73:ビーツ、旅に出る
00話に前章終了時、72話までの登場人物紹介を更新しました。
『マスター、五分後に一二人』
「また?多いなぁ」
影に潜むオロチからの忠告に、ビーツは頭を掻いて答えた。
ガタゴトと鳴る馬車の中、隣に座るミラレースが問いかける。
「ビーツ殿、どうされました?」
「五分後にまた奇襲だそうです。今度は一二人」
「山賊ですか?」
「どうでしょう?」
「……我々も出ましょうか?」
馬車は林にほど近い街道を走っている。見晴らしは決して良くない。
次の街までは距離がある。
何度も足止めを食らうわけにもいかない。
少しでも力になろうとミラレースと劣化吸血鬼の四名はやる気を見せた。が……
「問題ないですよ」
そう言って逆隣に座る狐の魔物を見た。
♦
ヴェーネスやミラレースへのダンジョン案内を終えてから七日が経った。
この間、エドワーズ王子との会談の場が持たれ、ミラレースと水晶越しのヴェーネスが立ち会った。
その席では互いの不可侵条約が結ばれた。これは王国の国璽が押された正式な文書である。
サレムキングダム王国としては害を為さない限り吸血鬼を不当に扱う真似をしないという文言。
そしてヴァレンティア王国としてはサレムキングダムに害を為さないという文言が記され、調印となった。
もちろん細かい所では吸血鬼をヴェーネス・ヴァレンティアの眷属限定としたり、【奈落の祭壇】の挑んだ王国出身の冒険者に対する処遇など、様々な打ち合わせの上での正式文書となる。
吸血鬼という存在が公になっていない現状でこの文書がどれだけの効力を発揮するかは未知数だが、ヴェーネスにとって吸血鬼の安全を保障する一助になったのは間違いない。
王国としても吸血鬼の存在に怯える必要がないというのは大きい。
これで吸血鬼絡みの事件が起きようものならば、そしてそれがヴェーネスの眷属によるものならば、それこそ【百鬼夜行】の力で【奈落の祭壇】ごと潰せば良いのだから。
ともかくそうした外交を終え、その日はビーツが【奈落の祭壇】へと出発する日である。
「じゃあ行くけど、ジョロ、マモリ、ヌラさん、頼んだよ」
「かしこまりました」「おう!」「ふぉふぉふぉお任せを」
「報告はするけど、何かあったら念話でね」
屋敷の入口で、幹部の三体にそう声を掛ける。
まだ露店の営業も始まっていない時間帯、モニターも映らず庭園に人は居ない。
少ない冒険者たちが大通りから柵門へ向かう中、ビーツはスレイプニルのサガリを召喚する。
六本足の巨大馬に繋がれていたのは十人ほど乗れそうな大きな馬車だった。
王族用より立派だと問題になる為、装飾と色合いは地味にしており、但しビーツという″貴族″が乗るものなので家を現す紋章のレリーフが入っている。
鞭と手斧、アラビア数字の『100』が組み合わさったものだ。当然この世界の数字ではないし、デザインしたのはクローディアである。
それを見た冒険者たちが一様に驚く。
「じゃあみんな乗って。案内人の人たちからね。シュテンは御者よろしく」
その声に五人の冒険者が馬車へと入る。
この五人はミラレースと劣化吸血鬼の四人だ。
途中の街などにも寄る為、五人を隠し続けるのは不可能と判断したビーツだったが、単純に「護衛と道案内を兼ねて冒険者を雇いました」と言っても「あいつら誰なんだよ」と噂になるのは間違いない。
そこでダンジョン機能を使い、変装用魔道具を作成した。これにより髪色・瞳色・顔立ちが若干変わる。いくらでも犯罪に使えそうな道具である為、ビーツは公にするつもりはなく今回のみで封印するつもりである。
尚、ヴェーネスに造れずビーツに造れたのは、前世での髪の染色・カラーコンタクト・整形技術をイメージした為と思われる。
ミラレースたちに続き、ビーツとタマモが入る。シュテンは御者席だ。
サガリは御者など居なくても走ってくれるが、御者が居ない馬車など他に存在しない為、シュテンが一応手綱を握っている。
馬車の中は広く、左右に横並びで四人ずつ座れるようになっている。それ以外にも後方に荷物を色々と載せている。
片側の四人席にサイモンたち劣化吸血鬼の四人が座り、逆側に前からタマモ・ビーツ・ミラレースが座った。タマモの尻尾のボリュームがありすぎて四人座れないのだ。ビーツの方にまではみ出している為、ビーツは尻尾をクッション代わりにしている。尚、オロチとクラビーはいつも通り影と服の中だ。
そして馬車はゆっくりと【百鬼夜行】の敷地を出る。
馬車が大きすぎて柵門の幅もギリギリだ。
門番である衛兵が簡礼で送り、ビーツは窓から手を出して答えた。
そのまま大通りに出ると朝早くから道行く人の目に留まる。
「えっ!サガリとシュテン!?」
「じゃあ中に居るのはビーツか!」
「なんだあの馬車!でけえ!」
「なんか遠出するって聞いたな、そういえば」
「あれだろ?【奈落の祭壇】」
「そうそう、獣王国のやつだ!」
これでも見物人は少ない方なのだが、それでも王都の大通り沿いは人が多い。
しかしこうして大っぴらに王都を出るというのはエドワーズ王子からの要請でもあった。
「なるべく多くの目に触れるように出掛けて欲しい」と。
これは「ビーツは王都を出ましたよ」と多くの人に意識させる為である。
今、王都にビーツと【三大妖】が居ない。それを周知させる事で何が起こるのか、という実験めいたものでもある。
サガリはゆっくりと歩き、西門の馬車口から出る。
ビーツは衛兵に行ってきますと挨拶し、衛兵は簡礼で答えた。
♦
ビーツが去った【百鬼夜行】。
幹部の三人は見送りが終わると管理層に戻った。
「じゃあ緊急時の階層操作や強制転移はジョロに頼めば良いかのう」
「ええ、一時的に権限は預かっていますので」
「……おぬし、この期に蜘蛛の階層増やそうとかなしじゃからな?」
「………………するわけないですよ」
「おいっ!なんじゃその間は!」「ふぉふぉふぉ」




