39:とある帝国貴族の傲慢
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金髪を靡かせた線の細い男が、似合わない白銀の鎧を纏いニヤリと笑いながら受付嬢を見下している。
彼の後ろには同じような、それでいて簡素化された鎧を纏った五名が囲むように並んでいた。
金髪の男――帝国貴族マッケロイ・ホン・ブザーマは周りの騎士たちを落ち着かせるように、そして煽るように受付嬢へと口を開いた。
「君たち王国民が僕たちの事を知らないのは分かるさ。なんせ遥か北の果ての小国民だからね。しかし我々を″初心者″扱いとは聊か冗談も過ぎるというものだ。無知を恥だと知った方がいい」
帝国は大陸の南部に広がる国。そして王国は北部。
国土の広さにさほど違いはないが、帝国は自国を″強国″と思っている為、王国を″僻地の小国″扱いする事がある。受付嬢もそれを承知している為に、嫌な気分はするものの畏まる必要性を感じない。
そもそも新たに来た探索者パーティーに「初心者講習を受けますか?」と聞くのは当たり前の事なのだ。このダンジョン【百鬼夜行】の特異性をよく知っているが故に。
「では初心者講習は受けずにダンジョンカードを発行いたします。こちらにお名前の記入と魔力登録をお願いします」
淡々と流れ作業のように対応する受付嬢。
まったく懲りていない様子に「これだから小国民は」とやれやれといった表情で記入を始めるマッケロイ一行。
六名の記入が終わると投げるようにペンを受付嬢に返した。
「そちらの方の登録はしないのですか?」
受付嬢が見る先には犬獣人と思われる少女が騎士たちの後ろに立っていた。
ぼろぼろの貫頭衣のみを着て、身体はやせ細り、おそらく水浴びすらもさせていないであろう、見るからに奴隷と分かる少女。首にはその証と言うべき首輪があった。
奴隷制度は帝国も王国もあるものの、その法整備には随分と差がある。
登録・納税・環境提供など奴隷を一個人として管理する王国では、この少女のような奴隷を見る事はない。いれば雇用主が罰せられるのは確実である。
「ハハハ、馬鹿を言うな。それは道具だ。登録など必要あるまい」
マッケロイと騎士団は揃って笑う。
つまりカードを登録するのは″人″である彼らだけで、獣人の少女は″道具″なのだから持ち込むのみ。登録は必要ないと。
奴隷を人と思わないのは帝国民の共通意識ではない。その一部、特に貴族を中心としたごく一部に見られる選民思想であった。
これで相対した受付嬢が新人や、帝国の事情を知らない者であったなら「ここは王国なのだから奴隷でも登録を」と言い返しただろう。なにせ【百鬼夜行】というダンジョンを探索する上でダンジョンカードの所持は必須なのだから。
もっと言えば、ダンジョンカードを持たずに地下一階に入る事は出来る。しかし二階以降の転移魔法陣で帰る事が出来ず、徒歩で一階に戻って来ようにもボス部屋を通らなければならず、仮に屋敷に戻れてもホール横の転移部屋から二階以降での転移が使えない。
このダンジョン【百鬼夜行】においてダンジョンカードと転移の重要性は計り知れない。使用した事のない初心者や一般客であっても聞けば分かるほどに明らかなのだ。
しかし、対応している受付嬢は良くも悪くもベテランであった。
彼らの行く末が見えたのか、簡単に引き下がった。
「承知しました。では六名のみダンジョンカードを発行いたします」
「ああ」
「モニター撮影権の許可はどうされますか?」
「もにたーさつえいけん?」
受付嬢はホールのモニターを指さし、冒険者の探索風景を映し出す事を軽く説明する。
合わせて不死の事も説明しなければいけないというのが受付の義務であるが。
「撮影権を許可されますと、罠にかかった際などにある程度の身体的保障はされますが、一般客の″見世物″にもなります。あまり貴族の方で許可される方はいらっしゃいません」
と、普通の冒険者たちとは違う対応を見せた。
言っている事は正しい。死ねば身一つでの生還なのだから″ある程度の身体的保障″だし、″見世物″にもなる。他国の貴族が許可しないケースが自国貴族に比べ多いのも確かだ。
「聞いたぞ?『死なないダンジョン』だとな。全くふざけた話しだ。小国民は嘘をついてまで探索者を集めたいらしい。それに群がる客もだ。愚かとしか言いようがない」
大げさなポーズでそう言うマッケロイに追従するように五人の騎士が笑う。
「もちろん許可などしない。何が英雄だ、何が不死だ、何が地下百階だ、何が従魔百匹だ。嘘を並べて見世物をしているガキのお遊びじゃないか。僕たちがこのダンジョンに終止符を打つ」
そんな宣言を堂々と言い放ち、受付テーブルに置かれたダンジョンカードを強奪するように手にとった。
騎士たち五人もそれに倣うようにカードを手にする。
マッケロイは天井の絵織物を指さして言う。
「小国民どもは知らんようだから教えてやる。召喚士が契約できる魔物は最大で三匹だ。あの絵も三匹以外はただの寄せ集めの魔物だろう。待っているがいい。僕たちが三匹の首を持ち帰り、このお遊びを終わらせてやる」
笑いながら地下一階へと向かう右側の部屋へと向かって行った。
五人の騎士、そして奴隷の少女が後に続く。
それを見届けた冒険者が今まで押し殺していた物を発散するかのように笑いだす。
「プフーッ!ガハハハ!久々に見たぜ!」
「このお遊びを終わらせてやる(キリッ)だってよ!」
「腹痛ぇ!言うなバカ!あー涙出るぜ!」
盛り上がるホールをよそに受付カウンターでは新人の受付嬢が応対したベテランに言い寄っていた。
「あ、あの、大丈夫なんですか?」
「大丈夫って何が?」
「えっと、奴隷の子にはダンジョンカード発行しなかったですし、撮影権の許可もさせない方向で説明してましたし、転移部屋の事も言ってないですし……」
それは新人受付嬢から見ればマニュアルとまるで違う対応だったのだ。
意図的に説明しないとか、不利なほうに誘導するとか、受付としては常識外の対応に思えた。
「私は真実を伝えていたでしょう?」
「それはそうですけど……」
「でも彼らにとっての真実は自分の中にあるもので、他者から与えられる″自分の常識外の真実″は信ずるに値しない」
「……説明するだけ無駄ってことですか?」
「何を信じるかなんて探索者の自由よ。それに――」
そこまで言ってベテラン受付嬢はマッケロイ一行が向かった部屋の扉を見た。
「カード発行や転移部屋の説明はするまでもないわ」
「えっ、それってどういう……」
ベテラン受付嬢は新人受付嬢に向き直る。
これも経験として教えていかなければならない。
ダンジョン【百鬼夜行】では稀に見られるありふれた光景なのだから。
い、いったいどうなっちまうんだ……(棒読み)




