51:元【混沌の饗宴】vsジョロ
00話の登場人物紹介を50話分まで更新しました。
『あ……』
そう思わず声が漏れたのは、レレリアとベン爺だけではない。
実況のポポルや、解説のモクレン、モニターを見ている全ての観客と冒険者、そして管制室にいるビーツと従魔たち。全員が同じように声を漏らし、モニターから流れる場違いなファンファーレをBGMに、時が止まったように目を見開き、口を開けていた。
『来た~っ!出た~っ!ジョロだ~っ!』
一番早く復活したのが解説役のモクレン。
解説役という仕事を全うしようとしたからなのか、それともマイペースな性格が功を奏したのか。おそらく後者だろう。
それに慌ててポポルが実況を入れる。
『ジョロ!従魔ナンバー四番!蛇軍副長のジョロが出ました!アラクネのジョロ!幹部!幹部戦ですっ!』
慌てすぎの興奮しすぎで何を言いたいのかは分からないが、生真面目に実況という仕事に挑むポポルはそれでも言葉を繋げる。その興奮しきった様子は普段の彼からは想像できないものだったが、そんな実況の声など聞こえない程に屋敷内の冒険者も、庭園の一般観戦客も大声を出し始めていた。
「ジョ、ジョロだと!戦うのか!ホントに!?」「俺のジョロ様が来たあああ!!」「えっ、戦えるのか!?あのジョロが!?」「おい!あいつ呼んで来い!まだ間に合う!見なきゃ損だ!」「ベンルーファス陛下の初黒星か!?」「いや、勝てるかもしれねーぞ!」
誰もが自然と立ち上がり声を上げる。阿鼻叫喚。
普段から職員への連絡や雑用で屋敷に訪れるジョロは、その真っ白な風貌と穏やかな表情・仕草で冒険者や観客からは絶大な人気を誇る。新聞社が行ったアンケートによる人気ランキングではタマモ・シュテンに次ぐ三位である。それは【三大妖】筆頭のオロチを抜く快挙であった。これに対しビーツは「王都にロリコンが少なくてホッとした」と新聞読者が理解できない未知の言葉を含めた感想を述べるに留まっている。
ともあれ、そんなジョロがベン爺とレレリアという最高峰のアダマンタイト級冒険者と戦うとあっては、興奮も無理からぬ事であった。
しかし落ち着くのを待つという選択肢は、ボス部屋の三人にはない。地上がそんな様子だなどと知らないのだから。
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「えーっと……戦う前に少しよろしいですか?」
目の前で「あいてむろすとおおおおお」と項垂れているレレリアと、今にも襲い掛かってきそうなベン爺に対し、ごく自然な上品な口調で問いかけた。
対するベン爺が訝し気に構えを解く。幹部であるアラクネのジョロが油断させての奇襲などかけるわけがないと迸る闘気も一時引っ込めた。
その様子を見てジョロは微笑み、ベン爺に語り掛ける。
「ありがとうございます。実はご主人様が『万が一、浅い階層で我々幹部が当たった際に、冒険者の方々が突破できる可能性を少しでも残した方が良い』と仰っていまして」
ベン爺の目がピクリと動く。
レレリアが少し顔を上げた。
「ハンディキャップと言いますか、いくつか制限をかけて戦ったほうが良いのでは、という話しになりました。しかし貴方方は強者たるアダマンタイト級。この提案を持ちかけていいものかと考えた次第です」
「ふんっ!ハンデなんぞ――「ちょっと待ったあああ!!」――な、なんじゃ!?」
強者に対して手加減するのは失礼にあたると考えるジョロ。
当然、ハンデなしの全力でぶつかりたいベン爺。
それを遮るのは飛び起きたレレリアだ。
レレリアとしてはジョロに手加減をしてもらった上で二人掛かりで戦えば勝機はあるのではという思い。いや、それ以上にアイテムロストが嫌なのでその可能性を少しでも下げたいのだ。
一方でベン爺はせっかくの強者との戦いを楽しみたいという思い。それにレレリアとの二人パーティーで一番の問題は連携がとれない事だ。フェリクスとデイドが居れば潤滑油の如く近・中・遠距離どこでも対応でき、ベン爺とレレリア、二人まとめてフォローできるが、フェリクスが居ない今、アイテム乱れ打ちのレレリアと近接特化のベン爺が共闘する事は出来ないと思っている。言わば負けるのが前提なのだから、どうせなら全力で、という事だ。
モニター観戦者が大人しくなるくらいに時間をかけて言い争った結果、最初はベン爺が全力で戦い、ベン爺が負けたら、ハンデ付きでレレリアが戦う事になった。
そして始まる従魔戦。
ベン爺にとってジョロは相性最悪と言える相手だった。
ジョロの糸は相手の行動阻害や視覚狭断といった広範囲の搦め手というだけでなく、束ねて武器にも盾にも鎧にもなる。攻撃に偏重したビーツの従魔たちの中にあって″防御特化″とも言える戦い方だったのだ。
普段はスカートに隠れて見えない足を巨大な蜘蛛の姿に変化させ、巨躯となったジョロは縦横無尽の機動力と、鋭い爪を有した歩脚でギロチンのような攻撃も可能とする。
さらには大量の蜘蛛を眷属召喚し、得意の土属性魔法で牽制目的の攻撃や自身の防御力をさらに高める付与魔法を使っていた。
そこまで色々とされて普通であれば糸で絡めとられ、あっという間に死亡となるのだが、さすがにベン爺は奮闘した。持ち前の機動力と両手の【白爪】を使った連撃で何とか一矢報いようとしたが、終ぞその手はジョロに届く事はなく、最終的には繭のように糸で巻かれそのまま退場となった。
モニターを観戦している冒険者や一般客もその戦いに驚きを隠せない。いや、隠す事などせずに騒ぐ騒ぐ。
「ジョロ強っ!」「でかっ!あんなんなんのかよ!」「【白爪】が手も足も出ないとかマジか!」「ジョロの普段とのギャップががが!」「祈らないからこうなるんだ!」「ジョロ様素敵すぎる!」「えっ……」
収まる事を知らない騒ぎは続くが、モニターは次の挑戦者を映し出す。
一人残ったドワーフの少女――レレリアだ。
ベン爺の戦いを見ていたレレリアは、気負うわけでもなく恐怖するわけでもなく、ジョロを見据えて一歩前に出た。
その目は普段のレレリアからは想像できない真剣なもので、改めて彼女がアダマンタイト級冒険者である事を観客たちは思い知る。
レレリアはズボンのベルトに挟み込んでいた二〇センチ程の金属製の筒を取り出し、ブンッと薙ぐ。筒は瞬時にレレリアの身長と同じくらいのサイズに伸びた。
″蛇節棍″。そう名付けられたレレリア特注の自分用装備。
ミスリル合金と竜素材を惜し気もなく使い、高度な錬金術で仕上がったそれはその名の通り、棍として使いながらも多節に分かれる事で鞭のような使い方も出来る。さらには内部に魔石を組み込んだ魔道具である為、杖のように魔法触媒にも使えるという万能棍。まるで十徳ナイフである。
レレリアは蛇節棍を構えながら考える。
(さっきの話しだと、ジョロのハンデは″人化限定″″眷属召喚なし″″土魔法なし″。大盤振る舞いだけど油断はできない)
つまりはジョロの手立ては糸のみになると思われる。ベン爺戦で使わなかった隠し手があるのならば別だが。
しかしジョロの糸は変幻自在。攻守共にジョロの鍵となるもの。蜘蛛化や眷属や土魔法以上にやっかいなのが糸であり、ハンデと言いつつ、それを残したのは「糸さえあれば大抵なんとかなる」というジョロの心の拠り所でもあるが故だろう。
(魔道具がぶっ壊れるまで焼くしかないっ!)
膝と肘につけた魔道具は火炎放射のような魔道具だ。ゴブリン集団にも使った炎の矢を生み出すブレスレット状の魔道具もある。
アラクネの弱点は火属性。アラクネ自身もそうだし、糸も炎で焼き払うことが出来る。蜘蛛系の魔物に火で対抗するのは冒険者の常識だ。だからこそレレリアも、その魔道具が生命線だと考える。
攻めも守りも糸で行い、無限に放出されるジョロの糸を、自身の魔道具でどれほど焼き、食い止める事が出来るか。その炎はジョロ本体に届くのか。届かなければ蛇節棍は届くのか。レレリアの頭には、まるで新アイテムを製造する時のような様々なシミュレーションが駆け巡っていた。
ダークソウルの蜘蛛姫様とダークソウル2の公のフレイディアを足したような感じな見た目。
う、美しい……(錯乱)




