82:とある巫女の【百鬼夜行】訪問
【奈落の祭壇】一一階から一五階までは洞窟状の入り組んだ地形が続く。
普通の土壁の洞窟に始まり、廃坑、鍾乳洞、水晶鉱山というのもあった。おそらくこの一帯で鉱石の類が採掘できるのだろうが、そんな冒険者はほとんど居ないだろう。
辺境の森を抜け【奈落の祭壇】の中層まで戦い抜き、つるはしを振るって採掘し、鉱石を抱えたまま今度は昇り、辺境の森を抜けて帰る……どう考えても無理がある。最初から鉱石目的の探索ならばあるのかもしれないが。
そんな事を考えながら、ビーツたちの探索は速度を落とさず続いている。
出て来る魔物もこれまでと違ってアンデッドやゴーレム系の魔物が多い。
スケルトンやグール、レイスなど弱めのアンデッドも量があれば脅威となる。配置も含め金級中位~上位相当の腕を持つ探索者でなければ辛いだろうと思われた。
鍾乳洞ではリザードマンの群れや、水晶鉱山ではクリスタルゴーレムなど、地形に合わせた魔物が見られ、探索はしにくく、管理はしやすいというのを徹底していると感じられた。
「うーん、この分だと今日中にそちらに着くのは無理ですね」
『ええ、あまり無理をなさらないで下さい』
「二〇階のボスを倒したら、二一階の安全地帯で一泊します」
さすがに諦めたらしい。
疲れを知らないビーツたちは戦い続けて無理矢理にでも今日中の制覇は可能ではあるが、ヴェーネスにずっと監視させるのは、さすがに悪いという判断であった。
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「はぁ!?転移だとか死んでも生き返るとか、おめぇ俺らが田舎もんだからって嘘つくんじゃねえぬらべっさ!」
「「「んだんだ!」」」
一体どこの国のどこの田舎から出て来たのであろうか、その冒険者パーティーを、ホールの冒険者たちは生暖かい目で見つめ、受付に座るジェルリアは鋭い目つきに微塵の変化も見せない。
受付の義務として説明しなければいけない以上、説明はするが、これはまたアレかと思ってしまう。他のギルド職員も冒険者もだ。
デジャヴかな?と思ってしまうほど【百鬼夜行】で稀によく見られる光景である。
このまま罵詈雑言が続けば『ダンジョン批判』『ビーツ批判』になるのはいつもの事。そして行方不明のパーティーが出るのもいつもの事。
そう思っていた矢先、騒いでいる冒険者に突っかかる人影があった。
「はーい、そこまでよ!ちょっと黙りなさい!」
「んなっ!なんだおめぇ!邪魔するんだっつらか!」
受付嬢と冒険者の間に割って入ったのは、明るい茶色の長髪と背中の赤いハーフマント、そして腰に佩いた太刀が特徴的な美女であった。
ホールで様子を伺っていた冒険者たちが騒ぎ出す。
「クローディア!」「【陣風】じゃねえか!」「最近よく見るな」「相変わらず美しい」「タマモ様の方が上だがな」「シュテンの方が上だがな」「ジョロの方が上だがな」「お前らオロチとマモリの良さがなぜ分からない!」
「うるさいわよ!聞こえてるからね!」
思わずホールに突っ込みを入れるクローディアであったが、そんなのは後回しだと受付で言い寄っていた冒険者を睨みつける。
彼らも他の冒険者の声を聞き、目の前の女が【陣風】クローディア・チャイリプスだと気付いたらしい。
とは言え今さら強気な姿勢を引っ込めるわけにはいかない。田舎者だと舐められるわけにはいかないからだ。ビビる心を押し殺して、逆にクローディアに突っかかる。
「けっ!じ、【陣風】様が何だっつうんだらべっちゃ!」
「あんたら見たとこ二十台後半でしょ?ランクは?」
「ぎ、銀だぁ!これでも村じゃ百戦錬磨の――」
「あーはいはい、いいから、そういう武勇伝は。で、その年齢で銀級って事はベテランなんでしょ?冒険者の基本は情報収集!ベテランなら分かるわよね?」
そう言ってクローディアは屋敷内の左手の扉を指さす。
一番手前の転移室へはこれから探索に励む冒険者パーティーが見えた。二番目の帰還室からは早朝から潜っていたパーティーが出て来る姿が。三番目の復活室からはレンタルローブを着て俯きながら出て来る探索者の姿も見える。
「周りをよく見なさい!みんな転移室の魔法陣で探索に向かっているわ!帰還室の魔法陣から帰ってくる人も、死亡扱いになってアイテムロストして復活室から出て来る人も居る!ちょっと聞き込みすれば分かるし自分の目で見て、自分の足で【百鬼夜行】に立っているんだから分かるでしょうが!」
「「「「うっ……」」」」
「ベテランが情報収集を疎かにするわけにはいかないわよね!ジェルリアさん、そういうわけで、この人たち講習してあげて!」
「分かりました。ご協力感謝します、クロ―ディア様」
あれだけ騒いでいた田舎者たちが、ベテラン職員ジェルリアの後に続き、とぼとぼと講習室へと向かう。
その様子をクローディアは腕組みしながらうんうんと頷いて見送った。
ホールの冒険者たちは野次馬根性丸出しで「さすが陣風!俺たちに出来ない事を(略)」と騒ぎ出したが、それを上回る甲高い声にかき消されてしまった。
「さっすがお姉さま!かっこ良かったですわーっ!」
そう叫びながら屋敷の入口からタックルの如く、クローディアに飛びかかる者が居た。
麗しき貴族令嬢。誰もがそう思うであろう美しい容姿。
だと言うのに叫びながらクローディアに突貫したのだ。
フレアスカートにヒールのある靴を履いているにも関わらず、見事なダッシュからのタックルであった。
声に驚き、抱きつかれた事に驚いたクローディアであったが、自分の胸に押し当てられた顔を見て、さらに驚いた。
「セレナ!?」
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抱きつくほどに興奮していたセレナを何とか引きはがし、クローディアはセレナと共に二階の応接室へと向かった。
途中、階段の踊り場でちょこんと座っていたダイダラに「悪いけどホーキにお茶を出してもらうよう念話で伝えてくれる?」と言い、応接室に入ればすでにホーキがティーセットを用意していた。さすがの給仕捌きである。マールがこれを侍女の基準にしそうで心配である。
ローテーブルを挟んで座るクローディアとセレナ。一応ホーキも部屋の隅で立っている。
クローディアは紅茶に口を付けつつ、話しを切り出した。
「セレナ、一人で来たの?」
「いえ、護衛の者たちは庭園で待たせています。最初にお姉さまのお家に伺ったのですけど、【百鬼夜行】に来ていると聞きまして」
クローディアは何もお屋敷に一人で住んでいるわけではない。
使用人を何人も雇っているのだ。でなければ屋敷の維持など出来ない。そして、セレナはその使用人に聞いたのだろう。
ちなみに使用人は全て若く美しい女性である。当然。
「私に会いにわざわざ王都まで来てくれたわけじゃないんでしょ?要件はマモリ?あ、ビーツだったら今居ないんだけど」
「らしいですね。ビーツさんにもご挨拶したかったのですが、タイミングが悪かったようです。あ、要件はマモリ様と打ち合わせです」
「そう。ホーキ、悪いけどマモリ呼べる?って言うか今こっちに居るのかしら」
「確認しますね……居るようです。セレナ様の事もお伝えしたのでまもなく来るかと」
「ありがとう」「ありがとうございます」
召喚士と従魔の念話。同じ契約魔法で繋がれた従魔間の念話。それは距離や魔力に関係なく使用可能な相互通話である。
通信手段が手紙というのが一般的な世界において、念話だけでも十分なチートだとクローディアは改めて感じた。
数の少ない召喚士の希少価値を高める要因なのだと。
(ま、人語を介せる従魔なんて普通は居ないから召喚士と従魔間でしか無理でしょうけどね。他の召喚士の念話が電話だとすれば、ビーツの場合は他人も見られるチャットみたいなもんだし)
他人であるクローディアがホーキに頼んで、別の従魔と会話してもらう。
そんな事は他の召喚士と従魔には無理だろう。
四人の転生者の中で唯一チートと呼べる能力を授かったビーツ。
時折少し覚える嫉妬をクローディアは特に隠そうともせず、からかっては笑い合う。そんな間柄が心地よかった。




