……″貸与″するわけです。これはヴェーネス陛下でないと設定できないのでお願いします。もしかしたらダンジョンコアと直接繋いだほうがやりやすいかもしれません。
それと幹部の皆さんに『権利』のみを″貸与″します。これで『幹部の人は水晶を操作する時のみ″神覚″が使える』状態になります」
「分かりました。やってみます」
「で、水晶のここと、モニターの後ろに同じプラグ……接続口があるので、それをこのケーブル……魔力線を物質化したもので繋ぎます」
「普通のトラップなどに使う魔力線ではダメなのですか?」
「それでも大丈夫です。ただ僕のイメージで、物質化したほうが消費魔力が少なかったというだけです。もしかしたらヴェーネス陛下が使った場合、普通の魔力線のほうが燃費が良いかもしれません」
「なるほど、試しての様子ですね」
そうして実際にモニターを設定し繋いでみた。
モニターに【奈落の祭壇】の映像が映ると、幹部勢が「おおっ!」と驚く。
彼らは自分たちのダンジョンをこうして見た事がないのだ。新鮮なのだろう。
始めはヴェーネスが操作水晶に手を乗せ、実際に試してみる。
自分の使う″神覚″と差がない事を確認すると、幹部たちにそれぞれ操作させた。
幹部たちは自分がダンジョン能力を使う事に感動しているようだ。
「こ、これがヴェーネス様の……!」と恐れ多くもある感じだが、ヴェーネスとしても慣れて貰わないと話しにならない。
これから″神覚″以外の能力も″貸与″するかもしれないと考えれば最初につまずくわけにはいかない。
決して早く文房具を見たいわけではない。
一通りモニターの扱いに慣れたところで、幹部の一名を監視に回し、お土産の説明を再開した。
「えっと、まずはペン関係です。こないだ見せたマジックとかの他にも黒以外の色をセットで持ってきました」
「まあっ!」
「これは鉛筆といって、黒鉛と粘土で芯が、持ち手は木で出来ています。文書とかには使えないと思いますけど、ちょっとしたメモとかに使えます。この消しゴムで消せますし」
「なんと!消せる!?」
「使っていると芯が摩耗しますので、この鉛筆削りでこう……削ると、また尖ります」
「まあ!なんと精巧な刃物でしょう!」
いちいちリアクションがオーバーで、思わず「通販番組か!」と心の中で突っ込むビーツであったが、なるべく気にしないように説明を続ける。
書類整理の為のファイルやパンチ、ホチキス、ハサミなども渡す。カッターはナイフとかで代用できるだろうと持ってきていない。
「それとこれが一番の目玉なんですが……電卓です」
「……デンタク?それは一体……」
ビーツが演算室用のパソコンを造った際の副産物である。
さすがに一から電卓を造るのはビーツにも不可能だったので【魔獣の聖刀】全員の知恵を結集し、ダンジョン機能を強引に使い、作りあげたパソコンのテンキーと計算ソフト。
それを電卓として流用したのだ。普通は逆である。電卓ありきでパソコンのはずだが、先にパソコンを造ったのだから仕方ない。
いくらダンジョンマスターの情報処理能力があるからといって、細かい計算をいちいち頭を使って行うのは精神的に疲れる。その点、前世でも慣れていた電卓は非常に便利なのだ。
ダンジョン運営にも貴族としての仕事にも活用しているのは言うまでもない。
ちなみにソロバンだと造るのは楽だがビーツが使えないのだ。
「す、素晴らしいっ!なんという!なんという叡智の結晶でしょう!」
「でしょう!苦労したんですよ造るの。あ、いや、アレクくんとかにも手伝ってもらったんですけど」
「これを欲しがらない者はおりません!王族、貴族、商人……いえ働く全ての人々が欲するでしょう!」
かつてないテンションに引き始めた眷属たちを後目にヴェーネスの称賛とカタカタ動かす指は止まない。
いや、分かるんだけど、分かるんだけどヴェーネス様……と幹部勢は悲哀の目を向ける。
ビーツのお土産地獄による文化破壊は終わらない。




