48:ある日、王子対談、管理層にて
「……そろそろいいか?アレク師匠」
「はっ、ああ、すまん、エド」
エドワーズ王子の問いかけに、項垂れていたアレクが顔を上げた。
続いてエドワーズ王子がビーツに顔を向ける。
ホーキは三人に紅茶を給仕し、その後ろではホーキの所作を勉強すべくマールの姿もあった。
「で、ビーツ師匠。件の帝国貴族の事だが」
「うん。えっと、とりあえずエドくんとアレクくんには最初から説明するね」
第一王子と、冒険者でありながら英雄爵の位を持つ二人。三人ともに一八歳。立場で言えば、圧倒的に王子の方が上位であるが、彼は二人を「師匠」と呼び、二人は王子を「エド」「エドくん」と呼ぶ。何とも歪な関係である。
何年も前から「師匠呼びはやめてくれ」と言い続けて来た二人であったが、エドワーズ王子としては【魔獣の聖刀】パーティーを尊敬しているし、気安く話せる同年代の友人など居ない為、私的な席限定とは言え改めるつもりはないと言う。
これに対しアレクは逸早く諦め、ビーツは「師匠」と呼ばれるのが嫌だったので最後まで抵抗したが、最近は「師匠」というあだ名なのだと思うようになった。
ちなみに公務の席では「殿下」「アレキサンダー」「ビーツ」と呼び合う。
そしてビーツは二人に事情を説明した。受付でマッケロイと騎士団がダンジョンカード取得用に書いた名前を出し、一階層にて謎の転移現象が起こり不幸な出来事があった、と。
「ふむ。まぁマッケロイとか言う侯爵家の人間たちは良いとして……」
他国の貴族を殺した事について全く問題視しないエドワーズ王子。
と言うのも、仮に帝国の人間が彼らの足取りを追おうにも、冒険者やギルド職員に聞き込みしたところで「彼らはダンジョンに挑戦し帰還していない」「おそらく死亡したのでは」という情報以外ないのだから。そしてそれは紛れもない事実。ダンジョンに潜ってからどうなったかなど、ビーツと従魔、そしてマール以外に知る者はいない。
だからエドワーズ王子にしても変に噂を流したり、帝国に報告したりといった対処はしない。王国としてのスタンスは「彼らが入国し王都に来た。そしてダンジョンに入った」そこまでを把握していますよ、と。それ以上は知りませんよ、という事だ。
下手な事を言えば帝国が無暗に騒ぐかもしれないし、勝手な事を言い出し兼ねない。
もっとも王国を「小国」と侮っている帝国貴族の事だから、その王国の王都にある【百鬼夜行】に挑み全滅したというのは彼らにしてみれば″汚点″だろう。帝国貴族のプライドとしてはそんな事実を公にするとは思えなかった。
そして、エドワーズ王子は帝国貴族の事などどうでも良いとばかりに別の関心事へと向ける。
「その隷属の首輪は厄介だな。見た目はどうだった、ビーツ師匠?」
「どうだろう……僕にはよく分からなかったけど。シュテンは?」
「ハッ。見た目は王国でも見られる隷属の首輪に酷似していたと思います」
「タマモは?」
「ふぅむ……恐らく魔石に刻まれた術式が王国のそれとは違いんす」
魔法を主体とする狐軍ならではの意見だった。おそらく闘技場の時点でマールを隔離したオロチも首輪を外したカタキラも同意見だろう。魔道具に使われている魔法が違うと。
エドワーズ王子と隣席していたアレクが「術式?」と興味深げに尋ねる。彼も伊達に″大魔導士″と名乗っているわけではない。人間の中で魔法に精通している最高峰の一人なのだ。
「確証はありんせんが、何となく″魔族″のソレと似ていると思いんした」
「なっ!?」
タマモの証言に驚いたのはエドワーズ王子とアレクとビーツもだ。
英雄譚にも書かれている魔族討伐。当事者たるアレクとビーツは最も魔族と間近で交戦した人間でもある。
魔族はその種族特性として人間とは異なる体内魔力の生成方法を持ち、それにより人間に比べ莫大な魔力を行使できると考えられている。その超魔力に独自文化で形成された術式を組み合わせる事で、他の種族では到達できない魔法の使用が可能となる。
人間に比べ魔法適正が高いエルフをも軽く超える魔族の種族特性。
人間やエルフの魔力・術式では無理な魔法であろうと魔族であれば行使できる、そんな印象を実際に関わったアレクもビーツも持っていた。
タマモが「魔族っぽい術式」と言うのは、魔石に刻まれた魔法陣、そしてそれを魔道具へと伝える魔力線の事だろう。
ビーツと共に多くの魔族と対峙した【三大妖】であれば、その違いを見出せておかしくはない、そう王子もアレクも思った。
「……なるほど。だとすれば帝国と魔族が繋がっている可能性もあるか」
「オレたちへの復讐って線は?」
「どうかな……。あっても規模が小さそうだけど……」
エドワード王子の危惧にアレクとビーツが意見を述べる。
魔族討伐を実行した【魔獣の聖刀】への復讐。確かに考えられるが、今の魔族領は安定を取り戻し、他国との交戦もない。ごく一部の小競り合いはあるものの、国絡みの戦争というわけではない。従って、ビーツの言う「規模が小さそう」というのは戦争規模ではなく、あっても個人か小派閥のものだろうという意見だ。
「マールとやら」
「はっ、はいっっ!」
「奴隷商にて隷属契約の魔法を使われた時の状況を教えてくれないか。通常とは何か違う点があるかもしれない」
「はいっっ!か、かしこまりましたぁっ!」
王族を前にした元浮浪児は色々と限界であった。ビーツに拾われ管理層に住むというだけで夢物語だったのに数日もしないうちに今度は王族と話すという事態に見舞われている。現実逃避したくなるのを必死に堪え、返事を口にした自分を褒めてやりたいくらいだ。
その後、ビーツによって何とか落ち着きを取り戻したマールは、奴隷商での様子をエドワーズ王子に伝える事に成功する。何とかやりとげた格好だ。
結果としては、奴隷商側の手続きや隷属魔法の行使に異常はなく、マッケロイによって持ち込まれた隷属の首輪が、そもそも重隷属を強いる事を前提とした魔道具であったと一時的に結論付けた。
「ならば、王国としてはその隷属の首輪が王国に入る事を防がねばならんな。あとは奴隷商、商人ギルドへと通達か」
「帝国にどの程度出回っているものかも分からないしな。他国にも伝えたほうがいいんじゃないか?」
「あまり大っぴらにすれば彼の帝国貴族を王国が調べ上げた上でダンジョンで始末したと言われかねん。まぁそこは帰って協議するか」
「確かになー」
エドワーズ王子とアレクの相談は続くが、王城に帰ってから改めて話し合うらしい。
さすがに国絡みの問題となりそうな案件をここで決定するわけにもいかない。
「ビーツ師匠、マールはもうしばらく管理層で匿うほうがいいだろう。地上の屋敷にはあまり顔を出さないほうがいい」
「うん。僕もそう思ってた」
「彼の者らが来た時に屋敷にいた冒険者たちも居るだろう。帝国出身の冒険者だって居る。共に潜ったマールの印象を覚えている者が居るかもしれない」
コダマのポーションとジョロの服で見た目がかなり変わったマールではあるが、黒髪の犬獣人という事で覚えられている可能性がある。そして、貴族と騎士団は帰ってこないのに、なぜ奴隷の獣人だけが生きているのだ?という話しになる。
エドワーズ王子としてはそう思われる事を危惧していた。これから隷属の首輪に関する取り締まりを行う上で、余計な騒動は避けたい所だ。
「ふむ、では今日のところは以上で良いかな。……さて、アレク師匠、ビーツ師匠、風呂に行こうか!」
「おう!」
管理層の風呂を大そう気に入っているエドワーズ王子は、来るたびに大浴場を利用している。アレクも前世を言うところのスーパー銭湯並みの風呂などここでしか楽しめないので異論はない。
そんな二人を見て笑顔になったビーツは共に風呂場へと足を運んだ。
エド 「ふぉおおお!ジェットバス最高ー!」
アレク「うちにも作りたいなー」
ビーツ「クックック……誰も彼も風呂の虜だ……」
従者「王子遅くね?」
騎士「もう二時間だぞ」




