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王都ダンジョン【百鬼夜行】へようこそ!  作者: 藤原キリオ
第五章 焦燥のヴァレンティア
59/170

58:とある吸血鬼たちの旅立ち



「皆、腕輪は着けたわね?」


『ハッ!』


「では行きましょうか」


『ハッ!』



 【奈落の祭壇】からヴァレンティア王国の視察団が出立した。名目は視察団だが実際は″隠密団″という方がそれらしい事は自分たちが一番よく分かっている。人に紛れ、隠れてダンジョン【百鬼夜行】を調べ上げるというのが主目的である。


 メンバーは五人。吸血鬼である王国幹部の女性【ミラレース】と冒険者を隷属化し劣化吸血鬼となった男性が四名。

 劣化吸血鬼の彼らは地上の情報収集の為に近隣の村や街に行く事がある。時に流れの冒険者、時に行商人としてダンジョン産の物品を売り、食料などを買い込む為に。従って今回の視察――隣国の王都への遠征に際して、真っ先に名の上がった者たちだ。

 他の劣化吸血鬼もそうだが、吸血鬼たちもダンジョンの外には出たことがない。

 それは約四百年前の迫害を身をもって知っているから。いくら吸血鬼が強いと言っても数の暴力には勝てない。地上の他種族の怖さ。弱さ故の恐ろしさを知っている。

 

 ミラレースもその一人だ。

 彼女が今回、ダンジョンを出て遠く王国まで行くというのは非常に大きな挑戦でもあった。

 使命感で無理やり″地上″というトラウマを克服させる。一大決心であり、それほどまでに【百鬼夜行】の調査というものが今のヴァレンティア王国にとって、そして始祖吸血鬼ヴェーネスにとって重要だという事をミラレースは理解していた。



「ミラレース様、谷底から上がります。足元お気を付け下さい」


「私の事はミラと呼び捨てになさい」


「い、いえ、しかし……」


「我々は人間の冒険者です。同じパーティーで敬語や様付けは不自然でしょう。以後、任務中は敬語を禁止とします」


「分かり……分かった」



 吸血鬼という種族は絶対的なカーストが本能レベルで染みついている。始祖>吸血鬼>劣化という隷属社会とも言える。

 上位の命令は絶対であり、自身は上位の為に存在するという崇拝に近い自己犠牲精神を持つ。

 これは元人間であっても劣化吸血鬼となった瞬間から支配される感情であり、過去の他種族が恐れた一因でもある。


 ミラレースたちは冒険者パーティーと偽っている。

 本来ならば五人全員が日光対策としてフードを被ったり鍔広の帽子を被ったり手先から足先まで露出しない恰好が望ましいが、そんな五人組が居れば目立つ事間違いない。

 従って、劣化吸血鬼の四人が剣士や拳闘士といった人間の頃の恰好をし、唯一、ミラレースのみがフードを被り魔法使いのふりをしている。吸血鬼の特性上、魔法よりも膂力を駆使した肉弾戦の方が得意なのだが、吸血鬼であるミラレースが一番日光に弱いので仕方ない。


 吸血鬼の血が濃くなればなるほど、上位になればなるほど、日光や銀といったものが弱点として大きくなる。

 劣化吸血鬼では日光に当たると火傷のような症状と、動きが緩慢になる。吸血鬼は身体が徐々に霧散していく。始祖に至っては即消滅だ。

 その対策としているのが彼女らが着けているダンジョンで生成された腕輪である。

 ヴェーネスが苦労の末に作り上げたもので、一つ作るのにもかなりのダンジョン魔力を必要とした。普段は地上偵察の劣化吸血鬼に支給しているが、今回は五人全員が支給されている。文字通りの生命線であり、これを五つも支給された事にヴェーネスの意気込みを感じる。


 とは言え耐性を上げるだけで完全に日光を無効化するものではないので、特に吸血鬼のミラレースは極力肌を露出しないつもりだ。

 実際に試したわけではないが長時間日光に当たり身体が霧散し始めようものなら吸血鬼と知られてしまうかもしれない。念には念を入れて行動するのが望ましい。



 谷底から上がり、辺境の森へと入り、まずは一番近くの村を目指す。

 劣化吸血鬼たちはともかく数百年ぶりの地上となるミラレースは、地上の空気と日光、そして人間の群れに入る事に慣れなければいけない。いきなり大きな街などに行くより、小さな村から徐々に慣れていきたいと考えていた。



「いいですね?我々は通商連合出身の冒険者パーティー【真紅の瞳】。同じ一族で組んだ五人です」


『ああ、分かった』


「パーティーリーダーは私がやるわけにはいきません。一番年長者に見えるサイモン、貴方がやりなさい」


「了解した」



 吸血鬼は全て、金髪紅眼である。劣化吸血鬼となった人間もそうなる。

 そして五人全員が同じ髪色、同じ瞳色というのは不自然なので″同じ一族″とした。顔の作りが違うので″同じ家族″とは言えまい。

 また、劣化吸血鬼たちは元冒険者なので似たような年齢のものばかりだ。

 年老いた冒険者が【奈落の祭壇】に来る事などない。若年冒険者も同様だ。自然と二十歳前後に集中する。ますます″同じ家族″はありえない。

 ちなみに【奈落の祭壇】で行方不明となった元冒険者だと万が一にもばれないよう、彼らは劣化吸血鬼となってから最低でも百年以上経っている者たちを選抜している。

 エルフなどには意味ないかもしれないが、髪色も異なり当時のままの年齢に見える人間となれば相当身近な存在であっても気付く事は困難と思えた。


 そうして五人は検問などない村に入り、宿屋に泊まる。

 普通の冒険者に見えるよう、食堂で食事をし、間違っても血を飲んだりしない。

 そもそも吸血鬼にとって血液はほぼ趣向品であり、生命活動に必須となるのは始祖レベルで月に一回。吸血鬼で年に一回。劣化吸血鬼ならば別に飲まなくても問題ない。始祖であるヴェーネスはダンジョンマスターになった為、その月一回も必要なくなったわけだが。

 念の為、彼らはポーション瓶に入れて血液を持ち歩いている。が、これはミラレースが重症を負ったり、長期間帰れない時の為に持っているので、趣向の為に飲むような者は居ない。



 酒場では劣化吸血鬼が一人で向かい、情報収集をする。

 同じ髪色瞳色の人間が複数で行くと酒場内でも目立つので一人ずつだ。

 聞き込む内容は、王国への道程の詳細の他、ビーツ・ボーエンとダンジョン【百鬼夜行】について。



「おっ、お前あそこに行くのか!俺もいつか行ってみたいぜ!」

「俺の友達のパーティーが行ったらしい。土産話には聞いたな」

「俺は去年に行ったよ。あれはすごい。一度は行くべきだ」



 そんな冒険者がゴロゴロ居る。どうやら隣国である獣王国の冒険者であっても、その認知度は非常に高いようだ。そしてその情報は王国に近づけば近づくほど、より詳細になってくる。

 ビーツ・ボーエンの情報に至ってはどこでも手に入る。

 ミラレースも売っていた英雄譚を買い、目を通した。そして冒険者から聞く情報で、その信憑性は増す。疑っていた″従魔百匹″というのもおそらく本当だろうと。そして何らかの手段でダンジョンコアを王都へ持ち帰り、それを利用してダンジョン経営をしている。


 さらにミラレースからすれば考えられない事だが、自らダンジョンマスターであると公言している。

 仮にミラレースが同じ人間種でダンジョン経営をしていたとしても公言はしないだろう。神の如き能力をさらけ出し「自分を狙え」「殺してダンジョンコアを奪え」と言っているようなものなのだから。



 ミラレースたちはそうした情報収集をしながら東進し王国を目指した。

 街に入る際は身分証明として【奈落の祭壇】で死んだ冒険者から手に入れたギルドカードをヴェーネスがダンジョン機能で偽造し、それを使う事で難なく街に入る事が出来た。

 単に名前を変えるだけならば普通に加工すればいいが、魔力認証登録をする為、ダンジョン機能を使ったのだ。これも今回の為のダンジョン魔力の出費と言える。

 とは言え身分証明にはなるが実際に冒険者としての履歴はない為、冒険者ギルドで見せるわけにはいかない。

 だから彼女らは冒険者と偽りつつも冒険者ギルドに立ち寄る事はしなかった。道中で倒した魔物の素材を売るにしても、ギルドの買い取りではなく道具屋などに売っていた。


 そうしてミラレースにとっては辛い数百年ぶりの地上の遠征、そして日中に移動し夜に宿屋で寝るという昼夜逆転の生活を続けた。

 それは吸血鬼であっても疲れを感じるものであったが、次第に他種族で混みあう街中にも慣れるのが実感できる旅路であった。



 やがて五人は獣王国から王国サレムキングダムへと入国する。

 街道の関所でも偽造ギルドカードで通ることが出来た。


 情報収集にしても、王国に入った途端に鮮明で詳細な情報が手に入る。

 この時点で以前に法螺話と思っていた情報が全て真実であり、さらにモニターや従魔戦、従魔メダルなど新しい情報が入ってくる。

 獣王国で出会った経験者という冒険者がモニター等の情報を単に言わなかっただけなのか、従魔戦にしてもここ数か月の事だから獣王国にまで伝わっていないだけなのかは分からない。いずれにしても彼女らにしてみれば新情報であり、驚愕に値する――ますます怪しさの増す情報であった。



「ふぅ……これを報告すればさらに法螺話と騒ぎ出すでしょうね。しかしおそらく真実なのでしょう。報告しないわけにはいきません」



 ここまで集めた情報を旅路の中で精査した結果、ビーツ・ボーエンと【百鬼夜行】に関する噂はほぼ真実なのだろうとミラレースは結論付けていた。

 単なる噂にしてはその量が多過ぎるし食い違いがない。自分たちが実際に見て調べる必要はあるだろうが、現状としては″真実と思える噂話″を報告せざるを得ないとミラレースは少し意気込んだ。


 そしてもう少しで着く王都に目を向ける。

 早く着きたいような、着くのが怖いような、矛盾した気持ちが募った。




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