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77:ビーツ、【奈落の祭壇】に到着する



「ええい!しくじったと言うのか!」



 どこかの貴族邸の一室、屋敷の主は飲んでいたワイングラスを投げつけ、並んだ家令と小太りの貴族に怒鳴り散らしていた。

 ハァハァと息を荒くしているのは興奮しているせいなのか、グラスを投げつけるという激しい運動にたるみ切った丸い肉体が悲鳴を上げたからなのかは分からない。



「山賊どもはどうした!いくらでも居るだろう!何人死のうがまだまだ居るはずだ!」


「はい。闇ギルドから繋がりのとれる山賊全てに声は掛けさせました。しかし相手がビーツ・ボーエンの馬車と分かると尻込みしたようで……話しに乗ったのは四組で全てだそうです」


「くそっ!山賊のくせに臆病とは何事だ!ザムエラ!お前のとこもだ!何が『暗殺ならお任せを』だ!何事もなかったようではないか!」


「も、申し訳ありませんフレイド様。確かに有能な組織であったのですが、その……」



 家令の老執事が淡々と報告し、小太りの貴族、ザムエラ男爵が怯えながら続いた。

 闇ギルドから渡りがつく山賊の数は十を越えた。しかし半数以上は標的がビーツと分かると即座に依頼を拒否。残った四組にかなりの大金を払うはめになったが、馬車への襲撃を何とか敢行させた。

 暗殺集団にしてもザムエラが抱え込んでいた虎の子の組織の他、ドムザ子爵からも戦力を借り受け、計二回の夜襲を慣行させた。


 結果は言わずもがなである。

 山賊は炭になり、暗殺者は死体も見つかっていない。



「くそっ!くそっ!くそっ!【三大妖】が居ようがあの小僧に一当てすれば終わるのだ!なぜそれが出来ん!ダンジョンを離れている今がチャンスなのだ!」



 フレイド侯爵はそう喚き散らす。

 忌々しい【魔獣の聖刀】で一番弱いのは召喚士であるビーツなのだ。強いのは従魔の一部のみ。本人はアダマンタイト級冒険者の中でも最弱なのだと、そう思っている。

 確かに正しい部分はある。が、フレイド侯爵の頭の中の妄想では都合よく弱体化されているのも否めない。

 もっともそれを侯爵自身は認めないし、家令にしてもザムエラ男爵にしてもそれが間違いだと言える状況ではない。



「ええい!帰り道だ!獣王国からの帰り道を狙え!今度はもっと大掛かりだ――」



 そこまで言いかけて、部屋の扉がノックされた。

 この状況で入室許可をとるなど、通常の侯爵家ではありえない。

 侯爵が話しを中断される事を嫌がると使用人の誰もが知っているのだ。

 なのにノックされた現状に、フレイド侯爵は怒鳴りながら「何だ!」と叫ぶと、使用人の男性が頭を下げたまま扉を開く。



「フ、フレイド様……ガストール軍務卿がお見えに……」


「んなっ!……ガストールだと!?なぜだ!いや、まさか……ええい!不在と言え!しばらく出掛けて留守にしているとな!」


「い、いえっ、居るのは分かっていると……。国の書状もお持ちで……」


「なんだと!ふざけるな!」



 フレイド侯爵がいくら怒鳴ろうが留守を偽ろうが、現状を打破する事はすでに出来ない状況であった。

 最速でビーツへの奇襲を行ったフレイド侯爵陣営であったが、最速であるが故に荒い部分もあった。

 すでに証拠も押さえてあり、ガストール軍務卿が直接乗り込むところまでも最速で行えたのだ。


 これはビーツが遠出するとした時点で、ビーツ本人への攻撃か【百鬼夜行】への攻撃か、何かしらあるだろうと動いていたのが幸いした。

 幾本も垂らした釣り針に最速で食らいついたのがフレイド侯爵であった。

 あとは最速で釣り上げるのみ。


 フレイド侯爵とザムエラ男爵はその場で捕らえられ、暗殺集団を貸したドムザ子爵は王城へ呼び出した上で事情聴取する事となった。





「おー、結構な断崖ですね!探索者の人たちはよく降りられるなぁ」



 辺境の森を数時間も進むと、森の切れ間が見えた。

 先にあったのは長さ数千メートル、幅五十メートルほどの断崖。谷の底までは十五メートルほどか。

 ビーツは覗き込むようにして【奈落の祭壇】の入口となる谷底の神殿遺跡を探した。



「入口はここからでは見えませんよ。少し行った先に降りやすい崖があります。行きましょう、ビーツ殿」


「了解です」



 サイモンに促されるままビーツたちは後に続く。ちなみにミラレースは一度通っただけで道を覚えておらず道案内は出来ない。森に入ってからずっとシュテンやタマモと並んで歩いていた。



「あー、ここ……ですか」



 降りやすい崖だと言われて来たものの、ロッククライミングの下りバージョンといった感じだ。

 しかも捕まる部分、足を掛ける部分の岩場が少ない。

 サイモンは先導するように器用に降りて行くが、見る限りビーツの一四〇センチほどの身長では届かなそうだ。

 そもそも若年冒険者が来ることなど想定していないので、仕方ないのかもしれないとビーツは素直に諦めた。



「シュテン、悪いけど抱えて飛んでくれる?」

「ハッ」



 オロチがビーツの影に潜り、シュテンがビーツをお姫様だっこすると、一五メートルほどの崖を階段でも下るように飛び降りた。タマモもそれに続く。

 着地音もなくスッと谷底に降り立ち、崖の上を見上げると、ミラレースたちが固まったままビーツたちを見下ろしていた。



「ありがと、シュテン。下ろしてくれる?」

「ハッ」

「ミラレースさんたちも飛び降りられそうなのになぁ」



 吸血鬼は獣人以上に膂力のある種族。だから崖を飛び降りる事など造作もないだろうとビーツは勘繰っていた。

 確かにやろうと思えば出来るだろう。

 しかしサイモンたちは元人間としての常識が残っており、ミラレースにしても高所からの飛び降りを常識として持っていない。吸血鬼の日常生活に膂力を最大限に使う事などないのだ。


 降りて来るミラレースたちを待つ間、ビーツは谷底を見回していた。

 上り下りの不便な崖、谷底の幅は一五メートル前後で平坦。

 あれほど森で出くわした魔物も谷底には居ない。

 うーんと唸りながら見回す。


 やがてミラレースたちが谷底に着くと、そこから少し歩く。

 崖となる横壁を抉るように窪んだ空間が見える。

 窪みに数本の廃れた装飾柱が並び、その奥にはまさしく古代の神殿の入口といった趣の石扉がある。

 扉は人が入れるほどの隙間が開いており、そこから中へ入るようだ。

 話しに出たように四百年前に逃げて来たヴェーネスたちが無理矢理こじ開けたのだろう。それを思うと、遺跡よりも扉を開けた経緯に歴史を感じてしまうビーツであった。



「ようこそ【奈落の祭壇】へ」

「お邪魔します」



 帰って来れた事に笑顔のミラレースに続き、ビーツが神殿内に入る。

 見回すと五メートル四方の暗く廃れた石造りの部屋に、下り階段のみがある。



「えっと、ここはもうダンジョン内なんですか?」

『そうです』

「わっ!ヴェーネス陛下!?」

『よくぞいらして下さいました、ビーツ殿。お待ちしておりました』



 ミラレースへの問いかけに答えたのは【奈落の祭壇】のダンジョンマスター、ヴァレンティア王国女王、ヴェーネス・ヴァレンティアだった。


 ヴェーネスがダンジョン機能によりダンジョン内に声を届けたのは四百年の経験で初めてであった。

 ミラレースからの報告でビーツが使っていたと聞き、試したところ即座に出来た。

 何の装置も必要なく、魔力も全く必要としない。まるでダンジョンマスターの基本能力とでも言うように使用出来たのだ。

 ダンジョンコアの知識で補完されていない基本ルールがある。ヴェーネスがそう考えるのに時間は掛からなかった。自分の知らないダンジョンマスター能力、抜け穴のようなまだ知らぬ力があるのでは、と。


 そういう意味でも今回のビーツ訪問に期待する部分はあった。

 細かい話し合いの中で、何かしらお互いにヒントのようなものが出るのでは?そう考えているのはビーツも同じである。


 何はともあれ来訪したからにはお迎えしようとヴェーネスは続ける。



『ではビーツ殿、転移しますので』


「あ、ちょっと待って下さい陛下!僕たちだけで普通に探索して下りたいんですけどダメですか?」


『…………えっ?』



 このままヴァレンティア王国に転移して貰う予定だったのだが……え?普通にダンジョン探索するの?ダンジョン制覇して管理層に来るの?

 予定外の事態にヴェーネスはしばし返答出来なかった。




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