55:とある狩人エルフの来訪
話中に出て来る世紀末モヒカンは4話参照です。
00話にて第四章終了時・53話までの登場人物紹介を更新しました。
「キリルさん!お久しぶりです!」
「ああ、元気そうだな、ビーツ」
「おい、姉弟子への挨拶はなしか?」
地上の屋敷の二階、応接室へと案内されたのは冒険者ギルドマスターのエルフ、ユーヴェともう一人のエルフ。
彼――キリルは世紀末モヒカンの大斧使いチロルらと共に【怒涛の波紋】というパーティーを組んでいた。【魔獣の聖刀】が冒険者となってから出会った狩人職の先輩冒険者であり、探索のイロハを教えて貰った恩師でもある。
彼はパーティーを解散してからは故郷である樹王国に戻っていた現ミスリル級冒険者である。ちょくちょく会う機会があるユーヴェをおざなりにするほど久しい再会にビーツは驚いた。
慌ててユーヴェをフォローしたビーツは、まずキリルとお互いの近況報告を行った。出来ればクローディアなどを呼んで昔話に花を咲かせたい所だが、忙しいユーヴェも居る以上、本題に入らざるを得ない。
「もしかして魔物図鑑の件でわざわざ樹王国から?」
「ああ、ビーツと面識がある高ランク冒険者という事でな。それに当たって私も図鑑の下書きを読ませてもらったが面白かったよ。新解釈の目白押しという感じでな」
「あーあれでも随分削ったんですけどね……あはは」
「キリルは読んで面白かったが、連中は面白くなかった……という事だな?」
大陸東部に位置するエルフ主導の樹王国。文字通りの大森林地帯に集落が点々とし、森が開けた土地には人間などの他人種も住んでいるが、国全体で見れば六割以上がエルフである。
王都には樹王を冠する王族が居るが、絶対的支配というわけではない。十長老という集落を代表する長たちの合議制であり、決定権が樹王にあるという形だ。
この十長老というのが曲者で、長寿のエルフの中でも特に年老いた頭の固いエルフ……ユーヴェ曰く″老害″である。
「精霊信仰に触れるところは問題ないだろう?私も検閲したんだ。言っておくが検閲する前のビーツ・ボーエンの下書きは酷かったんだぞ?やれ『精霊は人間に恵みをもたらす存在ではない』とか『祀られたところで恩恵はない』とか『何かを与える事があってもいたずら半分で遊んでいるだけ』とか」
「うわぁ……」
「あはは……マモリがそう言ってたんで……」
ユーヴェが頭を抱えながら検閲した当時の事を口にする。これは本当に樹王国に許可をとるつもりがあるのかとビーツに問い詰めたほどだ。
そこから削って削って、ユーヴェが「樹王国にも第三者にも見せて問題なし」とした箇所のみを樹王国のギルド経由で渡したのだ。これで文句を言うようなのは老害たる十長老くらいのものだとユーヴェは思っている。
「お察しの通り、長老衆からビーツ本人に会って色々と確認してきてくれ、との事ですね。と言っても長老衆も文句を言っているのは半分ほどです」
「へぇ、もっと多いかと思ってました」
「私も意外だな。精霊の存在を公にする事自体に反発しそうなものだが」
「何より大精霊であるウンディーネ様ご自身がこの図鑑を出したがっているというのが大きいです。ご本人様が楽しみにしているのをエルフが拒んでどうするのか、と」
「やっぱりウンディーネ様直筆の便りを添えたのが良かったな」
「ですねー。マモリすごいなぁ」
エルフの中でも精霊信仰は根強い。ましてや頭の固い年寄り連中にとっては正に神同然である。
ウンディーネのマモリは王国の港町で″水神様″として祀られてきたが、精霊信仰者にとっても大精霊は等しく祀るべき存在。そのマモリから直筆の手紙など貰おうものならば、それは樹王国の宝として子々孫々継がれていくものになろう。そんな事、マモリは望まないだろうが。
しかし本当にすごいのはそんな大精霊を従魔にしたビーツなのだが、本人に自覚はないらしい。
「ともあれ否定は出来ずとも『真実なのか』と訝しむ箇所があるのも事実らしく、こうして直に確認しに来たわけです」
「それは……ご苦労様です、なんかすみません」
「いや、私も王国に依頼ついでにこうして旧友に会えるからな。問題ないさ」
「ついでにうちのギルドで斥候の教習していってくれ。これ指名依頼な」
「は!?」
キリルにとっては寝耳に水であった突発的指名依頼だったが、ユーヴェはさも当然のように言った。
王都の冒険者ギルドはダンジョン【百鬼夜行】のせいで慢性的斥候不足である。今も度々講習会を開いては斥候の基礎を教え、ダンジョン探索でも通常依頼でも有益となるよう、新たな斥候役を育てている。それは狩人という斥候専門職以外であってもだ。
そこにミスリル級の優秀な狩人であるキリルがやって来た。ユーヴェからすればこの機を逃すわけにはいかない。ギルドマスターの強権を使ってでも、樹王国に戻る前の少しの間だけでも教師役をして欲しいというわけだ。
「ユーヴェさん、そういう事は早めに言って下さいよ……」
「すまんな。まぁそれは後でギルドに行ってから打ち合わせよう。今は図鑑の件だ」
「どうします?マモリとコダマ呼びます?あと妖精組も」
どうせ聞くのならば従魔の精霊たちも同席した方がいいのでは?とビーツは考えた。大精霊のマモリと樹精霊であるドリアードのコダマがそれに当たる。
そして図鑑には精霊の他に妖精についても載せるつもりの為、彼らも同席した方がいいのかと尋ねた。食堂で料理を作っている家事妖精シルキーのオロシや猫妖精ケットシーのネコマタがそれだ。
ユーヴェとキリルに相談した結果、確認として聞き取る事が目的なので人語を介せる者が望ましいという話しになり、結局、呼ぶのはマモリのみとなった。ちなみにネコマタも人語を話す事が出来るのだが今回はお役御免。ややあって応接室にマモリが到着した。
「図鑑の件と聞いて駆け付けたぞ、我が主よ!」
「お久しぶりです、マモリ様。冒険者ギルドのユーヴェでございます」
「お目に掛かれて光栄です。樹王国のエルフ、キリルと申します」
テンション高めに入室したマモリを、エルフ二人は片膝を付き頭を下げた状態で迎えた。ユーヴェなどは何回かマモリを会っているが、今も尚、神格の存在として敬っている。やはりエルフにとっての大精霊は別格なのだなとビーツは改めて思った。
仰々しいのが苦手なマモリは二人に「普通に座って普通に喋ってくれ」と言い、ビーツの隣に座る。丁度よく紅茶と茶菓子を持ってきたホーキがさすがの給仕捌きを見せると「何はともあれまずは菓子だ」とばかりに胡坐をかいて食べ始めた。
「で、進捗はどんな感じじゃ?我が主よ」
「やっぱりマモリが教えてくれた精霊のあれこれは全部載せるわけにはいかないって」
「やはり精霊目線と人目線では違うんじゃな……残念だが仕方あるまい」
ユーヴェとキリルは残念そうなマモリに対して再度頭を下げる。
エルフが異議申し立てを行うような真似をしてすみません、と。同じエルフとして謝罪します、と。それに対しマモリは「構わん構わん」と手をヒラヒラさせながら、もしゃもしゃ茶菓子を食べていた。
そしてキリルが来た経緯を説明し、本題に入った。
「それでキリルさん、確認したい内容って何ですか?」
「ええ、確認内容と質問内容を箇条書きにしてきました。もっともマモリ様自ら回答して頂けるとなれば長老衆も納得する事でしょうが」
「キリルはやっかみを受けるだろうな。大精霊様と直接言葉を交わせたなどと土産話しにしては大きすぎる」
帰ってから皆に問い詰められるだろう光景を想像し、キリルは遠い目をした。ユーヴェはいたずらに成功したかのようにニヤニヤしている。
そしてマモリの御前だった事を思い出しすぐに気を取り直したキリルは数枚の羊皮紙を荷物から取り出した。結構な量の確認事項があるらしい。
「えー、まずは大精霊様が″火水風土光闇″の六属性と同じく六種族いらっしゃるというのは精霊信仰でも一致しております。ただ世界に各種族で一体のみとされていましたが、やはり違うのですか?」
「うむ。ウンディーネはわし以外にも世界におるし、サラマンダーやシルフ、ノームも同様じゃな。光と闇は知らんがわしらと同じく何体かいるんじゃないか?」
「実際に複数体にお会いした事が?」
「わし以外のウンディーネは二体会っておる。あとは精霊同士の情報じゃな。わしらの所には精霊や妖精が近寄りやすいからのう。自然と各地の情報が集まる」
「なるほど……」
当たり前の事のように話すマモリであったが、ユーヴェやキリルからすれば大発見と新事実の連続であった。驚きと興奮を覚えつつ何とか冷静さを維持し、キリルは羊皮紙に回答を記入していく。
「精霊は自然に住まうのではなく、ちゃんとした住処や集落を持っているとの事ですが、これは……」
「そりゃわしが水の大精霊だからって水中に漂っているわけじゃあるまい。住処くらい持つわ」
「も、申し訳ありません!そういうつもりでは……」
「マモリ、精霊の暮らしが人間に分かるはずないんだから。自然の体現である精霊が自然と共に生きているって思われててもおかしくないよ」
「そういうもんかのう。普通に考えておかしいじゃろう、わしらだって寝床や住まいを持ちたいし、仲間同士で群がる事もある。妖精だって同じじゃぞ?」
時々、マモリに怒られたと思い恐縮するキリルであったが、ビーツが上手くフォローする。マモリは別に怒っているつもりはないのだが、ユーヴェやキリルにしてみれば些細な反論でも過剰に反応してしまうのだ。
こうしてキリルの冷や汗が止まらない会合は時間をかけて終わった。
キリルはもちろんの事、同席していたユーヴェもなぜかぐったりだった。マモリと相対しながら新事実を連発されると頭がぐるぐるになるらしい。
とても「王都にいるうちにクロさんとかと会いましょうよ!」などとは言えない空気でビーツは二人を見送るのだった。
■百鬼夜行従魔辞典
■従魔No.77 ネコマタ
種族:ケットシー
所属:狐軍
名前の元ネタ:猫又
備考:二足歩行で人語を話す猫妖精。
いつかダンジョンマスターの座を奪ってやると虎視眈々。
だが集まる部下は野良ネコばかり。口だけは達者な模様。
好きな言葉は「下剋上ニャ!」




