74:ビーツ、山賊に襲われる
「この速さはすごいですね……」
「しかも全然揺れない……」
「この座席の柔らかさよ……」
ミラレースと劣化吸血鬼のサイモンらが感嘆している。
馬車は王都の西門を抜け街道に出ると徐々に速度を上げた。広めの道では他の馬車を追い抜く事もある。その度に御者や徒歩の旅人からギョッとした目で見られるのだが。
揺れに関しても馬車自体がダンジョン機能と鍛冶師モクレンの合作である。
いつか来るだろう遠出の機会に向けて以前から造っていたものだ。
当然のようにサスペンションやスタビライザーめいたものを取り付け、ベアリングのようなものも使っている。
車体に隠してはいるがエドワーズ王子当たりが見たら即座に王族用の馬車への導入を懇願するだろう。
そんな事を説明しても理解できるわけもないので、ビーツは適当に濁す。
「アハハ……。まぁサガリが優秀ですからね」
「この分だと予想以上に早く着けるのでは」
王都から獣王国の国境まで、大都市を一つ、街を四つ、村を五つ通るのが通常のルートである。
徒歩ならばおよそ二〇日掛かり、馬車ならば大きさや用途でも変わるが一五日程掛かる。飛ばせば一〇日で無理矢理行けるかもしれない。
ところがサガリの場合、速度が普通の馬車以上である上に、ほとんど休憩を必要としない。
五~七日くらいで着くのでは?そうビーツは思っていた。
「そ、そんなに早く!?」
「俺たちの旅路は何だったのか……」
サイモンたち劣化吸血鬼とビーツはだいぶ仲良くなっていた。
強制転移の際や会談の席ではヴェーネスとミラレースの手前全く喋らなかった彼らだが、ビーツと風呂を共にする事で普通に喋るようになったらしい。
村や街に宿泊せず全て野営とすれば、さらに早くなるかもしれない。
しかし野営は最低限にするつもりだ。
途中の村や街で宿泊する事で「ビーツがここに滞在してますよ」というアピールになるし、なるべく高級な宿に泊まり金を落としていく必要がある。これでもビーツは貴族なのだ。まぁ従者に一人も人間が居ないし、護衛役の冒険者は全員吸血鬼という人外貴族なのだが……。
途中で出くわすであろう魔物も現役アダマンタイト級冒険者としては、しっかりと倒し討伐証明部位を剥ぎ取りギルドに持ち込むべきなのだろうが、それも出来ないだろうと踏んでいる。
ミラレースたちがギルドに入る事は出来ないし、ビーツがシュテン・タマモを引き連れて行けば騒ぎになるのは目に見えている。
従って道中の魔物は最低限しか倒さない。あっても野営時の食料確保くらいか。他は文字通りサガリが蹴散らして終わりだ。
そうして村を一つ通過し、初日の宿泊をする為の街へと向かう途中だった。
『マスター、前方に多分山賊』
「おっ、数と距離は?」
『十人。このペースだと五分後』
いきなり独り言を始めたビーツにミラレースたちが怪訝な顔を向ける。
それに気付いたビーツが説明した。
「山賊ですか……。どうします?我々一応は護衛の冒険者でもあります。出ましょうか?」
「うーん、オロチ、近くに一般の人とか居る?」
『いない』
「じゃあ皆さんはこのままで。タマモ、お願いしていい?」
「もちろんでありんす」
「あ、リーダー格の人に誰からの依頼か聞かないといけないから、シュテンと協力してね。シュテンもいい?」
「了解でありんす」『ハッ!』
そう言うとタマモはスッと立ち上がり、馬車の扉を開け、何気ない動作で飛び出した。猛スピードで走る馬車から。
当然、ミラレースたちから声が上がる。自殺行為だと。
しかしすぐに思い直す。ああ、そう言えばタマモってナインテイルだったわ、と。災害級の魔物だったわ、と。どうも身近で人化された状態が続くと強大な魔物という意識が薄れる。
「……コホン……で、誰かからの依頼で山賊が襲ってくるのですか?」
「分からないです。ただの山賊かもしれませんし、どこかの貴族が山賊を動かしたのかもしれませんし、山賊のふりした誰かかもしれません」
「なるほど……」
「ミラレースさん、王都に着くまで山賊に会いました?」
「いえ、野営もしましたが山賊の襲撃はありませんでしたね」
「ですよね。まぁ徒歩の冒険者と違って、貴族の馬車だから狙われる要素は多いんですけど、それにしたって山賊自体少ないんですよ。特に王都周辺は」
「治安が良いと」
「その中で襲ってくるんだから、別の思惑があると思ったほうが自然です。と言うか王都の周辺に山賊が居たところで僕らの事とか知ってそうですし」
普通の山賊ならばビーツと【三大妖】に対して襲撃などしない。
山賊であろうと名は知られているだろうと、実際その通りなのだが、思っている。
だからこそ警戒させる意味で御者にシュテンを置いているというのもある。
そんな事を話しているうちにビーツに念話が入った。
ようやくオロチが指定した現場に到着するところだ。
『主殿、リーダー格の男を捕らえました』
『他の者は焼きましたえ』
『ご苦労様。サガリ聞こえる?少し進んだらゆっくり止まって。シュテンとタマモ、まず本当に山賊か、傭兵団とか騎士とかが変装してないか確認してくれる?それと誰かからの依頼なのか、自己判断で襲おうとしたのか。オロチは周囲の警戒ね』
『了解』『分かりんした』『ん』
そうして馬車が止まり、数分でタマモとシュテンが帰って来た。
今まで殲滅戦があったとは思えない気軽な乗車だ。
「えっ、山賊は?もう終わったのですか?」
「着いたばかりですよ?」
「ええ、もう終わりです。じゃあサガリ、出ようか」
「ブルル」
タマモが飛び降りて馬車が止まり、また帰ってくるまで五分少々しか経っていない。
それでもう終わったと言われても何が何だか……といった表情の吸血鬼たちを後目にビーツは確認を行う。
「で、山賊だったの?」
「山賊でありんした。見た目も匂いも言動も粗暴。あれは傭兵団や騎士ではありんせん。もしそうならよほど変装に手慣れた者共でありんしょう」
「へぇ。誰かの依頼とか?」
「ドミナークという男だそうでありんす。人間族の中年で初めて見る顔だったとか。前金で金払いが良かったと」
「人間の中年か……」
「次の街のスラムにある名もない酒場が取引に使われているらしいでありんす」
ミラレースたちはそんな会話を聞いても何が何だかという表情を変えない。
五分で山賊の元まで走り、殲滅させ、尋問してきたと言うのか。
それはさておきとビーツは念話でジョロに繋げる。
『――というわけだから、フェリクスさんかアレクくんに伝えてくれる?』
『了解です。今の時間でしたらアレクさんの方が良いでしょう。誰か飛ばします』
『うん、よろしく。また夜にでも報告するけど、そっちも何かあったら教えてね』
『かしこまりました』
念話を終え、ミラレースたちに顔を向ける。
「えっと、報告終えたんで今日は次の街で一泊ですね」
「えっ、襲撃を指示した者がその街に居るのでは?」
「捕縛するのですか?」
「寄らずに街を素通りしたほうが良いのでは……」
「ああ、予定は変えないですし、僕らが捕縛もしません。そんな事したら余計に目立っちゃうじゃないですか」
「そ、そうですか……」
報告だけしてあとは国に任せると言う。
普通に街に行き、普通に宿に泊まると。
それを聞いた吸血鬼の思いは同じだった。
(((((目立たない努力をしてるつもりなのか!)))))
スレイプニルの曳く巨大馬車でオーガを御者にしているのに何を言っているのか。心の中で突っ込むのみであった。
タイトル詐欺だった。
× 山賊に襲われる
○ 山賊に襲われそうになる(山賊延焼)




