84:【狐軍長】タマモvsファイブテイル
魔物の強さをカテゴライズする呼称として″災害級″と言う場合がある。
これは強さによって〇〇級と区分けされているわけではなく、魔物の専門家やギルドが「この魔物は災害級ね」とランク付けしているわけでもない。
あくまで「出没した場合、村や街を捨てて逃げるレベル」「国が騎士団を派遣するレベル」の魔物を総称して″災害級″と呼んでいるだけだ。
その名の通り自然災害と変わらない、一般人の手に負えない物として。
冒険者ランクであればアダマンタイト級と同じような扱いであろう。
並みの冒険者では至る事が出来ず、また、それ以上のランクが存在しない為、同じアダマンタイト級の中でも強弱の差が激しい。
″災害級″の魔物も同じ事で、同じ″災害級″の中でも差は激しいのだ。仮にとある災害級の十倍の力を持った魔物が居たとしても、災害級以上の呼称が存在しないのだから″災害級″としか呼ばれない。
さて、小狐系の魔物としてルビーフォックスやエメラルドフォックス、サファイアフォックスなど属性に対応した狐の魔物が居る。それぞれ火、風、水属性の魔物である。
銅級冒険者でも狩れる魔物であり、最近は好事家がペットとして捕らえる事も多い。
ビーツが二番目に従魔としたルビーフォックスは、毎日ビーツや様々な魔物と戯れる事で進化を繰り返した。
ルビーフォックスからフレイムフォックス。そこからスリーテイルと呼ばれる三本の尾を持つ頃には体長は狼よりも大きくなる。銀級~金級冒険者の討伐対象である。
スリーテイルから進化するとファイブテイルとなり″災害級″と呼ばれる魔物になる。体長は二~三メートルで尾も含めれば五メートル程。大型の獣である。
と、そこまでが一般的に知られていた狐系魔物の頂点だったのだが、どこぞの召喚士のおかげで更に進化する事が判明した。もはや知らぬ者は居ない狐系最上位、ナインテイルである。
目撃情報は「王都で見た」「人化してた」「ありゃ神だわ」くらいしかなく、実際に戦った冒険者や討伐記録などもない。まさに新たなる伝説の魔物、それがナインテイルである。
『違うんです、ビーツ殿、タマモ殿。別にタマモ殿を意識したわけではなくてですね、ファイブテイルを配置したのはかれこれ数百年前の話しですし、今では″沸き立つ穴″で配置されているわけでして、今回ビーツ殿たちが来訪されるからといって変える事も出来ず、いや、変える事自体は出来るのですが――』
「あー、いえ、大丈夫です。分かってますから落ち着いて下さい、ヴェーネス陛下」
突如饒舌になったヴェーネスを落ち着かせるビーツ。
ビーツにもフロアボスとしてファイブテイルを配置した理由は分かる。
ファイブテイルは有名な″災害級″でありながら配置する際の必要魔力量が比較的低いのだ。
なぜ低いのかと言うと最終進化体でないというのが主な理由だが、ナインテイル自体が知られていなかったという現状がある。
事実、ヴェーネスがフロアボスを選定する際、自身の知っている″災害級″の中で一番安かったのがファイブテイルである。
「えっ、なんでこんな安いの?お買い得じゃん!」とバーゲンセールの感覚でボスに設定し、後々ダンジョン機能で配置出来る強い魔物を検索していった結果、ナインテイルという未知の魔物の存在を知ったわけだが時すでに遅し。
すでに二〇階層ボスとしてファイブテイルは君臨していた。
そういった経緯も含めて同じダンジョンマスターであるビーツには何となく想像ついた。
「クルルルゥゥゥウウウ!」
ファイブテイルは近づこうとするタマモに何か感じたのか、若干後ずさりながら火の玉を作り出す。五本の尻尾の先から五つの火の玉を同時にだ。
それを見てもタマモは歩みを止めない。
「躾が必要でありんすなぁ。『狐火・玖連』」
自身の背後に広がる九本の尻尾から同じように火の玉を出現させる。同時に九つ。
互いに放たれた火の玉は当然の如くタマモが打ち勝ち、ファイブテイルに数発着弾した。
「グルルァァァァ!!」
「まだまだでありんす。『狐火・浄禍炎獄』」
火の玉を打ち出してから、次の火魔法の発動までが速い。
今度はファイブテイルを包むように炎の渦が放たれる。
ちなみにタマモやファイブテイルが使う火魔法は、人間たちの使う火属性魔法とは根本的に異なる。それは種族特有の固有魔法『狐火魔法』とでも言うべき代物であり、例えば全ての魔法が一応使えるアレクであってもタマモと同じ魔法を使う事は出来ない。
オロチが影に入ったりするのを人が真似出来ないのと同じだ。魔物の固有魔法というのは種族に限定されたものである。
ファイブテイルは自らが火魔法を使うので、当然火耐性を持っている。
そんな事はタマモも承知しているが、火魔法を連発しながら近づいた。
彼女が「お仕置き」や「躾」と言った、そのままの意味である。遊んでいるのと変わらない。
さらに近づいたタマモは、怯えるようなファイブテイルに向かって殴る、蹴る。なんと肉弾戦である。魔法主体の狐軍の長であるのにも関わらず。
本来の獣の姿でない、人化しているタマモの攻撃。
だというのに、ファイブテイルの巨体は吹き飛ばされた。
「ほらほらほらほら」
ドゴッ!バキッ!ボコ!グシャッ!
魔力も何も込めていないタマモの連撃がファイブテイルを圧倒する。
通信鏡でそれを見ているヴェーネスたちは、何とも言えない表情をしていた。「もうやめて!ファイブテイルの魔力量はもうゼロよ!」とでも言いだしそうだが、さすがに何も言わない。
結局、ファイブテイルは為すすべもなく光に消えた。
タマモに何のダメージを与える事も出来ずに。
いつもと同じ表情で、ビーツの元へと帰って来たタマモに労いをかける。
「お疲れ、タマモ。ずいぶん張り切ってたね」
「あやつが礼儀知らずにもわっちを威嚇なんぞするから、ちょいとお仕置きしたまででありんす」
ちょっとしたお仕置きで撲殺されるらしい。魔物の世界は怖い。
タマモはシュテンから背嚢を受け取ると、再び背負い、ビーツに「行きんしょう」と促した。
(なんと弱い……。過去は振り返りたくないものでありんすなぁ)
数年前の自分を見ているようで必要以上に好戦的なタマモであった。
弱かった昔があるから今がある。それは分かっている。
ただ弱い自分を主の前で出したくはない。
例えそれが自分でなく、ただの同種族であったとしても。
ルビーフォックスという底辺の魔物から成り上がったタマモは、弱さが罪だという魔物の常識が痛いほどよく分かっていた。
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その後、二一階層へと下りたビーツたちは安全地帯で一泊する事となった。
通信の切れた卓上鏡の前で、ヴェーネスたちは一息つく。
長時間に及ぶビーツたちの探索風景を眺め続けたのだ。いくら彼らが規格外の強さを持っていると知っていてもダンジョンに絶対などない。
ちょっとした事で怪我や死が待っている。それが【百鬼夜行】以外の普通のダンジョンである。
だからこそせっかく招いた客人に万が一があってはならないと気掛かりだったのだが……。
「杞憂でしたね」
「我が目を疑います、一日で二〇階層などと」
「しかも怪我なし、消費なしだ」
「ドロップアイテムも全て見逃してくれています。有り難い事ですが」
「しかしファイブテイルは可哀想でしたねぇ」
「自分たちのダンジョンのフロアボスがああも簡単に倒されると、何と言うか……」
「分かります。けれど今まで散々探索者を討ち果たしてきた強者なのは確か」
「相手が悪い。それに尽きる」
ヴェーネスは幹部の四人が話し合っているのを、横で聞いていた。
今回、通信鏡を貰った事で幹部の皆と共に、探索風景を直接見る事が出来た。それは普段″神覚″で自分が見ているのと大差ない風景。
それを共に見れた事で、今、このように話し合いが起こっている。
誰もが見た事感じた事を話し合う、理想的な会議。
それは【百鬼夜行】の管制室でビーツから示された″神覚″の″貸与″と同じ事。
四百年間、″貸与″する事のなかった″神覚″。
やはり変えて行かなければならないだろう。
長年続いた日常を変えるのには勇気と切っ掛けが居る。
しかしビーツ来訪という契機を得た今、踏み出さずして何が女王か。
そうヴェーネスが心の中で決意するのは必然であった。




