57:ある日の新人侍女、管制室にて
「――と、こんな風に冒険者の皆さんがダンジョン探索しているわけです」
「はぁ~、すごいですね」
ダンジョン【百鬼夜行】地下一〇一階 管理層の管制室。
管制担当のハーピークイーン、クラマに並んで、ホーキから説明を受けているのは新人侍女のマールだ。
働き始めの頃にはビーツからも説明を受け、ホーキからも時折説明を受けているが、戦いの事も魔物の事もダンジョンの事も知らないマールにいきなり全てを教えるのは不可能と、こうして度々管制室で教わっている。
今では多くの従魔たちと顔見知りになり、それぞれの従魔が好んで住処にしている階層の事や、冒険者たちがどこまで進んでいて、この先にどんな階層があるか、そして従魔戦や徘徊ボスの事なども理解していた。
マールは今立っている高い艦橋部から正面の超大型モニターを見て圧倒されている。百以上に分割されたモニターには冒険者たちが探索している光景が映し出され、中央の少し大きなモニターは、実際に地上のモニターに映されているものらしい。
ふと艦橋から下を見れば、オペレーターのハーピーたちが管制作業をしている風景が見える。百以上の机にそれぞれ一つのモニターが置いてあり、手前の水晶のような宝玉にハーピーたちは羽根を乗せ、見たい階層の見たい風景をモニターに映している。各モニターが集合しているのが正面超巨大モニターというわけだ。
「こんなに大勢のハーピーさんたちが見ているものが分かるんですか?クラマさんすごいですね!」
「まあね。でも普通のハーピークイーンには多分無理ナノヨ」
「そうなんですか?」
「召喚眷属の情報を統括するのは女王の特技ナノヨ。でも百以上を同時に管理するのは無理ナノヨ」
百体以上もの眷属の視覚・聴覚などの情報を同時に把握し精査し統括するのは、いくらその特性を持つクイーンであっても無理なのだ。ではなぜクラマが出来るのかと言うと、ビーツによる″従魔契約″で己の能力が増しているからだと言う。
従魔がいかに高い能力を発揮するか、いかに成長するのか、その成長速度などは召喚士の力量で決まるとされている。召喚士によっては野良の魔物の頃より弱くなったり、全く成長しなかったりという例もある。
しかしそこはチートテイマーのビーツ。強くするのは当たり前で、育てれば進化をさせる。終いには百体も従えるという器の大きさだ。ダンジョンマスターとなる前から人間離れしていたと言っていいだろう。
そんな事をクラマやホーキから聞き、またマールの中のビーツ株が異次元方向に伸びて行った。そしてマールの質問は続く。
「あの階層にはホーキさんや従魔の皆さんも【転移】できるんですか?」
「ダンジョン内を自由に転移できるのは、ご主人様と我々従魔だけです。地上部に自由な転移が出来るのはご主人様とオロチ、クラビーだけ。我々が地上部に転移する際は、屋敷二階の転移部屋へと転移先が決まっています」
もっとも冒険者が探索している近くにいきなり転移するのは禁止されていますが、とホーキは付け足す。
マールは各階層への自由な転移はできない。アレクたちが来た際に使う転移魔法陣で管理層と地上の屋敷を移動できるが、地上部を見て回る事をまだ許されていないマールは一度お試しで使っただけだった。
「あと、この映像(?)ですけど、どうやって見ているんですか?ハーピーさんたちの目が冒険者さんたちの近くで浮いて、それで見てるんですか?」
カメラなどの知識がないので、″物を見る=目がある″と思ったらしい。冒険者たちの周りに目玉が浮遊している光景を想像してクラマとホーキは少し笑った。その想像は従魔の誰もが通る道だから。
少し難しい話しになりますが、とホーキは述べる。
「ご主人様はダンジョンマスター能力で、ダンジョン内の全てが把握できます。クラマはハーピー百体の情報を統括できますが、ご主人様のそれは規模が違います。探索している冒険者、二千人以上がどこに居てどう行動しているのか、我々従魔がどこで何をしているのか、何を話し何を聞いているのか、全て把握できます」
「そ、そんなにですか!?」
「もちろん情報量が多すぎて得る事は出来ても精査は出来ないそうです。知れるが集中しないと理解は出来ない、と」
「はぁ……」
「だからこそ我のような管制担当がいるわけナノヨ」
ビーツがダンジョン内の事を知れると言っても年がら年中、冒険者の同行をチェックするわけにはいかない。だからクラマやアカハチのような管制担当が代わりにチェックし、同時に観戦者に娯楽として映像と音声を提供している。
「ですから目が浮いているわけではなくて、ご主人様がダンジョンの様子を眺めている――そのダンジョンマスター能力の一部を、ハーピーやクラマたちに与えているというわけです」
「じゃ、じゃあ、このモニターの映像(?)はご主人様が見ている視線という事ですか」
「実際に見ているわけではありませんがね。視線を操作しているのは今はハーピーたちです。冒険者たちをどこからどう撮影するかはオペレーターたちの判断に任せていますので、ご主人様が『こういう映像が欲しい』とか言われなければ、あくまでハーピーたちオペレーターの視線です」
「はぁ……あ、あと気になったんですが……」
そう言って、マールは超巨大モニターの一番端にある映像を指さした。
それは村のような風景。冒険者ではなく普通の村人が見える。体格の良い男性が斧を片手に森へと向かう様子が映し出されていた。
このモニターがハーピー操作の視線だとすれば、この村はダンジョン内にあるのだろうかと思ったのだ。
「ああ、あれは王国の最南端にある辺境の村で、ご主人様の故郷です。ちょうど映っているのがご主人様のお父様ですね」
「えっ!あの方がご主人様の!……全然似ていないんですね……って、ダンジョンの映像じゃないんですか!」
「ご主人様は辺境に住むご両親の心配もなさっていて、従魔のうち一体を常に様子見に向かわせています。ご両親には内緒のようですが。今、行っているのは【ヤタ】ですから、この映像はヤタの視線をそのまま映しています」
「へぇ~ヤタさんの……。あ、じゃあ従魔の皆さんの視線をそのままモニターにするっていう事も出来るんですか」
ヤタというのはヒュッケバインという種族の魔物で、鋭いフォルムのカラスという感じだ。マールも顔見せした時に気さくに「カァー」と言ってくれた。
そして従魔の視線をモニタリングできるという映像。これは召喚士と従魔のつながり(念話など)をダンジョン機能で映像化しているもので、現在は一つのモニターのみで運用されている。
「ご主人様はご両親想いなんですねぇ」
両親の居ないマールは少し羨ましそうにそう言った。
が、帝都しか知らないマールは、″辺境の村″というものの恐ろしさを知らなかったのだ。
ホーキが言うには隣接した森は、ゴブリンよりもホブゴブリンの方が多く生息するほど強い魔物が多い生態系をしており、村の衛兵や狩人が毎日のように狩りに行っているらしい。ビーツを含む【魔獣の聖刀】の四人はそんな村で生まれ育ったから強くなったのでは、との事。
そして【三大妖】やジョロ、ダイダラ、アカハチ、サガリなどもこの森の近辺もしくは深部でビーツと出会ったと聞いて、マールは辺境というものの恐ろしさを少し知った気がした。
「シュテンさんやジョロさんが居る森……魔境ですね」
ゴクリと唾を飲んだ。
■百鬼夜行従魔辞典
■従魔No.99 ヤタ
種族:ヒュッケバイン
所属:蛇軍
名前の元ネタ:八咫烏
備考:鋭い嘴と銀の風切り羽根を持ったカラス。
遠目に見れば普通のカラスなので偵察などに使われる。
元ネタは八咫烏だが足が三本あるわけではない。
性格は男気あふれる兄貴タイプ。
実際は三大妖もジョロもアカハチも進化前の弱い個体で出会ったので辺境の森はそこまで魔境ではない。
ただサイクロプスやスレイプニルやミノタウロスが奥地に居るのは本当。
やっぱり魔境じゃねえか!(憤慨)
 




