61:とある二組の秘密相談
地上部の屋敷二階に転移したビーツは、自身の魔力探知によってフェリクスとデイドがすでに来訪している事に気付いた。
そのまま普段使っている応接室へと入り、扉を開け、しばらく待つ。フェリクスたちの魔力が入室した事を確認すると扉を閉じた。
そこで何もない空間から徐々にデイドに跨ったフェリクスの姿が露わになった。マンティコアの固有魔法『インビジブル』による透明化の解除、そしてフェリクスの『ミラージュ』も解除された。
彼らはこの二つの魔法で姿と気配を消した密偵活動を日常としている。
今回も隠密モードで柵門から入り、屋敷に入り、冒険者たちの上を飛び越し、大階段で警備していたカマッチに軽く挨拶し二階へとやって来た。魔力を察知したカマッチ以外に気付いたものは居ない。
「ガウ」
「デイド~、おーよしよしよし」
「だから懐きすぎだっつーの。毎度、従魔盗られそうで怖いんだが」
とりあえずわしゃわしゃと撫でまわすビーツ。デイドの蛇の尻尾が機嫌良さそうに靡いている。
ちなみに他人の従魔と契約する事など出来ない。召喚士が死んで召喚契約が破棄されれば別だが、すでに百体を従魔にしているビーツがこれ以上増やせるのかは不明だ。
一通り挨拶が済んだところでビーツとオロチが並んでソファーに座り、対面にはフェリクス。良いタイミングでホーキが紅茶を給仕し、そして本題だ。
「このタイミングで来たって事は、あの五人組ですか?」
「おっ、やっぱ知ってたか。デイドがオロチなら気付いているかもって言うからさ」
「ん。私が気付いたのはたまたま外に居たから。管理層とかだったら分からなかった」
「デイドもよく気付いたね」
「ガウ」
「それもたまたまだってさ。俺たちは丁度西側を飛んでたからな」
オロチとデイドが謙遜するが、そもそも違和感を捉えるのが難しすぎるレベルである。
並みの斥候系魔物でも無理であり、この二体の探知能力・索敵能力が図抜けている事をビーツもフェリクスも感じていた。
「で、何なんだ、あの五人。俺にもデイドにもよく分からないんだが」
「吸血鬼らしいですよ」
「はあっ!?マジで!?」
「ええ、ヌラさんに聞きました」
ビーツはヌラに聞いた事をフェリクスに説明した。
フェリクスも吸血鬼の事は御伽話のレベルでしか知らず、最初は半信半疑であったが、実際に吸血鬼を見た事があるヌラの話しであれば納得せざるを得ない。
「うーん……王都に来た目的が人間への復讐とかだったらヤバイな。迫害されて全滅させられたんだろ?まぁ結局は全滅じゃなかったんだろうけど」
「ですね。吸血されるとマズイですから、今はチョーカに見張ってもらってます。動くとすればやっぱ夜なんでしょうけど」
「でもさ、吸血して眷属を増やすんなら別に王都じゃなくて良くねーか?」
「そうですね。村とか街で失踪してる人がいるか確認したほうがいいかも……いや、集団失踪じゃないと無理か」
村や街で失踪者が一人二人出たところで詳しい捜査までは行われないだろう。
何せ魔物が蔓延り死が身近にある世界なのだから。
前世のように一人の失踪者に対して警察(衛兵)が動くとはビーツには考えられなかった。それこそ村ごと住人が居なくなるとかでなければ……。
「一応、陛下には伝えておくよ。他の目的とすりゃあ……やっぱ【百鬼夜行】か?」
「本当に冒険者として探索に、って事ですか?」
「ありえない話しじゃないぜ?実際に他国とかで普通に人間に混じって冒険者活動しているって可能性もある。冒険者だったらここに来たがるだろうし」
「だったら良いんですけどね。……でもそうした場合、撮影権を拒否しそうな気がするんですけど」
吸血鬼である事を隠すのであれば、撮影権は拒否するだろう。モニターで観衆の目に晒されるわけだし、気付かれる可能性が高まる。
しかしそうなると死を前提にダンジョンに挑む事になり、それだったら別に【百鬼夜行】じゃない別のダンジョンでいいのでは?とビーツは思う。
実際にはオロチとデイドによってすでにバレているわけだが、そんな能力を持つ従魔の事など知る由もない。本人たちが吸血鬼である事をもし隠しているのならば、まだバレていないと考えるはずだ。
「あとは、特定の誰かを狙った暗殺集団とか?」
「王国を経由して神聖国に向かうつもりとか?」
「まー色々と考えられるな。俺は陛下と相談してから張り付くことになりそうだけど、そっちもそっちで頼めるか?チョーカ以外にも張れるヤツって居たっけ?」
「大丈夫です。三交代くらいで見張るつもりです」
「助かるぜ。俺もずっと見張るわけにもいかないからな」
結局、彼らが何のために王都に来たのか分からなければ動く事が出来ないという結論になった。吸血鬼だし怪しいから捕らえようとは言えないのだ。
帝国ならばそうしたかもしれないが、ここは王国である。
ビーツとしても国に判断を仰ぎたい所であったので、フェリクスが報告してくれるのを待ち、結論が出るまでは見張るだけにするつもりだ。
そうして忙しなく話し合いは終わり、フェリクスは王城へと直行した。
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ミラレースたちがとった宿屋は中級冒険者の利用が多い中でも比較的高価なところであった。そして王都中央から少し離れたところ。
王都の中央には目的であるダンジョン【百鬼夜行】があるが、すぐ向かいには冒険者ギルドもある。
偽りの冒険者である彼らは拠点変更登録などするわけにもいかず、ギルドに立ち寄ることは出来ないので近寄りたくはない。
【百鬼夜行】には近寄りたいが、ギルドには近寄りたくないという中途半端な距離の宿となったわけだ。
王都に着いたばかりの今日は疲れを癒す為に情報収集には赴かず、明日以降どう動くかを五人で確認した後、ミラレースは一人部屋に籠った。
硬めのベッドに腰を下ろし、ふぅと息を吐く。
念の為窓から周囲を見渡し、見張られていないか気配を探る。そして木窓を完全に締め切り、部屋が真っ暗になったところで、荷物から水晶玉のような魔道具を取り出した。
水晶に手を触れ、魔力を流す。
「……ヴェーネス様、ミラレースで御座います」
『ご苦労様。王都には着きましたか?』
「はい――」
通信の魔道具。いわゆるテレビ電話のようなものだが、世間一般で使われているものではない。
普通の通信手段とは、鳥や人手による手紙の配達であり、それ以外には召喚士と従魔による念話くらいしかない。
もっともレレリアやアレクならば何かしらの魔道具が作れそうではあるが、それは一般的とは言わないのだ。
この通信水晶もヴェーネスが今回の任務の為にダンジョン機能を用いて製作したものだった。
これ一つ作るのに、階層一つ分くらいの魔力を使った。ヴァレンティア王国からすればアダマンタイトよりも高価な代物と言える。
ヴェーネス側から発信もできず、距離が離れるほどに消費魔力も増え、決して魔力が多くない吸血鬼のミラレースが使用する事を考えれば、王都からの通信は五分ほどしか持たないだろう。
そう思ったミラレースとヴェーネスは労いもそこそこに報告を開始した。
「――というわけで王都におけるダンジョン【百鬼夜行】の浸透と賑わいを感じております」
『なるほど、想像以上ですね。よほど危険度を低くし、ビーツ・ボーエンが信頼されていなければ無理でしょう』
「とりあえず明日からは周囲への聞き込みを開始するつもりです」
『分かりました。くれぐれも警戒を怠らないよう。貴女の代えなどおりませんので』
「はっ!」
代えなどないというヴェーネスの言葉にミラレースは内心歓喜した。
それは個人として大切に思っているというのも本当なのだが、実際問題、これから先、吸血鬼が増える要素が少なすぎるのだ。
他種族を眷属化したところで劣化吸血鬼にしかならず、純血の吸血鬼となるには同種での交配が必要。
しかし【奈落の祭壇】に逃げ延びた吸血鬼は数が少なく、増やそうにも近親の血が濃くなるばかりで限界がある。
始祖吸血鬼のヴェーネスに至ってはダンジョンマスターとなった影響である意味他種族の半神半人のようなものであり子孫は望めない。
だからこそ吸血鬼の数を確保する為に、そしてこれ以上減らさない為にダンジョン機能により【不老】設定をしているのだ。
そんな一人であるミラレースを危険な遠征へと送り出したのは、幹部の吸血鬼が実際に目にしなければならない程、今回の任務が国にとって重要であるというのが一つ。
もう一つが、いざという時にヴェーネスの代理をする必要がある為である。
今回の王都での調査は、段階を踏んで調べる事になっている。
まずは、王都内で酒場や食堂、店を回り、それとなく【百鬼夜行】の聞き込みを行う。その内容と量から信憑性を高めるのが狙いだ。
次に庭園のモニターでダンジョン内の様子を調べる。ここから難易度が高くなる。他のダンジョンに乗り込むのと変わらないのだから。ビーツ・ボーエンと冒険者ギルドの御膝元でもある。
それで問題なければ次の段階。冒険者として実際にダンジョン探索を行う。これはさらに危険な上に現状でも様々な問題が浮かび上がる。検討を重ねなければなるまい。
最後にダンジョンマスター、ビーツ・ボーエンと接触する。これは出来れば直にダンジョン運営について話したいというヴェーネスの願望も入っているが、吸血鬼である事や【奈落の祭壇】の管理者である事を隠したままというのは無理だろうと考えられる。
言わば最後の手段であり、達成せずとも問題ないという困難目標である。
何にしても重要なのは【百鬼夜行】の調査をミラレースが生きたまま終えるという事であり、その危険を少なくする為にミラレースは出来るだけ身を隠し、劣化吸血鬼に調査させ、危険を感じれば即座に逃亡できる状態を確保する必要がある。
吸血鬼とバレた途端に殺されるという事もありえるのだから。
ミラレースは明日以降の調査に内心で意気込みを入れ、夜だというのにベッドに横になった。




