07:とある観戦マニアの日常
「はぁ、はぁ、はぁ」
息を荒げダンジョン【百鬼夜行】の柵門をくぐるのは小太りの中年。
少し小走りしただけで息を切らすその風体は冒険者のそれではない。
彼はハンズ。王都で道具屋を営む男だ。
やっと着いた【百鬼夜行】の敷地を眺め、庭園へと向かう道すがら、屋敷へと続く通路に並ぶ露店をちらりと見る。
「らっしゃい!百鬼夜行カードシリーズの第十弾が入荷したよ!今回はアンデッドモンスターパックだ!」
「こっちは最新フィギュアが入荷したよ!ブライトイーグルのバサンにサイクロプスのダイダラだ!」
「タマモのフィギュアはないのか。ずっと狙ってるんだが」
「お客さん、【三大妖】のフィギュアなんて、並べた瞬間に売り切れますぜ」
そんな会話を耳にする。
ハンズも細々とだがカードやフィギュアを集めている為、足を向けたくなるが、今は庭園へと急ぐのだと自分に言い聞かせた。
庭園はかなり広く、いつものごとく人で溢れている。
テーブル席はほとんど埋まり、立ち見の観戦者も多い。
もちろん目当ては巨大モニターでのダンジョン観戦だ。
それまで王都の娯楽と言えば劇場での芝居だったり、闘技場での試合観戦などが主だったが、【百鬼夜行】が出来てからはここが一番の娯楽施設となった。
王都の中心地にあるという立地もそうだが、無料で冒険者の戦いを観戦できるというのが良い。
あわよくば英雄であるビーツ・ボーエンやその従魔を間近に見られるというのも大きい。
「おーい!ハンズ、こっちだ!」
そんな声にハンズは顔を向ける。
どうやら自分の為にテーブル席を一つ空けておいてくれたらしい。
「すまないヒルトン。休憩時間がずれこんじまった」
「構わんよ。そういう事もあるさ」
ハンズの道具屋とヒルトンの宿屋は隣同士であり、共に【百鬼夜行】の観戦マニアでもある。
毎日、休憩時間には店を抜けだし、こうして語り合うのだ。
モニターはメインで映し出され音声も聞こえる一番モニターのまわりに、L字型に二番モニターから六番モニターまでが映されている。
当然、普通の観戦者は一番モニターを注視するのだが、彼らは自称観戦マニアでもあるので、二番から六番までもチェックは欠かさない。
今、一番モニターは四五階層を攻略中の【紅の双剣】というパーティーを映していた。
パーティーリーダーの女性が操る双剣は舞うように敵を切り裂き、見栄えが良く、また王国に席を置く冒険者パーティーという事もあってファンは多い。
地元民は地元出身の冒険者を応援したくなるものなのだ。
「【紅の双剣】ももう四五階か」
「ちょっと急ぎすぎな気もするがな」
「だよな。焦りかもな」
ハンズとヒルトンはそう評する。
周りの観戦者に比べて冷めた目線だが、それもまた観戦者の自由である。
そうこうしているうちに庭園後方にある大き目の露店から大きな声が聞こえた。
「さあさあ、五〇階層に一番乗りするのはどのパーティーか!まだまだ受付中だよ!」
どうやら賭博のようだ。庭園に露店を出しているのだからダンジョン公認という事になる。
もちろんハンズとヒルトンも賭けていた。
現在のオッズが大きく貼り出されており、一番人気は現在四八階層を攻略中の【天馬の翼】。
続いて獣人パーティーの【夢幻の国境】。神聖国の【神聖騎士団第八分隊】。地元である王国出身の【三眼の鉾】【螺旋の氷焔】【紅の双剣】などが並ぶ。
「あー、【紅の双剣】も上位に入り始めたのか」
「そりゃ焦るわな」
二人はなんとなくそう思った。
ファンの期待に応えようと意気込んでいるのだろうと。
しかしそれが気負いや焦りに繋がっているように思えた。
まぁ自称観戦マニアの視点ではあるが。
「やっぱり【天馬の翼】は人気だな」
「総勢二〇人のパーティーだろ?それを敵に合わせて使い分けるんだ。攻略も早いし見ていて面白い」
「でもヒルトンは別のに賭けたんだろ?」
「ハンズもだろ?」
二人はお互いに誰に賭けたのか教えていないようだ。
後で答え合わせも楽しみたいという事だろう。
「「「きゃあああ!」」」
ふいに観客席が沸いた。どれもご婦人方の歓声だ。
ハンズとヒルトンの二人は何事だとモニターを見ると「ああ、またあいつらか」と気を落とした。
一番モニターが四五階層を攻略中の【紅の双剣】から、二〇階層を攻略中の【宮殿の薔薇】へと変わったのだ。
通常、一番モニターに映されるのは最前線を攻略している冒険者や、よほどの有名人に限られる。
観客からの需要が一番高いからだ。
二〇階層を攻略している冒険者パーティーなど、普通は映されない。
しかし【宮殿の薔薇】というパーティーは人気があった。主にご婦人方限定だが。
どういう事かと言うと、まず【宮殿の薔薇】という冒険者パーティーは珍しい男女二人組で、共に剣士である。
男装の麗人と言うべき女性のオスクァルと、黒髪長髪の男性アンドォレ。
なぜか騎士団の礼服のような出で立ちで、共にレイピアを佩いている。ペアルックである。
この時点で「なぜそんな装備なのか」「なぜ斥候役がいないのか」など突っ込み所は多いが、一番の問題は『ほとんど全てのトラップにかかる』という点だった。
トラップは、斥候役の狩人を雇ってもいいし、情報屋で地図と一緒にトラップの情報も買うことが出来る。
いかようにも避ける手段はあるのに、なぜか【宮殿の薔薇】は引っ掛かる。
むしろわざとかと疑われるほどだが、モニターで様子を見る限り、真面目に探索した結果として運悪く引っ掛かるといった風に見えるのだ。
そして片方が引っ掛かると、もう片方が助けようと力を尽くす。
お互いの名を呼びながら、懸命に生きようとするのだ。モニターに映されている時点で死ぬわけはないのだが。
その姿にご婦人方は『愛の姿』を見て歓喜する。
下手な恋愛ものの演劇を見るよりも現実的な『愛』に心ときめくのだ。
しかし、ハンズとヒルトンや他の男性陣はどうでも良いとばかりに鼻を鳴らす。
どうせすぐトラップに掛かるんだろうから、さっさと他のパーティーを一番モニターに映してくれ、と。
そう思っていると案の定、アンドォレが落とし穴のトラップに引っ掛かり、オスクァルが腕一本で支えている光景が映された。
『オスクァァァァル!』
『アンドォレェェェェ!』
それを見てまたご婦人たちは歓声を上げる。
結局は「俺の手を放し、お前は先に行け」とばかりにアンドォレのみが落ちるのだが、すぐに復活室に送られるだろう。
打ちひしがれたように両手を床に付けていたオスクァルも、やがて歩き出したところで、モニターは別の冒険者へと切り替わった。
やっと茶番が終わったかと、冷めた表情のハンズとヒルトンは、ふと庭園後方の賭博屋台のオッズが気になった。
一番上位の【天馬の翼】から下へ下へとチェックする。
しかし五〇階層到達一番乗りのパーティーのオッズの中に【宮殿の薔薇】はなかった。
「だよな」
「だよ」
ちょっとホッとした二人は休憩時間の許す限り、観戦を続けるのだった。
おそらく他人の空似でしょうね(遠い目