70:【百鬼夜行】のダンジョンボス
「――と、こんな感じでうちは全フロアにボスを配置しています。ボス戦に勝つと、下層への階段が開く仕組みです。で、下りた先は安全地帯。これは各層共通です」
正面モニターに各層の様子を映し出しながら、ビーツは説明を行う。
基本のダンジョン構成は【奈落の祭壇】も変わらないので、特色のある部分のみだ。
「あとなるべく様々なシチュエーションの層を用意しています。普通のダンジョン壁の迷宮とか、平原、森、海、火山とか……それに合わせて魔物の種類もなるべく多くしています」
『そうなると、より魔力コストが掛かるのではないですか?階層の種類や魔物の種類を限定した方が魔力は掛からないと思いますが』
「そうですね。でも冒険者の人たちに学んでもらう、楽しんでもらうのが第一ですから。どんな場所でどんな魔物とどう戦うのか。試行錯誤してもらえればなーと」
『……【百鬼夜行】の基本理念ですね』
要所要所でヴェーネスやミラレースから質問が入る。
やはりダンジョンに対する基本的な姿勢が異なる為、気になる点が多い。
殺す為のダンジョンと生かす為のダンジョンでは大分違うようだ。
『……一つの森で木々や採取アイテムの種類が多いですね。これだけ配置するのはさぞ大変でしたでしょう。草やキノコ、木の実も種類が多いです』
「あー、実は最初に大雑把に配置しただけで、あとはドリアードのコダマに任せているんです。ダンジョン機能で管理しているわけじゃなく、自然の植生らしいです」
『えっ、では自然とこんなに複雑な森が出来上がったと?』
「ですね。まぁドリアードの能力かもしれませんけど、少なくとも僕が『この木はこの種類にして、こっちは別の種類』『ここに〇〇草を生やして、ここには〇〇茸』とかやったわけじゃありません。自然と繁殖してお互いに干渉しない植生っていうのがあるらしいです」
『なんと……』
【百鬼夜行】の植生を一括管理しているのがコダマである。もちろん他の従魔に協力してもらったり、部分的にビーツに頼んでダンジョン機能から植樹してもらったりという事はあるが、根付かせて育てるのはコダマの役目だ。これも魔力節約の一つと言える。
他にも、海の生態系や海流、潮の満ち引きに関してはスキュラクイーンの【コロモ】に一任しているし、雪山の生態系や地形構成はフェンリルのカジガカに任せている。アンデッド関係はまとめてエルダーリッチのヌラだ。
このようにビーツはなるべく専門家たる従魔に任せているとヴェーネスに伝えた。
話しを聞いたヴェーネスは自分一人でダンジョンを管理している現状が果たして良いものなのかと今後さらに悩む事になる。
ヴェーネスの後ろで聞いていた幹部三人やミラレースにしてもそれは同じだ。
今までヴェーネス一人にダンジョン管理をさせていた。それは【眷属】たる【吸血鬼】として正しいのか。【始祖】の命令には絶対従順であったものの、結果【始祖】に負担を強いていただけなのではと。
それは今後の協議の中で少しずつ変わっていくのだろう。
考えるのは後だとでも言うようにヴェーネスの質問は続く。
『ダンジョンの″隔離不可″は【百鬼夜行】も同じですよね?』
「はい。基本ルールですからね。さすがに弄れません」
ダンジョン設営において必ず守らなければならない基本ルールというものがある。
一つ、ダンジョンの入口は一か所
一つ、全ての階層・部屋は繋がなくてはならない
一つ、ダンジョンコアを設置しなくてはならない
他にもあるが、ダンジョンマスターはこのようなルールに従ってダンジョン作成を行う必要があるのだ。
ヴェーネスの言う″隔離不可″は二番目のルールの事を言っている。
『では地下一〇〇階層からこの管理層まではどのようにしていますか?』
【奈落の祭壇】は吸血鬼保護の為のダンジョンである。
地下三〇階層でダンジョンボスを撃破されても、ヴァレンティア王国に乗り込ませない為に三一階層へと降りる階段は巧妙に隠されている。
本当ならば三一階層を完全に隔離したかったがルールにより出来ず、″隠し階段″″隠し通路″とするのが精一杯だったのだ。
隠し階段や隠し通路で塞がれていても、それは″繋がっている″とダンジョンには判断されるらしい。それはヴェーネスが発見したダンジョンルールの穴でもあった。
その為、【奈落の祭壇】には他に″隠し通路″等のトリック系の罠は配置していない。
二九階層まで全くない″隠し通路″″隠し階段″がまさか三〇階層にあるとは思わないだろうというヴェーネスの作戦である。
この【百鬼夜行】もダンジョンコアの元へ来させない為、管理層に来させない為にそういった工夫がされているだろうとヴェーネスは思ったわけだが……。
「えっと、実はダンジョンボスを倒せば普通に管理層への階段が出現します」
『えっ!だ、大丈夫なのですか!?』
「うーん、実際に見てもらった方がいいですかね。アカハチ、一〇〇階を映して」
「承知した」
画面に一〇〇階層が映し出される。
ダンジョン壁で囲われた何もない四角い広間。いわゆる『石の広間』。その中央部にある小さな祠の扉が入口だ。九九階層から降りて安全地帯の部屋を抜けると、この扉から出て来る。
魔物の姿は一体もない。
広い空間の正面には巨大な金属製の扉が見える。
扉には竜の姿が装飾され、その中央部、人の目の高さには三つの円形の穴がある。
まるで直径五センチほどの何かをはめ込めと言わんばかりの穴だ。
「あー懐かしいわね」
ビーツの横でクローディアがそう言った。
隣に居たミラレースが「ビーツ殿と一緒に造られたのですか?」と聞く。
クローディアは頭を横に振りながらこう続けた。
「ダンジョンオープン前に実際に探索して不具合がないか試そうって話しになってね、【魔獣の聖刀】で潜ってみたのよ。で、その時にここまで来たの」
「えっ!現在の最高到達地点でも五〇階層と聞きましたが……一〇〇階層まで来られたのですか!?」
「私たちはオープン前だから参考記録ってとこね。魔物の種類も罠も今と違うし、従魔戦もしてないし。ビーツが探索者側に回ってたから魔物も従魔も本気で来ないのよ」
「なるほど……しかしそれでも一〇〇階層まで来られたのはすごいです。情報を集めた限り、我々五人が本気で攻略を挑んでも、五〇階層には追いつくでしょうが……ここでモニターを見た限り一〇〇階層まで来れるとは思えません」
「でも一〇〇階層まで来て断念したわ。突破は不可能ってね」
「『!!』」
クローディアの言葉にミラレースだけでなく、聞いていたヴェーネスたちも驚いた。
ダンジョンマスター・ビーツを含む英雄パーティーの四人が九九階層まで突破したのに一〇〇階層は不可能だと断じる。
その言葉の真意について、ビーツがクローディアから引き受けた。
「えっと、モニターの視線を正面の″竜の扉″から右側に回します。で、また大扉が見えますよね。ここは″蛇″の装飾がされている″蛇の扉″です。同じように入口の祠から正面に″竜″、右に″蛇″、後ろに″鬼″、左に″狐″の扉があるんです」
『これは……!』
もうビーツが何を言いたいのか分かった。
英雄パーティーが突破不可能だと断じるわけだ。
「要は【三大妖】を倒して従魔メダルを集めないと″竜の扉″は開かないというわけです」
『ビーツ殿、それはつまり【三大妖】がダンジョンボスではないと……?』
ビーツや【百鬼夜行】の事を調べれば調べるほど、知れば知るほど、百体の従魔の存在感が増す。中でもその代表格が【三大妖】であり、強さや人気は言わずもがな【百鬼夜行】の象徴的存在とも言える。
観客や冒険者、ミラレースたちも当然思っている。
【三大妖】が従魔内最強だと。
この超高難易度ダンジョン【百鬼夜行】のダンジョンボスは【三大妖】以外ありえないと。
それを否定したのは他の誰でもない【三大妖】たるタマモとシュテンだった。
「わっちらは別に最強ではありんせん」
「ああ、軍団長の座には居るが、上には上が居るという事だ」
実際、幹部クラスの強さは他の従魔と隔絶している。
しかし相性の問題がある。例えばシュテンとタマモが戦えばシュテンが勝ち、タマモとオロチが戦えばタマモが勝つ。シュテンとオロチならばオロチが勝つだろう。
三すくみの状態ではあるがそれは得意な戦い方が違うという事で、三体が一つのパーティーとして組めば誰にも負けない自信はある。それでも個人で最強とは三体とも思っていない。
ヴェーネスたちは言葉をなくしたまま、ビーツの話しを聞く。
「じゃあ″竜の扉″の中をモニターに映しますね」
食い入るように巨大モニターの中央を見つめる。
そして目にした。
圧倒的に広いボス部屋の中央に横たわる巨体。
淡い緑の体毛と白い鱗に覆われた畏怖の象徴。
『ド、ドラゴン……!』
「エンシェントドラゴンのオオタケマル。【百鬼夜行】のダンジョンボスです」
『エ、エンシェント……!?』
■百鬼夜行従魔辞典
■従魔No.55 コロモ
種族:スキュラクイーン
所属:鬼軍
名前の元ネタ:衣蛸
備考:ダンジョンの海を統べる女王。
性格も女王女王している。ヴェーネスの数倍女王女王している。
階層一つをまるごと王国にしており他階層の海エリアも統治している。
右腕はマーメイドバルキリーの【イソメ】。
【アヤカシ】は子供扱い。




