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83:とある巫女と大精霊の打ち合わせ



 王国最北端の港町ファンタスディスコ。

 領主である伯爵家の娘は代々【水神の巫女】と呼ばれる。

 水神様……大精霊ウンディーネと交信できる唯一の存在にして、その住処へと繋がる封印扉の解除方法を知る唯一の存在でもある。


 ウンディーネの住処は長年に渡り居を構えた事で霊力に満ち、いわば聖域と化している。

 聖域から溢れる霊力は、強大な魔物を払う効果があり、それによって港町の魔物被害・海難事故を防いでいた。水神様と称えられる所以だ。


 しかし強い魔物が居なくなるという事は、逆に弱い魔物が繁殖しやすいという事でもある。

 年に一度の【水神奉納の儀】――という名の巫女がウンディーネにお菓子を届ける日――に新米巫女であるセレナの護衛となったのが当時銀級パーティーであった【魔獣の聖刀】。


 同年の可憐な女性が刀を振るい戦う姿を見て、セレナは「お姉さま~!」となったわけだが、ともかくその年の【水神奉納の儀】では【魔獣の聖刀】が数々の魔物を打倒し、途中で魔族の脅威に晒されたりと七難八苦した結果、どこぞのチートテイマーが神の如き大精霊を従魔にしてしまうという最大のハプニングで幕を閉じた。


 大精霊という存在が御伽話でしか知られていない世界において、ウンディーネの事を周知しているのは伯爵家と王族など極一部のみ。

 ビーツが従魔とした事で困惑したのは言うまでもないが、いつまでもその存在を隠し通すのは無理だと判断した。なにせ召喚士が召喚すればマモリはどこにでも現れてしまうのだから。

 そこで国はビーツが英雄爵となり不当に害される事がなくなったのを見計らってウンディーネの存在を公表した。樹王国を始め精霊信仰者が仰天したが、時すでに遅し。あくまでウンディーネの意思で従魔となった旨を伝え王国は何とか沈静化させたのだ。


 そういった経緯があり、未だにマモリはビーツの従魔として【百鬼夜行】に新たな住処を移して以降も、港町にある住処を保持しつつ、港町周辺海域の守護を継続している。まぁ住処に居るだけで霊力が勝手に強い魔物を追い払うので、マモリが意識的に守護しているわけではないが。

 セレナもビーツやマモリに会いに王都に来るという名目で″お姉さま″に会いに来られるというウィンウィンな関係が続いている。それでいいのか水神の巫女。伯爵家の血筋存続の危機である。



「おお、もうそんな時期じゃったか」


「はい。今年の【水神奉納の儀】でもマモリ様の御姿を拝顔できる事、街の皆も楽しみにしております」



 ソファーに胡坐で座り、セレナがお土産に持ってきたお菓子をもしゃもしゃと食べながらマモリは話す。

 マモリの存在を公表したのを機に、巫女が一人でウンディーネに会うという従来の【水神奉納の儀】は形が変わった。

 今ではマモリが民衆の前に出て「安心せい!守るぞー!」と宣言し、海に向かって一発、水属性の大魔法をぶっぱなすという派手な行事へと変わったのだ。

 もちろんマモリは守護者の如く意識して海難事故を防いでいるつもりはない。衆目に晒されてでもそんな行事にわざわざ参加するのは、おもてなしで出される高級菓子目当てである。



「一年経つのも早いわねえ。……あ、という事は建国祭ももうすぐって事ね」


「その前に国王陛下の生誕祭がありますわよ、お姉さま」


「うわっ、忘れてた!貴族って面倒ねー……」



 港町の【水神奉納の儀】の少し後には王都で【建国祭】がある。数日に及ぶ祭りの初日は、エジル国王の誕生祝いも行われる。

 一国民ならばただのお祭り騒ぎで終わる所だが、貴族となれば祝賀パーティーに加え、国王に献上するプレゼントを用意しなくてはならない。



「今年は何にしましょうかね……」


「肖像画でよろしいのでは?大変好評でしたし」


「いやよ!それはもう勘弁だわ!」



 デッサンが得意なクローディアは以前に国王の肖像画を贈った事があるが、思い返してもあれは苦行であった。誰が好き好んでおっさんの肖像なんぞ描くかいと。王妃様の肖像ならば喜んで描くのにと。歯噛みしながら描き上げた過去が甦る。


 ビーツが帰ってきたら相談しようと心に決めたクローディアであった。





 【奈落の祭壇】地下一六階から一九階までは沼地のような屋外のエリアが続く。

 足元はぬかるみ、木々も妙に曲がりくねったものや枯れているかのような木が生え、天候も分厚い雲に覆われている。禍々しい空気だ。

 途中の階層には沼からガスが噴き出すような自然を模したトラップがあったり、一九階では八割方が毒の沼地であったり、長い時間をかけて潜って来た探索者をさらに困らせる階層なのは間違いない。


 出て来る魔物にしてもマッドゴーレムやマッドスパイダーなど沼地特有の魔物が多い中、マッドワームや虫系魔物など奇襲が得意な魔物も出る。足元が悪いのに奇襲されると探索者としては対処が困難であろう。

 また、鉱山エリアで出て来たリザードマンの群れや、トロールもちらほらと見かけるようになる。

 金級上位かミスリル級でないと順当な突破は難しいのでは?そう思えるエリアであった。


 ここまで来ると、ビーツの鞭一発で倒すというのが難しい魔物も居る。

 連撃や闇属性魔法の併用、さらにはオロチの援護も使い敵を倒して行く。

 シュテンとタマモはほとんど出番がない。まるでポーターのように付いて行くのみ。


 しかしそんな難しいエリアとは言え屋外である事には違いなく、オロチからすれば魔力探知がしやすい。

 足元は悪いものの、入り組んだ鉱山エリア以上に探索は早くなった。



 足を進め二〇階へと階段を降りた一行。

 そこは一〇層と同じく『石の通路』とボス部屋のみの構成だ。

 今回はボス部屋前に陣取る探索者パーティーの姿も見えない。

 【奈落の祭壇】の入場者が少ないのもそうだが、やはり難易度が高い階層で他のパーティーと同じタイミングでボスに挑むというのは、なかなか無い事なのだろう。


 ボス部屋へと向かっている最中、ここしばらく様子見に徹していたヴェーネスが通信鏡の向こうから話しかけた。



『……ビーツ殿、先に謝っておきます。すみません』


「え?いや、謝られても何が何やら……何なんです?」


『行けば分かります』



 急に謝罪してきたヴェーネスに疑問を持ちつつ、ボス部屋の扉に手を掛ける。

 一〇階層のミノタウロスはシュテンが相手をしたので、今回はタマモだ。

 タマモは背嚢と通信鏡をシュテンに手渡し、気負わず、いつもの澄ました表情で進む。


 扉を開けた瞬間にヴェーネスの謝罪の意味が分かった。

 タマモの眉間にピクリと皺が寄る。



 部屋の中央に居座る金色の巨体。

 繊細な絹糸のような毛並みに包まれた獣。

 額のルビーを思わせる石は紅く輝き、侵入者を睨むその目もまた紅い。



「クルルルゥゥゥオオオオオ!!!」



 威嚇する咆哮がボス部屋に響く。

 四つ足で立ち上がり、今にも襲い掛かりそうな前傾姿勢。

 体長と同じくらいありそうな太い五本の尻尾が広がる様はまるで後光のように金に輝いて見えた。


 ……五本の尻尾。



 「あー」と察するビーツを余所に、タマモは主の前に出た。



「お仕置きしんしょう」




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