44:とある奴隷少女の就職
そこからビーツが行った説明は、マールとしては混乱して当然のものだったが、コダマ特製ポーションのおかげなのか、何とか冷静を保ったまま行われた。
まずは、マッケロイを始め、騎士団の面々がもう居ないという事。
これは「従魔が殺した」とは言わずにいたが、あの場に居たマールからすればどうなったかは想像がつく。少なくともただの″人間″がどうこう出来る状況ではなかった。
そして隷属魔法の契約者が不在なので、首輪の効力も現在失われているという事。
今もマールの首に嵌っている首輪は、正しい手順を踏まないと外れない代物であり、それはビーツのほうで何とかしよう、との事であった。
そして、自由になったが故に今後どうするか、という相談。
ビーツは帝国に帰るか、王国に残るかをマールに考えて欲しかった。
帝国に帰るならば元々住んでいた帝都が良いのか、別の都市が良いのか。王国ならばビーツの伝手がいくらかあるという説明が行われる。
ビーツにしてみればしばらく悩む時間が必要かと思われた事だったが、マールの決断は早かった。
王国に残りたいと言う。自分が帝都のスラムに住んでいた浮浪児であり、冤罪によって捕らえられ、犯罪奴隷となった経緯を目尻に涙を浮かべ説明した。
今まで暮らしていた帝都での獣人差別という現状。そして通称連合、獣王国、王国と見てきて、普通に暮らしているように見えた獣人たち。少なくともマールにとっては別世界に見えた。願わくばこのような暮らしをしてみたいとも思えたのだ。
ならば、とビーツは提案する。
「じゃあ、この場所――ダンジョン【百鬼夜行】で住み込みで働くっていうのはどうかな?もちろん他にやりたい事とかあれば紹介とか仲介とかも出来るけど」
「えっ、ここで働く……住めるんですか!」
「マールさんさえ良ければね。ここで働くのならホーキと一緒に侍女として家事全般のお手伝いかな。もちろん三食・個人部屋付き。お給料は大体このくらいかな?」
二つ返事で了承した。ぜひお願いしますと勢いよく頭を下げた。
そもそも帝都の浮浪児がちゃんとした職に就けるというのが珍しい事で、さらに獣人となれば奇跡のようなものだ。ここは帝国ではないのだから、そういったマールの持つ常識はないのかもしれないが、それでも食事・寝床・給料など、マールにしてみれば夢のような条件であった。コミュニティの者で飛びつかない人は居ないだろうとマールは思う。
マールが了承した事にビーツは安堵していた。
今現在こうして話している応接室は地下一〇一層――つまり管理層にあり、【魔獣の聖刀】のメンバーと第一王子エドワーズ以外の人間は入る事の出来ない場所である。
さらにマールは強制転移からの処刑場ご招待までを目撃した唯一の部外者。
色々と隠し事が多いダンジョンで、その幾らかをすでに知っているマールは出来る事なら身内に引き入れたかった。
もちろん本人の希望で「どこどこでこういう仕事がしたい」などあれば全力で優先するつもりではあったが、その際はこの部屋が管理層とバレないように部屋を出る時にコダマの睡眠薬で眠ってもらったりするつもりであった。
マールのダンジョン勤務が決まって胸をなで下ろしたビーツは、ダンジョンの事、そして管理層の事を少し説明しようと、管理層見学を提案する。
冒険者でもなくダンジョンの事など全く知らないマールに対して、細かく全てを説明するには知識量が膨大すぎる。知るのは徐々にするとしても勤務先の最低限の事は知っておいたほうがいいだろう、という事だ。
ここで、オオタケマルが「ねむいのだー」と言い出し、お役御免となったコダマに連れられて退室。次にいつ起きるのかは不明である。
マールの犬尻尾が本人にも分からない謎の震えから解消されたが、それがドラゴンが身近に居たせいだとはマールは気付いていない。
入れ違いのように、シュテン・タマモ・ジョロが入室。
シュテンの殺気を一番間近で浴びたマールの尻尾が再度震えだす。どうやらトラウマ化しているらしい。
「マールといったか。あの時はすまないな。私もヤツらを前にして抑えが効かなくなっていた」
「い、いえっ。とんでもないですっ!」
「えっと、マール。シュテンは【三大妖】って言って――」
シュテンが新たな仲間に頭を下げ、合わせたようにマールが頭を下げる。
そんなマールにビーツは、シュテンがどういう存在で普段は優しい性格なのだと説明する事でフォローした。少しは緊張も和らいだらしい。
ちなみに今後ホーキの下に就くという事で、ビーツはマールの事を呼び捨てにしている。ホーキからの忠言だ。
それからビーツはボロボロの貫頭衣を着ているマールの為に、ジョロにいくつか服を用意するよう頼む。仕事着としての侍女服はもちろん普段着や下着も含めてだ。
ジョロは「かしこまりました」とマールの寸法を測り始めたが、マールが恐縮しっぱなしだったのは言うまでもない。
ジョロは早速新しい服製作にと足取りも軽く退室。この分ならば相当な速さで仕上がるだろう。ウキウキであった。
ホーキには空いている私室をマール用にするよう指示。家具の作成をモクレンに任せるよう所属長のタマモに言いつけ、運び込み等は普段管理層で働いているシュテン眷属のゴブリンたちにやらせるよう頼んだ。
これによりタマモとホーキも退室。ゴブリンへの指示はいつも通りホーキで十分だろう。
残ったビーツ、マール、シュテンとビーツの影の中のオロチ、ローブの中のクラビーで管理層を歩くこととなった。
職場案内のようなものだが、従魔とマールの顔合わせの意味もある。
とは言え百体の従魔を覚えろと言ってもいきなりは無理だし、見た目が凶悪な魔物を一気に紹介するのも気が引けるので少しずつだ。オロチとクラビーの存在にしてもマールは気付いていない。
廊下に出た面々はゆっくり歩きながらビーツの説明に耳を傾ける。
話しを聞きながらも勤務地となるこの別世界をマールは見回す。
石材でできた壁、アーチ型の天井、柱は装飾が施されており、床は赤い絨毯が敷いてある。随所に置かれた調度品もいかにも高価そうで、マールはここがダンジョンではなくて貴族の屋敷とか王族が住むお城と言われたほうが納得できそうだと感じた。
「マールは文字読める?」
「は、はい。読めます!」
浮浪児だと言うのに教育を受けているのかとビーツは疑問に思ったが、実際は生きるために必要に迫られて頑張って覚えたものだ。
店先に貼られた品の情報、値段、看板や掲示板の情報、冒険者となれば依頼ボードの内容など、文字が読める事で得られる情報がある。そして危険なスラムにあって情報とは生命線なのだ。だからコミュニティの人間は必至で覚える。
「扉にプレートが貼ってあって、ここら辺は応接室が三つ並んでるでしょ。向こうは僕の執務室、会議室と仕事関係の部屋が集まってるんだ」
「は~、あ、はい!」
「まぁ部屋を覚えるのは後々ね。今後ホーキが改めて案内してくれると思うよ。で、こっちの区画は管理層に居るみんなの私室や休憩スペース。部屋が必要な従魔――人型のシュテンやタマモとかね――の私室なんかもある」
部屋が必要ない従魔の方がむしろ多い。自分の居住空間を自然の中に置きたいという魔物が多いのだ。
やろうと思えば通路や部屋を拡張して巨大な従魔でも住む事の出来る私室を作ることは可能だが、そういったわけで従魔の私室よりも管理層で働く召喚眷属の私室の方が多い。
「で、ここから先はダンジョン管理の為の区画。あとで、この管制室とかも見せるけど、今はこっちね」
「主殿、目的地はどちらで?」
マールへの説明を遮るようにシュテンが疑問を呈した。
てっきり管制室からダンジョンの内部の説明をするのかと思っていたからだ。
ビーツはシュテンへと振り向き、笑顔で答える。
「まずは【宝物庫】だね」
今年最後の投稿となります。お読み頂いてありがとうございました。
また来年からもよろしくお願いします。




