49:その頃、五〇階層では
ダンジョン【百鬼夜行】、地下五〇階層″暗黒迷宮″。
一番初めに【紅の双剣】がその地に到達してから二か月近くが経とうとしている。が、未だにボス部屋にすら辿り着けてはいない。
その理由は、ひたすら暗い事と、トラップの難易度が四九階層までと全く違う事。ライトの光属性魔法が使用できない為、松明やランタンを手に探索するはめになり、持った者は当然、片手が塞がる。最低でもパーティーの前方・後方で二つの光源が必要なので、二人は片手が塞がった状態なのだ。戦力に響くし、探索も遅々となる。
しかしながら、さすがに二か月近くとなれば、状況も変化する。
今現在、五〇階層に到達しているパーティーは全部で一四組。四九階層突破で解散となった【混沌の饗宴】は含まれない。真っ暗な迷宮に一四組ものパーティーが挑戦しているのだ。
「五歩先、足元に糸あるから注意。その後左側の壁沿いに進むぞ」
「了解」
「足元からシャドウパイソンと天井からジャイアントバットが来る。警戒は怠るな」
「了解」
入手した情報から探索を捗らせるパーティーが増える。
ビーツが見たとしたら、前世でのゲームで、RTAの為に最適の動きを身体に覚え込ませるような印象を受けただろうが、実際にこの階層でビーツが冒険者にさせたかったのは、そういった攻略なのだ。情報を探り、整理し、徐々に探索させるという事。
順調な探索の一手となったのは、まずパーティーが増えた事による協力体制だ。
【紅の双剣】がそうであったように、死に戻り前提で少しずつ探索していくのが常套手段となっていたが、彼女らと同じく王都出身である【聖戦の星屑】【三眼の鉾】らが情報を持ち寄り、トラップ位置などを含めた詳細地図を独自に作成し始めた。
後続となった【天馬の翼】やいくつかのパーティーも協力を申し出、その結果、徐々にではあるが五〇階層の詳細が掴めて来たのだ。
余談ではあるが、あまり死に戻りが過ぎた場合、ギルド側から注意やダンジョン外での強制依頼が入る場合がある。
″死なないダンジョン″の最大のデメリットは『危機感の喪失』である。冒険者とは本来、少しでも危険があれば退くべきであり、死の危険性について鋭敏でなければならない。『討伐依頼を受けたが自分たちより少し強い相手だったから逃げよう』『街道なのに普段と少し違う魔物が出て来た』『このまま進めば暗くなる可能性があるから早めに休もう』などどれも冒険者に必須の危機感である。命あっての物種とも言う。
それを防ぐ為に″死に慣れた″者はダンジョンから少し離れなさいとギルドから忠告されるわけだ。
無視してダンジョンに挑み続けたり、それでも尚死に戻りを繰り返す者はダンジョンカードの停止や酷い場合は没収、ギルドカードの没収もありうる。
【紅の双剣】や他のパーティーもそうしたわけで、五〇階層の探索を少し進めてはダンジョン外の依頼を受けて、を繰り返していた。
そして、順調な探索の二手目となったのは【夜風の雷弾】という通商連合出身の金級パーティーが五〇階層に到達した事。
特筆すべき強さはない。強いて言えばリーダーの魔法使いが風・土属性の魔法適正を持ち、その二つの属性が高レベルな事で雷属性魔法が使用可能というくらいだ。ちなみに火・水属性の適正を持ち、どちらも中級魔法程度が使用できると氷属性魔法が使えるが、雷魔法や氷魔法を多用する者は少ないので、そういった意味では【夜風の雷弾】も多少は目立つ。
ただ順調な探索の切っ掛けとなったのは雷属性のリーダーではなく、所属している斥候役の狩人の存在だ。フクロウだかミミズクだか分からないが、鳥獣人の狩人は夜目が効いた。
「ホーホホウ!まさに私の為の階層ですな!ホーホーホウ!」
他のパーティーからも頼りにされた事で調子に乗ったが、彼を含め【夜風の雷弾】は特筆すべき強さはない。二度言うくらい強くない。
しかし少なくともこの階層まで辿り着ける力量を持つパーティーであり、夜目が効く斥候役というのは特に希少である。ずっとこの階層を探索しているパーティーからすれば垂涎物だ。
こうして探索の幅を広げ、速度も増し、五〇階層″暗黒迷宮″は少しずつその全貌を明らかにしていった。
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『さあ、一番モニターは五〇階層″暗黒迷宮″に変わりました。映されているのは【天馬の翼】ですね』
『例の二〇人パーティーじゃな。やはり人数が多いと探索も捗るんじゃのう』
モニターから流れる実況解説の音声はポポルと、今日はウンディーネのマモリだ。先ほどまで四九階層の従魔戦を実況していたが、その流れで【天馬の翼】の探索風景も実況するようだ。
ちなみに真っ暗な″暗黒迷宮″はモニターにどう映っているのかと言うと、冒険者たちの周りのみ、なぜかよく見える。実はビーツ次第で暗視ゴーグルのような映像や夜目目線での映像を映す事も可能なのだが、そうすると「実際に探索するよりモニターで見たほうがトラップ発見できるじゃねーか」となる為、あくまで探索している冒険者たちのみがよく見えるように工夫しているのだ。観客たちには実況を通して『謎のダンジョンマスター能力で』と言ってある。
『五〇階層の探索もだいぶ進んで来た印象があります。実際はどうなんでしょう』
『ふむ。序盤は″糸トラップゾーン″、続いて″蜘蛛の巣ゾーン″、″光源トラップゾーン″からの″ミラーゾーン″じゃったな。ネタバレは避けたいんじゃが……そろそろかのう?』
序盤の見えづらい黒糸トラップを抜けた先は、糸繋がりというべきか、蜘蛛の巣が大量に張り巡らされた領域だった。当然、蜘蛛の魔物が多く出没する。
そこを抜けると真っ暗なはずの迷宮にちらほらと明かりが見え始める。歓喜する冒険者たちだったが、近寄る事で出来た影から現れる蛇。そして補充とばかりに光源となっている松明に触れればトラップ起動。
さらに少し進めば通路の壁は鏡状になり、それが暗がりの光源と相まって探索を難しくさせた。通路の先に見えた光源が、自分たちの持っている松明が鏡で反射しただけであったり、通路に常設されている松明の光が乱反射し余計に道を惑わせたり、嫌らしい仕掛けが多い。
そしてその″ミラーゾーン″も抜けようかという所で、ズシーンズシーンという不穏な音が聞こえた。モニター越しで観客たちにも訝し気な空気が流れる。
当然【天馬の翼】は足を止め、その音の方向へと注意を払う。どうやら少し距離があるらしいと分かると、じりじりと歩を進めた。
そして通路を抜けた先は高さが十メートルはあろうかというトンネルだった。黒い岩壁で出来た隧道。それが横断し、横腹にある無数の通路の一つから【天馬の翼】が顔を覗かせた格好だ。
『おお、ついに来たのう。ここが五〇階層の最終関門″大回廊″じゃな』
マモリが最終関門と言ったように、この″大回廊″にある無数の横穴の一つがボス部屋へと続く道になっている。では正解の道を探すだけだ、と言いたい所だが、問題は先ほどのズシーンという音だ。
そして【天馬の翼】は暗がりの通路からその正体を覗き見た。
大回廊をゆっくりと這うようにして歩く巨体。全長二〇メートルほどの黒い岩を纏ったサンショウウオとでも言うべき存在。
「メタルイーター!?」
リーダーの狩人、ラファエルの声が観客席にも聞こえた。
一般客には知らない者も居るが、冒険者ならば大抵知っているその魔物は所謂″地竜″の一種であり、特性として食した鉱物を取り込み、その鉱物によっては防御力が極端に高くなる事で知られる。
マモリは解説らしく、そういった説明を行った。
『五〇階層には黒鋼石が採掘できる箇所があるんじゃが、ヤツはそれを喰っておるからのう。相当硬いぞ』
『黒鋼石ですか……』
一般人のポポルでも、黒鋼石の硬さは分かる。アダマンタイト程ではないがミスリルと同等の硬さと聞く。しかし魔法に強いわけでも加工しやすいわけでもない為、用途が限られる鉱物である。
『ちょうど良くヤツが出て来たから説明するが、五〇階層以降はこういった″徘徊ボス″が出る。一層に最低一体じゃな。まぁ戦っても良いが、避けるべきじゃろう』
『えっ、最低一体は″徘徊ボス″が居るんですか!?』
ポポルの驚きはモニターを見ている観戦冒険者たちや一般観客にとっても同様だった。
″徘徊ボス″という新たな名称。ボスと言うからには強敵なのだろう。というか実際にメタルイーターは五〇階層の他の魔物に比べ、各段に強い魔物だ。
そんな存在が毎層居るという。やはりマモリの言うように避けるべきなのだろうが、避ける為にも徘徊するルートを調べたり、出会わないルートを探したりといった下調べが必要になると感じた。
『ちなみに我ら従魔も″徘徊ボス″として登場する事があるからのう』
『えっ!?』
その「えっ」はポポルだけではない。聞いていた全ての人の疑問の声だ。
四九階層以降のボス部屋が全て従魔戦となったばかりなのに、新たに出て来た″徘徊ボス″まで従魔――【百鬼夜行】が出てくるのか、と。
『我らは寝床だとか遊び場にしているお気に入りの階層があってのう、普段はそこに居るわけじゃから、訪れた冒険者からすれば我らは″徘徊ボス″扱いというわけじゃな』
『な、なるほど……。例えばマモリさんの居住している階層があって、その居住区画には入らない方が良いという事でしょうか』
『戦いたいなら入ればいいじゃろうな。ランダムのフロアボス戦より確実に戦えるわけじゃし。ミノタウロスのギューキなんぞは、どの階層かは言えんが農園を作っておるからのう。野菜泥棒したら襲ってくるぞ?』
かなり美味いから泥棒する価値はあると笑いながら話すマモリだったが、また一つダンジョン【百鬼夜行】の情報が更新された事に、冒険者たちは苦笑いしか出来なかった。
ちなみに【天馬の翼】はメタルイーターに挑むような無謀はしなかったが、その日の探索ではボス部屋へと続く道は見つからなかった。
【夜風の雷弾】ごときに倒された可哀想な従魔はプライバシー保護の観点から伏せさせて頂きます。




