53:とある成金オークの咆哮
「あ、あのっ!ジョロさんって、ホーキさんより選ばれ辛いって話しじゃ……っ!」
「ええ。ですから驚きました。ご主人様も含め、管制室に集まっているようです。ちょっとしたお祭りムードですね」
冷静な口調だが、早歩きだし珍しく若干笑顔だ。騒ぎたいのかもしれない。
まだダンジョンの事をよく分かっていないマールにしてもジョロが選ばれたのが普通ではない事態だと理解できる。「幹部の人たちは強いから浅い階層ではまず選ばれない」と言われていたから。
マールがホーキの次に接する事の多い従魔はジョロだった。
衣類を提供されるのもそうだが、ジョロはビーツの実務補助から雑用まで幅広く手伝う。自然とホーキと打ち合わせる事が多くなり、マールとの会話も増える。
普段から清楚で穏やかなジョロが″強い幹部″だというイメージが湧かないし、ましてや戦うというのがマールには想像つかない。
だから興奮気味のホーキと対照的にマールは心配な面持ちで管制室に急いだ。
管制室にはすでにビーツや【三大妖】を始め、普段から管理屋敷に常駐しているカタキラやオロシといった従魔や滅多に顔を出さないヌラ・ロクロウ・ガシャなど錚々たる面々が揃っていた。皆が注目の一戦という事だろう。
「おっ、ホーキとマールも来たか」
「まぁジョロが戦うとあってはな」
「間に合って良かったのう」
シュテン、カタキラ、ヌラが話しかける。やはり従魔の皆にとってはお祭り騒ぎらしい。
余談だがマールはヌラたちアンデッドが未だに苦手だ。見た目が怖いので緊張する。アヤカシは大丈夫なのに。
ちなみにタマモもムスッとしていて鋭い目つきだから怖い。シュテンへのトラウマは消えた。
一際大きなモニターに映された四九階層のボス部屋を見るに、冒険者同士で話し合いが続き、まだ戦いは始まっていないようだ。
マールが見るその映像には大きな白虎の獣人とドワーフの少女が言い争っている光景が映る。
「あの、あの人たちとジョロさんが戦うんですか……?」
「ええ。アダマンタイト級……というのは分かりますか?」
マールには冒険者のランクというものが分からなかった。
聞けばアダマンタイト級というのは冒険者として最高ランクで、簡単に言えば国に数人しか居ない強さだと。
白虎の獣人はともかくドワーフの少女はとても強そうには見えないマールであったが、ホーキの説明ではアイテムを駆使して戦う強者だと言う。
ますますジョロが心配になるマールであった。
「えっ!ジョロさんが……足がっ!えっ!えっ!?」
心配する事などなかった。
白虎の獣人――ベン爺との戦いはジョロの圧勝で終わった。
マールに戦いの事など分からない。
人化を解いたジョロの動きは速く、マールの目では追えない。どう戦ってどう勝ったのかマールには理解できなかったが、ただアラクネ本来の姿となったジョロの姿に驚いた。とんでもない量の糸がとんでもない動きをしていたのも分かった。
従魔戦自体、見るのが初めてのマールは目を見開き、口を開けたままだった。
従魔戦どころか冒険者と魔物が戦うのを見たことがモニター説明の時くらいしかない上に、初めて見たのがこのハイレベルな戦いであったのだ。興奮や恐怖を覚える前に理解できない。
「す、すごいですね……」
それしか言えない。すごいとしか分からないのだから。
しかしホーキの続く言葉はそれを覆す。
「これで″幹部最弱″ですからね。全く、上の方々の強さには困りますよ」
「えっ」
そう。ジョロは【三大妖】はもちろん、同じ幹部であるウンディーネのマモリやエルダーリッチのヌラに比べても弱い。ホーキより数段強いのは確かだが、他の幹部たちとは明確な差があると言える。
それはジョロも自覚している事であり、アラクネという種族である以上、火属性に弱いのはどうしようもなく、攻撃手段も限られている。
日々の特訓の末に出来上がった創意工夫、そしてクレバーで防御主体の戦い方を主としたのが現在のジョロのスタイルなのだ。
「うわっ!ジョロさんがっ!」
ベン爺に続くレレリア戦。ジョロはハンデを背負って戦うと言う。
そして始まってみればボス部屋はレレリアを中心に炎が舞い、鞭のように蛇節棍が迫る。ジョロの糸が次々に焼かれていく様にマールは声を上げた。このままではジョロさんが焼かれてしまうと。
「問題ないでしょう」
「何の為にわっちが特訓に付き合っていると思っている」
ホーキとタマモがそう告げる。
周りを見ればマール以外に心配していそうな顔はビーツくらいなものだ。心配性のビーツはどの従魔が戦う時でも同じように口には出さず眺めるだけだ。
それは主として従魔を信頼しなければいけないし、どんな形であれ終わったら称えなければいけないという召喚士としての教示でもあった。
戦いの事がよく分からないマールは「ホーキさんがそう言うなら問題ないのか」と目線をモニターに移す。
細い糸ならば燃やせるが束ねた糸や織られた糸を瞬時に燃やすのは困難。それこそタマモのような超火力ならまだしも魔道具の火炎放射では無理があった。
最初にジョロは大きな布を織り、レレリアに被せようとした。
それは壁と目くらましの効果を期待してのものだ。レレリアからすれば焼こうにも炎に包まれた布が覆いかぶさってくるだけで余計に危険となる為避けるしかない。
そうしてレレリアの攻撃を中断させたところで、ジョロの本命の攻撃が襲う。
四方八方からレレリアに迫る束ねた糸で作られたランス。布から逃げた所で、逃げ場のない多角攻撃。
レレリアは蛇節棍で数本のランスを叩き落すが、全てを防ぐ事は出来なかった。
それで一撃死とはいかなかった。さすがにアダマンタイト級のレレリアは奮闘した。が、火も棍もジョロに届くことはなかった。
驚くべきはジョロの糸の放出量。その速度。そして計算高い戦い方であった。
「か、勝ったんですか!?」
「ええ。もう戻ってきますよ。労ってあげましょう」
管制室の従魔たちが歓声と拍手を上げるのでマールにも勝ったと分かった。
思わず笑顔で同じように拍手するが、ホッと安堵というよりもドッと力が抜ける。応援に力が入っていたのか、初めて見る従魔戦に気を張っていたのか。
そして転移の光と共に管制室に戻って来たジョロはその場の全員に祝福された。
「あらあら、みんなお揃いで」
「ジョロ、お疲れさま」
「ありがとうございます。ご主人様」
「ジョロさんっ!あのっ!すごかったですっ!」
「あらマールまでありがとう。結構緊張しちゃったわ。ちゃんと動けていたか心配ね」
そうは見えないがジョロでも緊張していたらしい。
動きが鈍っていたかはマールには分からなかったが。
「とりあえず今夜は初の幹部戦のお祝いって事でオロシとホーキよろしくね」
「…………!」「かしこまりました」
どうやら夕食が豪華になるらしい。
ジョロが勝った事よりもそっちの方が嬉しいマールであった。
♦
「うおおおおおお」
地上の屋敷内、復活室にて怨嗟の声を上げながらゴロゴロと転がり続ける少女が一人。
彼女は今まで死んだ事がない。復活室の利用は初めてだ。
普段着ているツナギも装備品と見なされ没収。持ち込んだアイテム各種もダンジョンカードを除き没収。下着同然の薄着で復活室の床を転がり続けていた。
「おい、嬢ちゃん。その辺にしておけい。レンタルのローブが棚にあるからそれ着て出て来るがいいぞい」
「うおおおお……わたしのじゃせつこんんんん……」
「ダメじゃな、こりゃ」
復活室の外から声を掛けるベン爺にも気付かないらしい。
どうやらレレリアにとって一番の痛手はどの魔道具でもなく武器の蛇節棍だったようだ。
そこからレレリアが立ち上がるのにはしばらくの時間を有したのだった。
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「うおおおおお!!!」
その後の管理層、宝物庫。歓喜の声を上げるオークキングが一体。
「【白爪】のミスリルクロー!素晴らしい!しかし、何だこの魔道具の量は!この薬は何だ!どれだけ持ち歩いていたのか、あの娘は!そして何よりこの棍!素晴らしい!ああ素晴らしい!」
「……リサイクル禁止だからね?」
「もちろんですとも、若!存分に愛でさせて貰いますとも!」
しばらくカタキラのテンションは上がりっぱなしだったと言う。
ドワーフ少女の武器を夜な夜な愛でるオークキング……事案だな。




