40:とある帝国貴族の探索開始
貴族の家督争いというものは少なからずどの国でもどの時代でも起こるもので、それが″力と欲″に傾倒する帝国の″金と見栄″に塗れた貴族となれば言わずもがなである。
ブザーマ侯爵家には金と権力の使い方がうまい長男が次期当主であると周囲からも目されており、当然、それを面白く思わない次男マッケロイは動き出す。
とりあえず兄にはない武力でもって上回ろうと、安直に、強くもないのに。
【魔獣の聖刀】の英雄譚は王国から大陸の真逆にあたる帝国にも伝わっていた。
十一歳の子供四人による魔族討伐。
いかにも夢物語といった内容で、特にマッケロイが穿った目で見ていたのは、従魔を何十匹も従えたと書かれていたビーツ・ボーエンとかいう召喚士の事だった。
やれ大精霊を従えただの、やれ最高位種族に進化させただの、どれも眉唾物ばかり。勉強の一部としての召喚に関する一般的知識を有していたマッケロイからすれば辟易したものだ。
実際は魔族討伐によって、当時魔族と相対していた帝国の軍事進攻も鳴りを潜め、喜ぶ大多数の他、一部の経済に大打撃を与えた。
つまり実家も本人も魔族討伐の影響をモロに受けているのだが、そんな事はマッケロイの記憶に残っていない。
そしてここ数年流れて来た噂では、当の召喚士が王国の王都でダンジョンを開いているという。
王都の中心に危険なはずのダンジョン、そして″死ななくなる″というふざけた噂。
また嘘をばらまき名声を得ているのかとマッケロイは憤慨した。
そしてそれを正す事で己の名声を高めようと画策する。
自前の騎士団から精鋭を集め、ダンジョンを攻略しようと遥か北の王国へと馬を走らせた。
♦
地下一階へと続く、石壁に囲まれた階段を降りる。
最前衛に獣人の少女、その後ろを騎士団五人がマッケロイを囲むように続く。
「まったく小国民どもの無知にも呆れたものだ」
「本当ですな」
「百層の地下空間などあれば王都が陥没するだろうに、そんな事も分からんのか?」
「無知というより馬鹿の集まりなのでしょう」
「せいぜい十層がいいところだろう。モニターとやらは入り組んだ階層を断片的に映しているに過ぎんと見た」
「なるほど、確かに」
「となれば騎士団の精鋭を集めた僕たちが攻略するなど容易いだろう」
「もちろんですな」
己に都合の良い解釈を続けるマッケロイに、肯定しかしない騎士団。
彼らはダンジョン探索などした事がない。
それでも自信が揺るがないのは、彼らが帝国民である事を誇りに思い、他国を見下しているからに過ぎない。
「ダンジョン特有のトラップにしても″カナリア″を連れてきているからな」
「問題ないでしょう」
そう最前衛を歩く獣人の少女を見る。
彼女は″坑道のカナリア″として連れてこられた奴隷だ。斥候の本職たる狩人などは騎士団にいるはずもない。
つまり罠があればその身で発動させ、後ろの本隊に危害を及ぼさない為の″道具″。
特有の隷属契約により逆らう事など到底できない少女は、死んだような目をしたまま無表情に歩く。
やがて階段を降りきり、安全地帯から一階層の扉へ。
その手前に立っている看板を読み「やはりお遊びか」と悪態をつく。
特に気構えする事もないまま、第一層の″チュートリアルステージ″へと足を運んだ。
「初心者は右へ行き、左に行ってから、真ん中の通路へ……と。例によってふざけているな」
「こんなダンジョンで騒ぐのだから王国の民度が知れるというものです」
「まったくだ」
何も考えずに真ん中の通路へと進む。
初心者と言われる事自体、帝国貴族として許せないのだ。まるで″弱者″と言われているようで。たとえ実際に初心者であったとしても。
そしてそれは起こった。
もしこの光景がモニターに映されていれば冒険者たちは困惑しただろう。
ボス部屋へと続く通路を歩いていた七名の足元に突然、魔法陣が浮かび上がり、光に包まれたのだ。
「なっ!?」
「転移トラッ――」
そこまで言いかけて、彼らの姿は通路から消えた。
地下一階の″チュートリアルステージ″に転移トラップなど存在しない。それが冒険者たちの常識であった。
♦
「あー……」
受付カウンターでの様子を見ていたビーツは、ため息まじりに声を出しながら頭を掻いていた。
受付嬢への傲慢な態度、王国民への非難、奴隷への仕打ち、ダンジョン批判、従魔たちを寄せ集めの魔物呼ばわり、そしてビーツへの嘘つき呼ばわり。
全部合わせて役満って感じだな、とビーツは頭を抱えた。
とりあえずしなければいけない事は……
『従魔全員に通達。今、受付に居る貴族の人たち……えっと、獣人の女の子含めて七人に、屋敷内で危害を加えるの禁止。特に階段で見張りしているサガリ、威嚇したり近づいたり禁止。一階層に他の冒険者がいない場合は遊んでいいけど、獣人の女の子に手を出すの禁止。いいね?』
『ハッ!』『了解!』『オッケ!』『わかった!』『おう!』
もう従魔たちが我慢できないと判断したビーツは、そう念話で指示する。
ダンジョンオープン当初から慣れない″お仕置き″。
自らのダンジョンで、自らの従魔にさせる″お仕置き″。
なるべく探索者を生かす意図を持ったダンジョン経営にあって、必要悪たる裏の顔。
「……やっぱりお祭り?」
「……どうなのかね?」
隣のオオタケマルの頭を撫でながら、ビーツは苦笑いしていた。
従魔にとってはお祭りなのかもなぁ、と。
い、いったいなにがおこるってんだ……(棒読み)




