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43:とある奴隷少女の救済



「ごめんね、ホーキ。みんなを宥めるのに時間かかっちゃった」



 頭を掻きながら部屋へと入って来た少年と、その隣には角と尻尾の生えた少女、そしてまるで木で作られた人形のような少女。

 この少年がメイドさんの言う″ご主人様″?

 薄く開けた目で、顔を傾け、その少年を見る。メイドさんに話しかけたこの少年こそが″ご主人様″なのだろう。自分よりも年下に見える。隣の少女二人にしても(そもそも人かどうかも分からないが)年下に見える。

 なんとなく自分の中のイメージしていた貴族とは違った印象を受け、少女は少し安堵した。それと同時に「死を覚悟していたのに安心した?」と自分の心に問いかけた。


 そんな少女の葛藤を余所に、ビーツは少女の寝ているソファーに近づく。

 オオタケマルと、ドリアードのコダマもすぐ後ろ隣だ。



「それで、どうなのかな?様子は。意識は戻ったみたいだけど」


「心身共に衰弱が激しいです。このままでは……」



 もう長くない――メイドさんの言葉はそう続くのだろうと、少女は思った。

 よくここまで生きてこられたものだ。自分でもそう思う。

 これでようやく、と少女は目を閉じた。

 ――が、続くビーツの言葉に再び目を開く事になる。



「良かったよ、間に合って。コダマ、そういう事なんだけど大丈夫かな」


「…………」


「えっ、何それ。コダマ特製ポーション?略してコーション?いや、それだと危険な意味になるんだけど。……あぁまあいいや。ホーキ、これ飲ませてくれる?」


「かしこまりました」



 少女にはビーツが独り言を喋っているように感じたが、実際は喋る事ができないコダマとの念話だ。コダマは枝葉の茂った髪の中から、液体の入った小瓶を取り出してビーツに渡した。

 ホーキがそれを受け取ると、紅茶用のティースプーンでその特製ポーションを少女の口へと運んだ。


 小さじで一杯。極少量のポーション。

 それを口に入れた少女の変化は劇的だった。


 痩せこけた身体が膨張するように筋肉と脂肪を取り戻す。顔色は瞬時に血色が良くなった。洗われていないボサボサの髪は黒く艶を出し、垂れた犬耳と尻尾も潤いを取り戻す。

 空腹感も消え、倦怠感も消え、淀んだ精神も浄化されるようにすっきりしている。

 気付けばソファーの上に直立しており、目は見開き、尻尾はピンと上を向いていた。



「おー。……いや、これすごすぎない?何、このコーションって」


「…………」


「世界樹の樹液?月光花の蜜?マモリ特製の霊力水?あ、だめだこれ。宝とかドロップアイテムとかも無理だよ、これ」


「…………」


「いやいや、ダンジョンに置いちゃいけないやつだよ。レレリアさんとかに見せたら卒倒するって」



 ビーツとコダマが何やら喋っている。コダマは枝のような腕をわさわさと何やら抗議しているが、ビーツは取り合わないらしい。

 そんな会話をしている横で、オオタケマルは「おー、もう大丈夫かー」と少女に話しかける。その言葉にハッとして少女は慌ててソファーから降り、床に座り込んだ。



「す、すみませんでした!あの、その、ありがとうございますっ!」



 土下座のように頭を下げる少女を、ビーツは少女をソファーに座らせた。「私なんかがこんな綺麗なソファー(?)に」と恐縮しきっていた少女を何とか宥め、自分はローテーブルを挟んだ向かいのソファーに座る。オオタケマルとコダマはビーツの両脇だ。

 ホーキに紅茶を用意して貰い、やっと落ち着いて会話できる環境になったとビーツは口を開いた。



「えっと、色々と話さなきゃいけないんだけど、まずは僕、ビーツ・ボーエンって言います。知ってるかな?」



 自分がさも有名人だと言わんばかりの言い方だが、実際、ビーツの事を知らない人がほとんど居ないので、こういう聞き方になってしまう。ビーツ自身も諦めている所である。


 少女は冒険者となったコミュニティの先達から英雄譚の話しは聞いていた。

 実際の本を読んだわけではないが、話しには聞いているので、ビーツの名前は知っていた。

 そして貴族に買われ、その貴族達の会話の中で、ビーツがダンジョンを作り、そのダンジョンに向かっているという言葉は聞いていた。もっとも嘘つきよばわりだとか、偽りの英雄だとか、散々な言われようだった為、英雄譚の話しとのギャップが激しいものであったが。


 少女は貴族の話しは抜きにして、英雄譚の話しを知っている事、ダンジョンを作った事を知っていると緊張しながらも伝えた。



「うん。あーっと、まず貴女の名前を聞かせてもらっていいかな?」


「えっと……名前はないです」


「えっ、ないの?」


「ご主人様、帝国の奴隷はそうらしいです」



 奴隷となった時点で名前は無くなる。そして買った主人が名付ける。そうした説明がホーキからビーツへと為された。さらに言えば少女を買ったマッケロイは「犬」としか呼ばず、名付けを行うこともしなかった。

 帝国の奴隷システムが王国のそれと違いすぎる。奴隷となった自身を買い戻して社会復帰する事を最初から否定しているのでは?とビーツは思ったが、少女の手前それを口にする事はない。



「じゃあ、奴隷となる前は名前あった?」


「……はい。【マール】です。……あれ?」



 名前を言えた事に少女――マールは驚いた。

 確か、隷属契約で奴隷となる前の名前を使う事は禁じられているはず。

 なのにどうして自分がマールだと名乗れたのか。

 不思議な顔をするマールの様子から、それが何かを大体読んだビーツは話しかける。



「えっと、まず話さなきゃいけないんだけど、マールさん、貴方はもう自由です」


「…………は?」




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