63:とある始祖吸血鬼の明けない夜
その後、ミラレースらは五日間に渡り王都の店々を回り、【百鬼夜行】とビーツ・ボーエンの情報を集めた。
それはこれまで各地で集めた情報の答え合わせのようでもあったが、より詳細な情報も新たに入手し、その精査も行った。
結果として見えて来たのはビーツ・ボーエンという希代の召喚士兼英雄が異端な考えのもと異端な事をしているという事実。″真実味が極端に薄い、確かな真実″という矛盾した結論である。
調べれば調べるほど疑いたくなるが、辿り着く答えは「おそらく真実なのだろう」と己の常識や価値観をひっくり返さなければ認められないものだった。
そして満を持して【百鬼夜行】の庭園にて現地での情報収集とモニター観戦を行った。
劣化吸血鬼を二名、庭園に向かわせ任務に当たらせた。残りの二名を近くのカフェテラスのような場所で見張らせる。モニターは見えないが庭園は覗けるというその店から、庭園の二人に何かあればそれに気付けるよう配置した。
結果、何事もなく情報が集まる。
モニターを間近で見る事自体もそうだが、それに映るダンジョン内の様子。庭園に向かう途中で売られている地図などのダンジョン情報。どのように探索が進み、どのような宝や魔物が出るかといった情報も入手できた。
そして常連観戦者に聞き込みして分かったのは一日当たり約二千人、約四百のパーティーが最低でも探索しているという驚愕の事実であった。多い時は三千人近くにもなると言う。これには「さすがに誇張ではないか」と勘繰ったが、別の人間に聞いても同じような事を言っていた。
『三千……!それは……いえ、それだけの人数に【不死】と【転移】を設定するとなればやはり赤字は膨大なはずです』
「はい。私もそう思い、何度か確認を行い、実際に屋敷に入る冒険者たちを数えてみました。二の鐘から三の鐘(九時から十二時)までの間に千人を超えました。一日二千から三千というのは信憑性が高いと思われます」
『……そうですか。やはりダンジョンの管理方法が根本的に異なるとしか思えません。もしくは【不死】【転移】の設定方法が私の考えているものと違うのか……』
【奈落の祭壇】は世界的にも有名なダンジョンであるが、立地や難易度の関係もあり、どんなに多くても一日に十~二十パーティーがいい所である。
それを考えると【百鬼夜行】の探索者人数がいかに馬鹿げた数字か、実際にダンジョン経営しているヴェーネス達だからこそ良く分かった。
『明日は実際にダンジョンに入るとの事でしたね。ダンジョンカードの発行には魔力登録が必要と聞きましたが、種族が判明するという事は……』
「問題ないと思われます。これも冒険者たちに聞きましたがカードに種族の記載もなく、手続きも簡易的な魔力登録のようです」
『貴女も赴く事になるのでしょう?くれぐれも注意を払って下さい。万一の時は逃げ道を確保するように』
「はい。それに際してですが、モニター撮影権を許可にしようと思います。低層の探索がモニターに映る事はなさそうですし、ほとんどの冒険者が許可している中、不許可にすれば目立つかと」
『なるほど。それは貴女の判断に任せます。であるならば実際に【不死】と【転移】を体験してもらえますか?もちろん劣化吸血鬼を使ってで構いません。こちらで設定した場合との差異があるかもしれませんので』
「分かりました」
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報告の五分間が瞬く間に終わると、ヴェーネスは大きく息を吐いた。
毎日行われる報告では、こちらを驚かせる内容が次から次へと出て来る。精神衛生上よろしくない。ダンジョンマスターであるヴェーネスが胃を痛める事はないが、精神的に疲労する。
自室に備え付けのティーセットで自ら紅茶を淹れる。
数少ない吸血鬼を小間使いにするわけにもいかず、劣化吸血鬼を始祖吸血鬼の傍に侍らせるわけにもいかないので、自分で出来る事は極力自分でやるというのがヴェーネスの考えであった。
熱い紅茶を一口飲み、気持ちを落ち着かせて報告内容を改めて考える。
(探索人数は驚きました。王都の中心というのもあるのでしょうが、それにしても多すぎます)
それは単純に嫉妬である。
それだけの人数が【奈落の祭壇】へと入れば、どれだけ魔力が溜まる事か。
今まで他のダンジョンの入場者数など気にした事もなかったが、もしかしたら他のダンジョンはどこも多いのでは?【奈落の祭壇】が極端に少ないのでは?と管理者として考える。
調べもせず答えなど出るわけもないし、出たところで何が出来るわけでもないのだが。魔力に余裕もないし。
(それよりもモニターですね。聞く限りでは、私がダンジョンマスターの能力で見る物と同じ……。それを他者にも見せるようにしている?出来るのでしょうか?それが出来れば円卓の間での会議もスムーズにいくのでは……)
ダンジョン内の全てを見聞き出来るダンジョンマスターの能力。
それをヴェーネスは秘奥の間でダンジョンコアに触れながら行っている。
見聞きする事自体はコアに触れる必要はない。ただ管理者がヴェーネス一人の為、罠や魔物の配置、いざという時の階層変更や階層追加など、見聞きすると同時に様々な作業が発生する恐れがある。それを円滑にする為にコアに触れているに過ぎない。
もし他の吸血鬼に監視を託せるのであれば、ヴェーネスの負担は減る。
しかし女王であり唯一の始祖吸血鬼としては管理を任せる事はしないだろう。ヴェーネスは楽する事を良しとしない。女王だからこそ率先して働く。だからこそ導ける、そう考える。
(明日は実際にダンジョン探索ですか……。何事もなければ良いのですが……)
ミラレースの身を案じる事しか出来ない自分が恨めしい。
女王の命として向かわせているのだから猶更だ。
窓の外には暗闇の中の家々が見える。
小さな王国。それが彼女にとっての全て。真紅の瞳は眩し気に夜を見回していた。
そして明日の報告を不安に思い、明けない夜を越える。
かくして不安は的中した。
翌日、いつもより早すぎる報告の知らせに通信の水晶を覗く。
『申し訳ありません……。バレました……』
はぁ!?
 




